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第4話 因習村妄想が
「ああ……!! 凌くん、ようやく帰ってきてくれたんだね……!!」
緩やかな坂を登った先にあったのは、石造りの立派な鳥居だった。
堂々たる大きさだが、よく見ると鳥居の台石のあたりには苔がむしていたり、柱のそこここが風雨に負けたかのように少し崩れている様子が見て取れる。だいぶ古そうな鳥居だ。
その古さに威厳を感じた俺が「うわすっご……」と感嘆の声を上げているあいだも、凌はやっぱり無言でどこか緊張気味な横顔だった。
簡単にお参りを済ませて拝殿の左脇の道を進むと、そこにはまた立派な和風建築の一軒家が鎮座している。
その建物の扉を、凌は無言でガラリと開けた。
するとすぐに奥からひとりの痩せた男が顔を出し、凌に縋る勢いで駆け寄ってきた。
年齢は四十そこそこといったところだろうか。この年齢の男性にしてはほっそりした身体つきだと思う。
白いポロシャツにチノパンといったごく普通の格好をしているが、切れ長の吊り目と赤い唇が妙に目を引く妖しげな顔立ちで、凌とはあまり凌に似ていない。
——年齢的には父親? いや、若すぎるか……顔あんまり似てないし。
とはいえ、凌の実家の神社にいるということは関係者に違いない。
俺はシャキッと背筋を伸ばし、唇に愛想笑いを浮かべて上代家の感動の再会を見守ることにした。
だが、聞こえてきた凌の声はひどく硬く、他人行儀なものだった。
「辰巳 おじさん、お久しぶりです」
「やだなあ、おじさんだなんて他人行儀な…………って、ん? そちらの方は?」
「あっ、あ、どうも」
『おじさん』という言葉に引っ掛かりを覚えつつも、俺はニコニコ愛想のいい笑顔で「瀬南結希です。凌くんにいは大学で親しくしてもらってて」と名乗った。
すると、辰巳と呼ばれた男はぎこちなく唇を吊り上げて、凌と俺を見比べながらぎこちなく微笑んだ。
「ああ、そうでしたか。それはそれは。こんな離島までよくお越しくださいました。私は上代辰巳と申します」
「これからしばらくお世話になります。言ってくださったら、なんでも仕事頑張りますんで!」
「おや頼もしい。よろしくお願いしますよ」
辰巳と名乗った男どこかぎこちない愛想笑いを見せたあと、ぐいと凌の腕を掴んで廊下に隅へ連れていってしまった。
「誰なんだこの子は。まさか、この子と『終いの神事』を……!?」
「違う、結希は関係ない」
「じゃあ、なんでこんなよそ者を連れてきたんだ!? 今回の儀式がどれだけ大事なものかわかってるのかい!?」
俺に背を向けてひそひそと内緒話をしているつもりだったようだが、微かに会話の内容が漏れ聞こえてしまった。
儀式だのなんだの、若干気になるワードが聞こえた気がしたが……気のせいだろうか?
「うるさい、そんなことはわかってる! ……離せ、もういいだろ」
「あっ」
辰巳さんはまだなにやら文句を言いたりなさそうな様子だが、凌は乱暴に腕を振り払ってこっちに戻ってきた。
そしてそれ以上は辰巳さんに構う様子もなく、俺の腕を引いてさっさと家の中へ進み入っていく。
戸惑いながら後ろを振り返ると、燃えるような目つきでこちらを睨みつけている辰巳さんと目が合ったような気がして——俺はちょっとゾッとした。
——おいおいおい、なんなんだ……?
「ね、ねえ凌……」
「部屋はこっち。結希も疲れたろ、温泉入りに行こうか」
「えっ、温泉? や、やったー……」
戸惑いは消えないが、凌はこれ以上踏み込んできて欲しそうじゃない。俺は仕方なく、温泉にはしゃぐふりをした。
凌に手首を掴まれたまま廊下を進み、一番奥まった部屋に通された。
「わあ、広っ……! あ、海見えんじゃん!」
広々とした和室は、まるで古くからの歴史を湛えた旅館のようだ。
開け放たれた縁側の向こうには青々とした海が広がり、真新しそうな畳の匂いが俺の鼻腔を満たした。
床の間には小さな一輪挿しと綺麗な白い花が活けてある。
凌の様子が気になって仕方がなかったけれど、目の前に広がったオーシャンビューの美しさに感嘆の声が思わず漏れた。
窓辺で海を見渡す俺の隣に立った凌も、どこかホッとしたような様子で深呼吸をした。
俺はチラリと凌の横顔を見やり、積もりに積もった質問を凌に投げかけた。
「凌……さ。あの、ご両親は……?」
「両親はもういない。俺が中学の頃、神社の用事で本土に渡っていたときに、事故に遭って」
「そ、そっか……。じゃあ、さっきの辰巳さんて人が育ての親ってこと……?」
「うん、辰巳さんは分家の親戚。……いい人なんだけど、昔から過保護でさ。重いっていうか、なんていうか……」
「そう、なんだ」
「今はあの人がこの上代 神社の神主をしてる。人口が減って全然人がこないから色々苦労したみたいだけど……まあ、それも今年で終わりだし」
凌はあいかわらず他人行儀な口調でそう言って、ようやくサングラスを取って俺のほうを向いた。
大学で見る凌の顔とはどこか違う——うまくいえないけど、いつになく無防備なような、それでいてどこか尖ったような顔をしていた。
ああ、凌のあの爽やかな笑顔やスマートな振る舞いは、都会に適応するための飾りのようなものだったのだと俺は感じた。
仮面を外した今の表情こそが凌の素顔なのだろう。そんな凌を目の前にして、俺の胸はドキドキといつにも増して高鳴っていた。
——な、なんかいつもよりずっと色っぽい。……え、ちょっとまって。このあと俺、一緒に温泉入るんだよな。大丈夫か……!?
