1 / 4

第1話

 昔、一人の旅人が吹雪に襲われ、近くの家に助けを求めた時の話だ。    名は吾郎(ごろう)と申した。    歩けど歩けど、吹雪は止むことはなく、ひどくなるばかりで視界も真っ白なままだ。    ――このままでは凍え死んでしまう。    吾郎は必死に雪をかき分けて小屋を探していると、目の前に家が飛び込んできた。  これはしたりと、吾郎は力を振り絞り、その家の戸を叩いた。  ガラッと開いた音を聞いた途端、吾郎は力尽きてその場に倒れ込んだ。    いつまで眠っていたのだろう。  耳元でパチッと火が飛んだ音で吾郎は目が覚めた。   「ここは……」 「大丈夫ですか?」    吾郎の目は、一瞬の驚きで丸くなった。  家主はとても若く、女子よりも美しいと言っても過言ではないほどの美男子であった。   「わしは……」 「まだ眠ってて大丈夫ですよ。精のつくものでも準備いたします」    家主は土間へ行くと、何かを沸かし始めた。  少しずつ、懐かしい乳の香りが漂ってくる。  しばらくして、家主は湯のみを大事そうに吾郎へ手渡した。  香ばしい乳の匂いが漂い、汚れや濁りのない真っ白な水面に自分が映った。   「いただきます」    ズッと音を立てて飲み込むと、なんとも摩訶不思議な味が舌を駆け抜けた。    普通の乳牛の乳ではない。  ヤギとも違う。  乳が濃厚で蜜のように甘いのだ。   「ご主人、失礼ですが蜂蜜を入れておられるのですか……」 「いえ、一切入れておりません」 「……では、採れたての乳ということですか?」 「ええ、朝一番に搾って参りました」 「なんと……」    吾郎はこの乳に感激し、もう一杯強請(ねだ)ることにした。  二杯目がきた時は礼をするのも忘れ、無我夢中で口に入れた。  口内でじっくり味わい、ゆっくりと音を立てて飲み干した。  喉越しもするりとして素晴らしい。   「ご主人、よければこの乳を作っている動物に会えないだろうか。どんなものが作っているのか知りたい」    主人はふと目線を下げ、耳を澄ました。   「吹雪も止んだようですし、ご案内いたしましょう」    案内された牛に吾郎は驚愕した。 「これは……真白(ましろ)といいます……」    模様のない真っ白な身体。  何よりも驚いたのは通常の牛の大きさより半分も小さく、身体もやせ細っていたのだ。  こんな体からあのような乳が出るのかと疑うのも仕方がなかった。 「主人、これが……成牛……なのですか?」 「ええ……真白はこれ以上大きくなりません。乳は毎日出るのですが、量が少ないので売ることなどは到底無理で……」    主人は悲しげに目を逸らした。   「乳が出ないのは栄養が足りてないからでしょう。大きくなればもっと乳が出るようになり、生活も困らなくなります 」  吾郎が胸を張って答えると、主人は目を白黒とさせた。   「わしは元々牛飼いを生業(なりわい)にしてる者です。もし、牛を預けていただけるなら、一年で大きくしてみせましょう」 「いえ、そんなわけには……」 「主人、あなたはわしを死と彷徨っていたところを助けてくれた恩人です。何か恩返しでもさせてください」    主人はなかなか頷かなかったが、しばらくして渋々「お願いします」と頭を下げた。  その夜のことだった。    

ともだちにシェアしよう!