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1章 ギャップ萌え

 泉崎高に入学して約1週間が経った。受験の後、まあそれなりに点は取れている自信はあったがまさかの首席合格だった。おかげで入学式の新入生代表挨拶をすることになり、入学早々目立ちたくないなぁ、なんて思いながら話した気がする。日不見(ひみず)という特徴的な苗字のおかげで、自己紹介をする前に既に何人かの生徒に覚えられていた。 「な〜な〜、お前の苗字しみず?ひみず?」  後ろからポンと肩を叩かれた。振り向くと金髪の前髪をねじって上げ、頭のてっぺんで止めているヘアスタイルの男子だった。まるで初対面とは思えない話しぶりに僕は少し身体が硬くなるが、へらへらとした笑顔を見るとほぐれていく。 「ひみず、だよ。お日様の日に、不要の不に、見る」 「へぇ〜、聞いた事ねぇ名前」  長年このやり取りをしているので、まるで呪文のようにスラスラと出てくる。 「君は?」 「ん、俺〜?池田ー!よろ!」  ひそひそ声でも聞こえる距離にいるのに、人1倍大きな声そういうものだから思わず顔を顰めた。 「あ、ごめんうるさかった〜?」 「少し?でも大丈夫だよ。急に大きい声だったからびっくりしただけで」  そう言うと、池田はわははと笑いながらそうか〜と背中をバシバシ叩いてきた。言ったそばからこれだ。彼は加減というものをあまり知らないらしい。  なんて、初対面はかなりマイナス寄りだった池田だが、1週間も経つとなんとなく性格が分かってきた。加減がきかないのは相変わらずだが、決して悪いやつではなくて、むしろお節介というか、世話焼きなところがある良い奴だ。弟でもいるのだろうか。 「なー日不見〜。今日部活見学行くー?」 「うん。吹奏楽部ちょっと見ていこうかな」  僕の言葉に、池田はげぇ、と嫌な顔をした。 「俺音楽とか1番ダメ。中学ん時も万年2だったもん」  首をふるふると横に振りながらそう述べる池田がなんだか面白くて、つい笑いが零れる。 「あはは、確かに池田は音楽苦手そう」 「なんだと〜?」  池田は僕の頭の両側をグリグリと拳で押してきた。こんにゃろ!とか、こうしてやる〜なんて騒ぎながら。これは池田が怒った時によくやる癖だ。 「痛いよ〜、ごめんごめん。もうやめて?」  これを2回くらい言うとようやくやめてくれる。下校を促すチャイムがなると、池田はじゃあな!と言って颯爽と教室から出ていってしまった。 「忙しいヤツだな」  呆れながら呟くが、こんなたわいもない会話や意味の無いノリをするのが高校生という生き物なんだろう。僕としても、悪い気はしない。 ──────────  吹奏楽部は中々良かった。強豪と言うだけあってそれなりに練習はハードそうだったが、顧問の先生は関西の人で面白いし、部としての雰囲気も良さそうだ。 「でもなぁ……」  小学校から楽器をやっていると言っただけで、入ってよ!と快く手を差し出された。でも僕は親に言われてやり始めて続けているだけで、コンクールで金賞を取りたいとか、演奏会をやりたいとか、そういう気持ちが強いわけじゃない。僕はただ____。  その時、どこからか聴いた事のあるような音色が聞こえた。柔らかくて暖かい、それでいて芯がしっかりある木管楽器特有の音。それも、明るく澄んでいて、艶やかで、透明感のあるフルート特有の音だ。 「どこから……」  僕は無意識に音の場所を探す。見渡すと、視界と端にチラッと光るものが見えた。河川敷の辺り。きっとあれだ、と勝手に心の中で決めつける。自然と、引き寄せられるように音の方へ足を進めた。  耳にスッと入る心地よい音色に、思わず足を止めて聞き入ってしまいそうになる。  『マードックからの最後の手紙』。吹奏楽をやっている人であれば1度は耳にしたことがあるのではないかと思えるほど、有名な曲だ。特に有名な、フルートのソロ。今まで何団体かの演奏を聴いたことがあるが、聴こえてきたのはそれを軽く超えるものだった。  太陽はもう山の影に隠れそうなくらい沈んでいて、広い空を綺麗なオレンジ色に染めている。ようやく見つけた、と声をかけようとするが、そのオレンジ色からスポットライトを浴びているかのように演奏している様に、歩みを止めた。