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第7話 これが儀式……だと!?※

「本殿、本殿……たしか、拝殿の奥のあれだな!」  凌にさらっと教えてもらった神社の構造を思い出しながら、俺は境内をひた走る。  境内は暗い。ところどころに佇む灯籠には蝋燭の火が灯り、いつになく幻想的な雰囲気を醸していた。    昼間ののんびりとした空気感とはどこか異なる妖しさで、上代神社の本殿は磐座を背に鎮座している。  物音はしないが、よく見ると、障子の向こうがほんのりと橙色に染まっていた。    ——あそこにいるんだ……!! あそこで辰巳さんにエロいことをされそうになってるんだな……!!  俺は勢いよく階段を駆け上った。『ここは神域だから入ったらダメだ』と凌に教わったけれど知ったことじゃない。 「凌!!」  スパーン!! と障子を開け放つと、ふわ……と甘ったるい香のかおりが俺をかすめて外へ流れ出してゆく。  広い広い畳の部屋だ。  の部屋の最奥には、古そうな木製の祠がひっそりと祀られ、あおあおとした榊が活けられている。  部屋の四隅に置かれた行灯の火に淡く照らされた拝殿の中央で、もぞもぞと蠢く人影があることにすぐに気づいた。    じゅぷ、ちゅぷ……と信じられないほど淫靡な音と熱いため息が、神聖なる拝殿の中に響き渡っている。  祠の前に敷かれた褥の上に横たわっているのは凌だ。  大きくめくりあげられた和服の裾からは引き締まった太ももが見え、その脚の間に顔を埋める辰巳さんの姿を目の当たりにして——……温泉に浸かって火照った全身の血が一気に脳に回ったかのように、カッと頭が熱くなった。 「おい、何やってんだよ!!」  「……ゆ、うき……?」     凌のとろんとした瞳が俺を捉える。  そしてその目が、じわじわとこわばりながら見開かれた。 「っ……見るな……見ないでくれ……っ!!」 「凌……!! なんなんだよこれ……!!」 「……こらこら、静かにしなさい。神の御前ですよ」  狼狽する凌と激昂しかけている俺の両方に向かって、辰巳さんの甘ったるい声がねっとりと絡まりつく。  ちゅぷん……と敢えてのように淫らな音をさせながら咥えていた凌のペニスを口から抜き、赤い唇をいやらしく舐めながら俺を見上げた。   「っ……はぁ、うっ……」  起き上がりかけていた凌は力なく布団に倒れ込み、苦しげに胸を上下している。  はだけた着物から覗く肌にはしっとりと汗をかき、いいようのない色気が漂っていた。  辰巳のフェラのせいでそうなっているのかと思いきや、凌は陶然としたまま目を閉じて起き上がる様子もない。  ピンときた俺はつかつかと辰巳に歩み寄り、胸ぐらを掴んで凌から引き剥がした。 「あんた、何やってんの? なんなんだよこれ、凌に薬まで盛って……!!」 「何を言う。これは龍神様を凌の身に降ろすために必要な手順だよ。勃ってなきゃ、務めをきちんと果たせないだろう?」 「いや……いやいやおかしいだろ! どっからどう見ても、凌にキメセク強要してるド変態だよあんたは!!」 「キメセ…………はぁ、下卑たことを。この僕が、そんなことをするわけがないだろう!」     キリッとした顔でそう言い放つわりには、辰巳の股間は和服を持ち上げる勢いで勃ち上がっている。  辰巳は妙な薬を飲んでいる様子もなさそうだし、ただ単に凌のアレを舐めて興奮していただけのように見えるのだが……? 「あのな、務めとか儀式とかわけわかんねぇから。いま令和だぞ? こんな気持ち悪ぃことガチでするやつがあるかよ」  語気を強めた俺の声に、祠の前に置かれた蝋燭の火が微かに揺れる。  辰巳はぎろりとこっちを睨めあげ、荒っぽく俺の腕を払い除けた。   「部外者には関係ないだろう! これは神事だ! 神社を畳むにあたり、数百年この地を守ってくださった龍神様を慰め、楽しんでいただくという目的のね!!」 「だからって、凌はあんたが育てた親戚の子だろ!? ガキの頃から知ってる凌相手に、よく平気でそんなことできるな!」 「凌は当時十五歳だった、僕が育てたわけじゃない。ただ、少し生活の手助けをしてあげただけ」  辰巳はうっとりした眼差しで、浅い呼吸を繰り返す凌を見下ろした。  そして何かでとろりと濡れた赤い唇を指先で撫で、婀娜っぽく俺を見上げてこう言った。   「凌は少年の頃から大人で、美しくて、真面目で、純粋で……両親が大事に守ってきた神社のことを一番に考えていて可愛かった。でも、神社も島も廃れゆく一方だ。僕の代でこの神社は畳まねばならない……この罪悪感がきみにわかるか!?」 「……いや、それはわかんねーけど」 「そこで僕は考えたんだ。最後に龍神様にして差し上げられることはなんだろうって。するとね、ふと脳裡にひらめいたんだ。つまり神のお告げ。……それがこの『終いの儀式』だ!!」  妙な気迫に気圧されて、俺はごくりと息を呑む。  