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番外編 長髪にしてたわけ※ side凌
「髪……切ろっかな」
汗を含んだ黒髪をかき上げてそう呟くと、結希が胸を弾ませながら潤んだ瞳で俺を見上げた。
繋がったままの状態で身じろぎすると、結合部からいやらしく濡れた音がかすかに聞こえる。
クーラーを効かせていても、事後の結希の肌はしっとりと汗に濡れている。触れた指先に吸いつくような感触はひどく淫らだ。
抱けば抱くほど互いの感度が上がるのがわかる。
大好きな結希と視線を交わしながら、ゆったりと時間を忘れて溺れるセックスは気持ちよくてたまらない。バイトや用事がないときは、ずっと結希とくっついているような気がする。
きっとそれを望んでいるのは俺だけじゃない。
結希のほうからも、たくさん俺を求めてくれる。
身体を繋げたあとはベットに寝転がって、微睡みながらいろんな話をしたり、戯れのようにキスをしたり——……これまで俺の心を重くしていたとある呪いから解放されてからこっち、俺は毎日が幸せで、楽しくて仕方がなかった。
「へ……切っちゃうの……? エロくてかっこいいのに」
「暑いしなあ……。それに、してるとき邪魔だしさ」
「ぁん、っ……、ん」
一度放った屹立を抜き去ろうとするだけで、結希が腰をふるりと震わせて小さく喘ぐ。
その顔を見ただけで、ドキドキと胸が高鳴った。
大学では爽やかでおしゃれでかっこいい男子大学生をやっている結希が、こんなにも可愛くて淫らな表情をするのだ。
何度も夢想しながら結希を抱いたことはあったけれど、リアルな結希は俺が想像するよりもずっとずっとずっと可愛くて、色っぽくて……俺はすっかり結希の虜だった。
繋がっていた身体が離れると、クーラーの冷風がやけに冷たく感じる。
床に落ちていたタオルケットを拾い上げ、くったりと脱力している結希にかけてやった。
「へへ、ありがと」
「いや……ごめん。今日こそどこか出かけようって言ってたのに、結局こんなで……」
「ううん、いーって。外暑いし、家でイチャイチャしてるほうが楽しーじゃん」
くるりとうつ伏せになってふわっと笑う結希が可愛い。
本当なら今日は映画を見に行ったあと、新しくオープンしたカフェでランチをする予定だった。
でも結局すぐにベッドに逆戻り。
シャワーを浴び、俺のTシャツを着て顔を洗っている結希の後ろ姿にそそられてしまったせいだ。
ぶかぶかのTシャツから伸びる結希の太ももに残る日焼け痕が妙にエロくて、俺はふざけ半分で結希を背後から抱きしめた。
太ももを撫で上げると、結希は「ちょっ……くすぐったいって」と照れ笑いをしつつも色っぽい目つきで俺を見上げ、キスをねだった。
キスをしながらさらに上へ上へと手を滑らせていくと、剥き出しの結希の尻たぶが手のひらの中に柔らかく吸いついてくる。
そのまま結希の後ろにしゃがみ込み、Tシャツをめくったまま双丘にキスをした。
そして、昨晩じゅうずっと俺の屹立を受け入れてくれていた結希のそこに唇を寄せ、舌で結希の窄まりを舐め労わるうち——……お互いに我慢ができなくなってしまったのだった。
「ばかっ……そんなとこ舐めんなよ……っ! 恥ずかしい!」と言うものの快楽に抗えず、尻を突き出して腰を震わせる結希が可愛くてたまらない。
気持ちよさそうによがり、甘えたような声で「も……ちんぽ挿れてよ、ナカほしい……!」とねだられるまま、日が高くなるまでセックスに高じていたのだった。
クーラーだけでは足りなかったのか、扇風機までつけてうつ伏せになり、結希は上目遣いに俺を見上げた。
「そういえば、最初会った頃はそこまで髪長くなかったよな。伸ばさなきゃいけない理由でもあったの?」
「んー、理由ってほどのものじゃないんだけど……」
「はっ……まさか、あの変態に『儀式には長髪じゃないとダメだ』とかなんとか言われてたとか……!?」
「はは、違うよ」
辰巳の話題になると表情が険しくなる結希だ。
だがきっと辰巳にそうしろと言われていたら、俺は素直に髪を伸ばしていただろう。
あの離島で暮らしていた少年の頃——俺は、大好きな両親の死を受け入れることがなかなかできなかった。
島から船で通っていた本土の中学には馴染むことができず、友達もなかなかできず、喪失感を紛らわせるような娯楽もなく、俺は深く沈んだ思春期を過ごしていた。
話し相手といえば、保護者となった辰巳くらい。
辰巳は『凌くんのご両親の遺志を継ぐ』といって神社を大事にしてくれたのはよかったけれど、彼の定める日常生活のルールはかなり厳しいものだった。