正面から吹いてきた風に、肩まで伸びている黒い髪の毛がサラ、となびいた。黒いのに、光を帯びているように見える。フワッとこちらの髪の毛まで揺らしてきたその風からは、桜の微かな甘い匂いがして、鼻をくすぐってくる。こんなにじっと見つめて、不審者だと思われるだろうか。でも、目を離さずにはいられなかった。  ふぅ、と一息ついて楽器を下ろしたのを見て、ようやく我に返った。何か言葉をかけよう。しかし、口を開いても出てくるのは息だけ。声の出ない口を僅かに動かし、なんとか言葉を出そうと躍起になっていると、くるっと僕の方を向いてきた。 「誰?」  ですよね、と言いたいところをぐっと飲み込む。 「同じクラスの日不見 奏(ひみず かなで)。ごめんね、じっと見ちゃって」  彼はじっとこちらを見つめてきた。頭のてっぺんからつま先までくまなく見られているようでなんだか頬が熱くなる。 「あ、あの、確か諸星 響(もろぼし ひびき)くんだったよね?」 「……おぉ」 「僕のこと覚えてないかな?一応、新入生代表挨拶やったんだけど……」  元から口数が少ないのか、ほぼ初対面の状態に緊張しているのか分からないが、さっきから「あぁ」とか「おぉ」とかばっかりで中々会話のキャッチボールができない。色々球を変えて投げても全部キャッチするだけで、返してきてくれないのだ。 「あ、あの!フルート、凄い…綺麗だった」  先程まで1度も合わせてくれなかった目が合った。心なしかキラキラと輝いているように見えて、心の中で笑みが零れる。 「いつもここで吹いてるの?」 「まあ、暇な時は。ここあんま学校の奴ら来ねぇし」  たどたどしくはあるが文を発してくれたことに異常な嬉しさを感じて、がっちりと固まっていた身体がほぐれる。しかし相変わらず返球はしてくれず、沈黙が流れた。流石に気まずく思ったのか、フルートを片付け始めたので慌てて止める。 「あ?なんでだよ」 「あ、えーっと……。もっと諸星くんのフルート聴きたいなぁ…って、思って」  何を言っているんだろうか。諸星くんからしたら急に知らない同級生と名乗る男に話しかけられて、謎に褒められて、しまいにはもっと聴かせて欲しいなんて。図々しいにも程がある。これじゃあ池田と同じだ。僕は池田のあの性格を悪いとは思ってはいないが、僕自身がそうなりたいかと言われれば断固拒否する。  また数秒間が置かれる。そろそろ何か喋らなければと口を開こうとすると、諸星くんが楽器を構えた。 「聴くのは別にいいけど、録音とかやめろよ」  まさか本当に吹いてくれるとは思わず、ぽかんと口を開いて固まる。その様子を不審に思ったのか、諸星くんが顔を顰めるものだから、僕は急いで首を縦に振った。 「録音しないよ…!」  本当はしたいけど。そこまで口に出しそうになってしまい、唾を飲み込んで無理やり抑える。  諸星くんは目を閉じると一気に別人のように変わって、スウッと深く息を吸った。  音が出た瞬間、一気に引き込まれる。車の通る音や流れている川の音と混ざっても嫌にならなくて、でも耳にはちゃんとフルートの音としてしっかりと入ってくる。音1粒1粒がくっきりと形をなしていて、それが1フレーズごとにちゃんと繋がっている。艶やかで、繊細で、透明な音に、フルートしか出せない音なんじゃないかと思わされる。  ふと顔を見てみると、スッとした切れ目からキラキラと光を反射する長い睫毛が生えていて、一瞬で目を奪われてしまう。  長めの曲だったのだろうか、気づいたら太陽はもうほぼ落ちきっていた。 「諸星くん、本当に上手なんだね」 「どーも」  褒めているというのに、対して嬉しそうな顔を見せてくれない。諸星くんは嬉しい時どんな顔をするんだろう。怒った時、困った時、泣いた時。全部見てみたい。 「さ、もう暗くなるし帰ろう?」 「あ?なんでてめぇと一緒に帰んなきゃいけねーんだよ」  諸星くんはそう言い放つと楽器を片付けてさっさと帰ってしまう。あまりにも早くて、僕は混乱して動けなくなってしまった。何もあんな口の利き方しなくてもいいのに。  フルートは超上手いけど、口は超悪い。これってもしかして世間的に言うギャップ萌えとか言うやつ?でも、それだったら…。 「全然萌えじゃない……」

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