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第8話
授業の終わりを、告げるチャイムが鳴った。
次の授業は、自分が担任を任されている問題のクラスだ。
おそらく藍田は、授業に姿をみせないだろうが…
間隔の短い休み時間と言うこともあり俺は、そのままクラスへと向かうことにした。
その途中で、予鈴が鳴り。
教室が視界に入る頃には、本鈴が鳴った。
クラスに入りまず驚いたのは、例の藍田が、居たことだった。
内心、居やがったと呟いてしまった事にマズイとは、思ったものの感情が表に出ない分。
平静を装うのは、簡単なことだ。
それにしても、朝のホームルームでさえも、寝坊で姿を表すことも少なく。
ましてや水曜日に限らず午後は、略居ないに等しいヤツが、ニコニコしながら今日に限って、ナゼ居る?
いや…ナゼ居る? は、おかしいか?
この場合、居るのが、普通だ。
それにしても、あのニコニコ顔に周りが、若干引いてやがる…
まぁ…気まぐれで、遅れて来ることは何度かあるが…?
あんなニコニコ顔は、見たことがない。
俺も…何を考えているのか、分からなくなっきやがった…
「あっ…えっと…き…起立! 礼!」
日直の気を利かせた起点で、授業を始められそうな空気になったが…
最初から席に着いているとか、雨でも降んじゃねぇーのか?
と、教師だが…そう思わずには居られない。
それ程までに、珍しい現象で心なしか…
クラスの連中も、『ニコニコ。ニコニコ』の藍田を不審に思っているようで、何事かとソワソワしている感じが、伝わってくる。
「取り敢えず。授業を始める…先週やったページの続きを…」
「ハイ。質問!」
見ると藍田が、手を上げて大きく振っている。
ここは、穏便に済ますべきか?
「なんだ?」
藍田は、ニヤリと微笑む。
「ねぇーっ、土屋の下の名前って何て言うの?」
「はぁ? 」
よく思考回路が、停止すると言うが、本当に停止するんだな…
いや。論点は、そこじゃない。
他のクラスの連中も、似た事を思っていたに違いない。
「あのさぁ…朝陽。下の名前ってより…先生に呼び捨ては不味いんじゃねぇ?」
「…そうそう! あの年上だしね。友達じゃないんだから。敬語か、せめて丁寧語とか?」
多分。
周りでフォローしている生徒も、何を言っているか、分かってないかも知れない。
「ねぇーっ、教えてって!」
しかもコイツは、何も聞いちゃいない。
話も、通じないのか?
って、これで成績優秀者って…マジなのか?
すると藍田は、のっそりと自分の席から立ち上がる。
クラスに馴染むのが苦手でも、大学に行きたいがために割り切って授業を受け続けた当時の俺は、コイツよりも、学力下なのか?
「ねぇーっ、ねぇーっ、土屋さぁ…」
おもむろに上着からスマホを取り出し藍田が、俺に近付いてくる。
「あのさぁ…ID教えてよ。交換しよ。交換! あっ…DMでもいいよ!」
と、お得意の笑顔で見上げてくる藍田に思わず半ギレしかけるのを、なんとか誤魔化し藍田のスマホを、スッと掴み教卓に伏せる。
「え?」
「授業中のスマホ使用は、禁止のはずだ。スマホは、今から預かる。放課後、職員室の方に取りに来るように…」
明らかにクラスの空気が、おかしくなっている。
「なんで! 取り上げるの!」
「聞いてたか? 授業中のスマホ使用は禁止だ。以上…」
「じゃ土屋の下の名前!!」
「藍田! いい加減しろ…」
正直、ブチ切れ寸前だった。
取り敢えず冷静にと俺は、藍田のシャツとダボッとしたニットの背中を掴み廊下に放り出すと、ドアに鍵を掛け後ろの席の生徒に対しも、後ろのドアの鍵を掛けろと指示をした。
「ちょっと、土屋! ドアを、開けてよ!! ねぇーっば! 土屋 !! スマホ返してよ! 土屋 !! 無視すんな !!」
…正直。ただドアを、開けてよ。だけの叫びなら開けなくもなかったかも、知れないが…
「子供のかんしゃくかよ…」
おまけに何回、人を呼び捨てにすんだ。
「……それで、あの藍田を、廊下に摘まみ出した? と…」
職員室では、その話が、早くも話題となっていた。
他の先生方から、注意を受ける覚悟と言うか、
「何って言うか…」
「まぁ…生徒達が、影で私達を、呼び捨てだったり。変なあだ名付けたりして呼んでるのは、知ってますけどね…」
持参したマイボトルのお茶を、飲みながら真後ろの男性教諭が、キャスター付きのイスを、転がしながら近寄ってくる。
同調するように隣の女性教諭も、相づちやらの言葉を口した。
「けど、面と向かって、呼び捨てやID交換しよ。は…ないですね…冗談で教えてぇ〜とか、ありますけど…」
励まされているのか、けなされてるのか微妙だな。
でも、この行動が、問題視されることは特になかった。
「しかし…土屋先生も、思い切ったことしましたね。あんな問題を…」
「いえ…大人げなかったです…」
「でも、逆にそうでもしないと、授業にならなかったのでは?」
それは、一理ある。
「摘まみ出すなんって、今までの先生達はしませんでしたよ」
そりゃそうだ。
普通は、しないだろうな…
出身高校が、かなり荒れていて…
正門では、毎朝一部のやんちゃな生徒と生徒指導先生方との小競り合いが、日常化している。
それが普通で…
「藍田のような自分勝手と言うか…そう言う生徒が、多かったって感じですかね?」
周りの同僚達は、マジか? と言う顔をする人や呆れ顔や目を泳がせるもの様々だ。
「それは、凄い学校ですね…」
本当に笑うしかない。
ただあの中にいたから、対処できるようになったと思える。
まぁ…人によっては、その場面を無視するだろうし。
関わりを、絶つ事もあるだろう。
それ以外でも、人によっては、何らかの反応を見せるだろう。
…俺の場合は、どうだろう。
近寄ってこようとしたのは、自分からか、藍田からか…
そんなふうに思いながら、談笑していると不貞腐れたような挨拶で、藍田が職員室へと入って来た。
スマホを取り上げたことにも、かなり怒っているようにも思える。
何よりも、教室を追い出したことにも、怒りを感じているのかも知れない。
生意気にも、威圧感とはまた別な仰々しい雰囲気を漂わせている。
「あのスマホを、取りに来ました…」
顔を合わせようとも、目を合わせようともしない藍田に腹が立たない訳じゃない。
職員室と言う空間、俺自身もあまり好きではない。
シーンとしている割りには、ざわついていて落ち着かない。
異質とまでは言わないが、特殊な空間だ。
そこにわざわざ入って来る立場としては、子供ながらに視線は気になるだろう。
変に緊張するのは、仕方がない。
まぁ…取り敢えず申し訳ない程度には、思っているらしい。
「気を付けるように…」
「……だけ?」
「以上だ…」
俺からスマホを受け取るが、表情がすぐれないのか、視線を伏せそのまま職員室を出ていった。
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