スマホは持たせない。テレビはニュースのみ。
漫画もだめ、小説も辰巳の手持ちのものしか読んではいけない。
21時には眠ること、勉強は欠かさないこと、運動部に入ること。
学校外で友人と遊ぶのは禁止——……などだ。
俺は提示されたルールに素直に従った。
高校では中学の頃よりは友達が増えたけど、辰巳の決めたルールに従わねばならないのだと頭から信じ込んでいた俺は、彼らとの付き合いをほとんどしてこなかった。
そして、高三に上がってすぐに聞かされたのが『終いの儀式』のこと。
儀式を二十歳までにおこなわねば災いが起こると言われ、俺は震え上がった。
震える俺の拳を握る辰巳の手が妙に熱かったのを覚えている。
辰巳は険しい表情で『それを防ぐためにも、龍神様のためにも、僕と性行為をしてもらわないといけない。僕も頑張るから、凌くんもそのつもりでいるように』と重く俺に言い聞かせた。
怖い、おぞましい、気持ち悪い……でも、それが俺に課せられた使命なのだと言い含められてしまうと、抗うことができなかった。
だが、そうして辰巳にかけられた呪いを、結希はきれいさっぱり解いてくれた。
それだけじゃなく、焦がれていた結希と両想いだということがわかった瞬間は、天にも昇れてしまいそうなほど嬉しくて——……。
こうしてごく当たり前のように日常生活を送れているのは、結希のおかげだ。
しかもその日常が、こんなにも幸せなものになるなんて想像だにしなかった。
俺は結希の額にキスをして、微笑む。鏡で見なくとも、自分の顔が甘く蕩けているのがなんとなくわかった。
「改めて言葉で説明すると恥ずかしいんだけど……髪を伸ばしたり染めたりしたら都会っぽく見えるかなと思って、伸ばしたんだ」
「……へ? そーなの?」
「うん。島じゃずっと制服か、辰巳が買ってきたポロシャツとジーパンしか着たことがなくて……。受験しようと思い立ってふと回りをちゃんと見たとき、同い年くらいの人たちがみんなおしゃれで垢抜けててショックでさ……。それで必死に雑誌とかで研究したんだよ」
「え、えええ〜〜〜!? まじで!? 出会ったときから凌、ぜんっぜんかっこよくておしゃれだったけど!?」
「あはは……そう思ってもらえてたならよかったよ」
あまりに恥ずかしい過去の告白だ。
だが結希は頬をピンクに染めて、くりっとした目をキラキラ輝かせて俺を見上げる。
「けどまあ凌なら、ポロシャツにデニムだけでもじゅうぶんカッコよかったと思うけど」
「いや、ダサかったって……ん? 今思うと、辰巳も俺と同じ服ばかり着てたな……」
「はぁ? ……さてはあの野郎、凌とペアルックして喜んでたんだな!」
そう言って、結希はまた不機嫌そうに鼻を鳴らす。
辰巳への嫌悪感は拭い去ることはできないが、結希がこうやって俺以上に怒ってくれるせいか気持ちは楽だ。
俺はうつぶせの結希の肩口にキスをして、そのままちゅっと唇を重ねた。
「これまでのことを忘れて心機一転するためにも、髪を切ってみようかなと思ったんだ」
「あーなるほど……確かに。長髪エロくてかっこいいし似合うけど、そういうことなら反対はできねーな」
「またいつでも伸ばせるしね」
「そーだな。……にしても、短髪の凌か〜〜……あーー……想像するだけでかっこいいな。うん、マッシュもいいしパーマかけても似合うだろーし、なんならスポーツ狩りでも似合いそう」
結希はひょいと手を伸ばしてテーブルのスマホを取り、さっそくのようにネットでヘアカタログを眺め始めた。
俺以上に俺の髪型をを真剣に考えてくれている結希の横顔がむずがゆいほどに愛おしくて、柔らかな茶色い髪にそっとキスをする。
「そーだ。俺もちょうど切りたいなーって思ってたし、一緒に行っちゃう?」
「ほんと? それ、ちょっと心強いかも」
「なんで?」
「俺、いまだに都会の美容師さんちょっと怖いんだよね。なんか、ちょっと前までダサかったの見破られてそうな気がして」
「あははっ! そんなわけねーじゃん! 凌の顔がよすぎてみんな見惚れてんだよ!」
「そうかなあ……」
「ま、変な美容師が凌にちょっかいかけてこないか見張れるし、やっぱ一緒にいこーぜ」
「うん、ありがと」
そう言って笑う結希の笑顔は可愛いのに頼もしくて、胸がキュンキュン騒がしい。
俺たちはようやくベッドから起き上がり、ふたりでひとつのスマホを覗き込みながら、遅い昼食を取るのだった。
おしまい♡
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