うっとりと自分に酔っているかのように、辰巳は天を仰ぎながら滔々と語りつづけた。 「いつか来たるこの『終いの儀式』に、僕はこの子と臨まねばならない。遠縁とはいえ血の繋がりのあるこの子と淫らなことをしなくてはならない……罪悪感を抱かずにはいられなかったが、それが僕らの務めなのだと凌を説得した。『考えさせてくれ』といって、凌は大学進学のために島を出た」 「罪悪感……だと?」 「その後しばらく連絡がなかったけれど、ちゃんと帰ってきただろう? ようやく覚悟を決めたのだろうね。つくづく健気で可愛いよねぇ……だから僕も、罪の意識を飲み込んで儀式に臨んでいたというのに、よくも邪魔をしてくれたな!」  辰巳の怒声が響く。  だが話のそこここに引っ掛かりを覚えた俺は、辰巳を睨みつけながら問い詰めた。 「罪の意識があるなら無理にやんなきゃいーだろうが。そもそも、本当にそんな義務あんの? 神のお告げとかなんとかいってたけど、それって単なるあんたの思いつきじゃん」 「思いつき? はぁ……これだから俗世に生きるガキはいやなんだ。義務うんぬんは関係ない、これは、神に仕える者としての心遣いだよ。この地を長く守ってくださった神にきちんと感謝を伝えなくては失礼だろう!」 「ん? ……は? つまりこの儀式ってのは、あんたが勝手に作ったもん、ってこと?」  先祖代々伝わっている儀式——とか、そういう事情だったとしたら俺のやってることはめちゃくちゃ罰当たりだったかもしれない。  ——けど違う。この儀式、こいつが凌とヤりたいがためにつくったインチキ儀式だ……!!   辰巳のやつ、純粋な凌が中学生の頃からずっとこの架空の儀式のことを吹き込んで、洗脳してきたんだな……!   「ふざけんなよ、このド変態野郎」 「なんとでも言うがいい。……まあ、凌が儀式までに彼女でも連れてきたら諦めようと思ってたさ。でも、凌が連れてきたのはきみで、ただのバイトだっていうじゃないか! つまり、凌も僕とセックスすることを許容しているってことだ! いや、ひょっとすると凌もずっと僕のことを抱きたかったのかもしれない! かたくなに僕を拒絶するような態度をとっていたけれど、ただ素直になれなかっただけでずっと彼も僕のことを……!」 「いやいやいやいや、それはねーだろ。あんた、認知歪みすぎ。普通にキモいわ」 「だっ、黙りなさい!! 君に何がわかるっていうんだ!」  こいつよりはよっぽどわかっているつもりだ。  昨日からの凌の様子を思い返すにつけ、凌がこの行為を進んで受け入れようとしているふうにはどうやっても見えなかった。  イライラする。  辰巳は凌の気持ちを全く考えていない。ただ、自分の歪んだ欲望を満たすために凌を利用しようとしているだけの変態だ。  親戚の少年をいやらしい目で見るような中年男に、凌を渡せるわけがない。 「凌の身には今、龍神様がお宿りになっている! 凌とまぐわうこの日のために……あ、いや、龍神様のための神事を成功させるために、僕はずっとアナルを鍛えてきた! どんなに大きなペニスでも受け入れて、気持ちよくなってもらえるように……!」  うっかり”凌とヤるためにアナルを鍛えた”と口走ってしまっている辰巳である。  呆れ果てた俺は、辰巳の目の前に録音状態のスマホを突きつけた。   「……へ? な、なんだ?」 「今あんたが言ったこと、一応全部録音した。保護者による性加害は犯罪だ」 「は、はんざい……ち、ちがう!! これは神聖なる神事なんだ! 僕は、この神社のために……!!」 「そうやって凌のこともマインドコントロールしてきたんだろ。純粋な凌の気持ちを弄ぶとかマジ許せねえ。これを警察に突き出されたくなかったら、とっととここから出ていくんだな」 「~~~~っ、貴様!! 僕の長年の愉しみを奪う気か……!!」 「それ言っちゃう? まだ録ってるんですけど」 「っ……!!」  顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりしている辰巳はこれ以上ないというほどに醜く顔を歪めていたが……やがてふんと鼻を鳴らし、ぷいと俺に背を向けた。 「あーあ、興醒めだなあ。龍神様もきっと僕と同じ気分だろう。……この島に禍いが降り掛かったらお前のせいだからな!!」 「はぁ? 禍いだあ?」 「それにね、盛った薬は強力な催淫剤で当分抜けない。襲われても知らないからな!」 「うるせー。凌は俺が正気に戻してやっから、あんたは漁師のおっさんたちとでもよろしくやっとけよ」 「ふん! 誰があんな暑苦しいやつらと……!! 凌とセックスできないなら、こんなボロ神社にいつまでも留まる意味はない。僕は消えるよ」  辰巳はそう捨て台詞を吐き、パシーン! と障子を閉めて立ち去った。  

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