バクバク、バクバクと早鐘を打ち続ける胸を抑えるように、俺はシャツを握りしめた。
すると凌は踵を返して部屋の中央に置かれた座卓のそばに膝をつき、お茶の準備をしてくれている。
「まぁ、まずは一息つこう。一応うちの神社の説明もしておくよ」
「あ、ああ、うん」
肩透かしを食らったような気分ではあるが、しばらく世話になるのならある程度は理解しておかねばならないだろう。
ここ上代神社は、江戸時代からある由緒正しい神社だという。
龍神を大切に祀っていたためかこの島は漁業が栄え、かつてはとても活気があったらしい。
「でも、今はこの通り。若者は街へ出ていって、漁師のなり手は減って行って、どんどん島から人が消えて行く。この通りの不便な田舎だから仕方がないんだけどね」
「確かに不便そうではあるけど……景色とか、すげーいいのにな」
「かといって観光業でなんとかできるような余裕もない。だからもうこの神社はおしまいにして、龍神様はよそに移ってもらおうってことになってるんだ。この島に祠を残すか、別の場所に引っ越してもらうか……そのへんはもっときちんと考えないとだけど」
「へえ、神様のことそこまで考えてるんだ。さすが神社の子、優しいのな〜」
普通に大学生やってたら神様のことを考える機会なんてほとんどない。自社仏閣巡りの趣味もないし。
だから素直に驚いて、尊敬の意味を込めて凌を見上げると——どこか眩しげに細められた凌の双眸が、まっすぐ俺を見つめ返していた。
「……そう見える?」
「えっ? う、うん。だって俺、神社なんてただの建物くらいにしか思ってなかったし」
「そっか、普通はそんなもんなのか」
「いや、パワースポットとか好きな女子とかならもっと厳かに捉えたりするかもしんねーけど。俺は信心深さとかそういうの全然ないしさ〜」
へらっと笑ってそう言うと、凌もつられたようにふっと笑った。
ようやく見られた凌の笑顔にきゅんきゅんしてしまう。
「ははっ、そっか。そんなもんか。俺、色々重く捉えすぎてるのかもな」
「へ、へへ……いや、俺の意見なんて参考になんねーから」
「なんとなく気が楽になったよ。……とはいえ、俺はきっちり最後の務めを果たさないといけない」
笑顔のままふたたび海の方へ視線を向けた凌の声が、海鳥の声と重なった。
——ん? 今、『最後の務めを果たす』……って、言った? 神社を終わらせるための務めってこと? え、なに、それって龍神に身を捧げる的な……?
ふたたび因習村ネタが脳裏にもわもわと浮かぶ。
巫女衣装的なものに身を包んだ凌がふんどし姿の村中の男に取り囲まれ(ついでに美中年の辰巳さんもセットで)、『この神社をしまいにするなら上代神社の正当な後継者であるお前がけじめをつけないとな……ククク』とかなんとか言われてグイグイ迫られ、あのエロ漫画みたいな汁気ほとばしる濃厚輪姦を強要されるという淫ら極まりないNTR妄想が——……。
——い、いやいやいやんなわけあるかよ!! この令和に因習村なんて存在するわけねーだろ!! だいたい、村のおっさんたちに俺の凌がいいいようにされるとかありえねーから。全員ぶん殴って俺が助けるっつーの!
読んだばかりのエロ漫画の設定が妙に今の状況にマッチしてしまっているせいで、つい変な妄想をしてしまう。
俺は爽やかな海の風景に目をやって思い切り深呼吸を繰り返し、つとめて爽やかな笑顔でこう言っておいた。
「た、大変なんだな凌は! 俺に手伝えることがあったらなんでも言えよ!」
「……なんでも?」
「ああ、なんでも! 凌が忙しいなら海の家の方は俺が全部なんとかしとくし!」
「ありがとう。頼むな」
「ん? う、うん……」
目を細めて微笑む凌の色っぽさに、股間がじゅわっと熱くなった。
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