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01. 禁断魔法が紡ぐ物語 3

二人で生徒指導室に入ったあとしばらく無言が続いたのだが、口火を切ったのは意外にも正悟の方であった。 教師が生徒を呼び出しておいて生徒が先に話しかけるというのも珍しい。 窓際に立ち、外を眺めて岐路に就く生徒たちを見ながら正悟は静かに郁磨へ話しかける。 「お久しぶりです、郁磨さん」 そう一言呟きながら正悟は郁磨の方へと向き直し、郁磨の顔を見て少しだけ微笑んだ。 郁磨も正悟のことを見ながら笑うと二人の関係がただの教師と生徒ではないというのが実感できるだろう。 正悟の口調こそ丁寧ではあるが、今の二人を見ているとその関係はまるで家族のような兄弟みたく目に映る。 実際に郁磨と正悟の年齢差を考えれば兄弟と表現するのはなかなかに珍しいものではあるのだろうが、二人の雰囲気は年齢を感じさせない絆のようなものであった。 「前に会ったのは……三ヶ月ほど前だったか?」 「そうですね、父の道場で会ったのがそのぐらいでした」 「学校生活は大丈夫そうか?」 「大丈夫ですよ。また一年、変わらず過ごしますから」 正悟と郁磨の関係性というのは聞いていれば分かる通り、正悟の父親である瀬奈篤志(せなあつし)が開く道場の兄弟子と弟弟子の関係だ。 そのせいか郁磨には小さい頃から可愛がってもらい気遣ってもらっている。 正悟からすれば自慢出来るほどの兄として慕っており、郁磨も正悟のことは本当の弟だと思って接しているのだが正悟の立場や状況を考えると親しげに話しかけることは避けた方が良いので、学校ではあまり声をかけないようにと互いに決めている。 とはいえ郁磨としては始業式の日ぐらい正悟の顔を見て話したくなった──そう思うのは自然な振る舞いとも言えた。 「正悟。お前の立場を考えると気安く励ますこともままならないが、それでもお前のことは大切な弟だと思っている。だから二人で居る時ぐらいは話し方、普通にしていていいんだからな」 「郁磨さん……ありがとう」 「それに、何かあったらすぐに相談するんだぞ」 「……うん」 初めてこの部屋に入った時、正悟の言葉遣いが少し緊張気味であったため郁磨としては少し不安にも思っていた。 しばらく話さない間に何かあったのか──それとも自分が何かをしてしまったのか、と。 だが正悟にそういうつもりは全くなく、只々学校で普通に接してしまっていいのだろうかということだけである。 だからこそ郁磨に普通に接していいと言われて緊張の糸が解れたのだろう。 郁磨もそれで安心したのか正悟に近付いて頭を軽く撫でてやることにした。 正悟もそれには大人しくされることにして、互いの存在を再認識するかのような時間が出来たことに少しだけ嬉しくなる。 とはいえ頭を軽く撫でられていると少しだけくすぐったい気持ちに正悟はなっていた。 それを察してのことか郁磨は頃合いを見て撫でる動作を止めて話を戻すことにした。 正悟の顔を見ながら郁磨が話の続きを始めるのだが、いつになく真剣な郁磨を見て正悟も同じようにその言葉を受け止めていく。 「本当はお前を図書委員にするのは嫌だったんだが──」 「大丈夫だよ。俺、本好きだし」 「だが……!」 「郁磨さんが責任を感じることはないよ。それは本当」 「……自分の無力さに腹立たしくなるな」 郁磨は正悟が図書委員に所属しなければならなくなってしまったことに、多少なりとも責任を感じていた。 正悟がそれに責任を感じて欲しくはないと言っていても、素直に甘えていられる郁磨でもない。 だが正悟はそれを上回る程に努力家で献身的で自分を押し殺しているところがある。 それを見ていると郁磨は更に自分の不甲斐なさに苛立ちを抱いてしまう。 ──何でこの子はこうまでして他人を気遣うのか。 郁磨はそんな風に思い正悟のことは相当心配しているのだがそれでも正悟は自力で頑張ってしまうところがある。 そうする事でしか自分を守る方法を知らないでいるからなのかもしれない。 人は見えている景色が皆違う──それは当たり前のことだ。 しかし正悟にとってこの世界は普通の人間とは比べ物にならないほど違った景色に見えている。 それを理解することがどれほど大変なことか──正悟は想像を絶する程の苦しみや悲しみを抱いている。 普通の生活を送れないほどの異常さに正悟は心底慣れすぎているのだ。 それでも正悟は今年になって郁磨が担任になってくれたことをとても喜んでいるし、少しではあるが不安も和らいでいるようであった。 「俺、郁磨さんが担任になってくれて凄く嬉しいよ」 「正悟……」 「二年生は修学旅行もあるし、少し……不安だった。でも、郁磨さんが一緒ならきっと大丈夫だと思うから」 正悟は優しく微笑みを向けるのだが、こうして普通に笑えるのはいつ以来だろうか──限られた人間しか知らない正悟の特殊能力(禁断魔法)は、人を避けるしか防ぐ方法の無い極めてである。 それを生まれながらに持っている正悟は小さい頃から人とのいざこざに巻き込まれる事がとても多かった。 それでも今まで生きて来られたのは禅と郁磨の存在が大きく、正悟の中ではそれが唯一与えられたであった。 郁磨はその普通を出来る限り守り通したいと考えている。 そうしなければ正悟の心が壊れてしまう──そう思っていた。 「お前のことは禅の奴からも見守って欲しいと言われているからな。学校で禅が見てやれない分、俺が──」 「フフ、郁磨さんって禅さんと本当に仲が良いよね」 「そういうつもりはないが……アイツとはただの腐れ縁だ」 「禅さんが聞いたらそれはそれで喜びそうだけど」 郁磨の表情は困惑しながらもバツが悪そうなものであった。 禅と郁磨はいわゆる幼馴染というもので、郁磨は腐れ縁と表現するし禅は親友だと表現するものだからそれを傍から見ている正悟としてはと、そう表現するのが妥当だと思い、いつも羨ましく感じていた。 羨ましいと言っても妬みや嫉妬に変わるわけでもなく自分はこの二人に支えられて生きて来られたという嬉しさのようなものしかない。 そのお陰で今も尚、何とか生活出来ている自分の立場を考えれば、正悟としては二人が仲良くしているところを見ていられるのが微笑ましいのだろう。 本当ならばもう少し話をしていたいところではあるが、時間も時間であるため正悟の方から切り出す言葉を告げて今日のところはこれで終わりにしよう──そんな雰囲気を醸し出す。 「そういえば、今日も禅さんのところに行くんだけど……」 「そうか、アイツのところで働いてるんだったな」 「うん、何か伝言ある?」 「なら、あまり無茶なことはするなと言っておいてくれ」 「フフッ、分かった」 本当ならば連絡する方法などいくらでもあるのでわざわざ正悟が伝言を聞く必要は無いのだが、本人には直接言い難い内容もあるだろう。 郁磨も正悟には何故か素直に話してしまう癖のようなものがあり、この場でも咄嗟に出た言葉であった。 郁磨の台詞に正悟はまたしても微笑ましくなり少しだけ口角を上げて声を漏らすと、郁磨は複雑そうな表情をしつつも正悟の微笑む姿を見て安心する。 少しでも本来の自分らしさを正悟には感じて欲しい──そういった意味での安堵であった。 禅に対しても郁磨は似たような想いを抱いている。 禅が正悟と似ているというより正悟“が”似ていると言うべきであろう──禅の場合飄々としてはいるが本心をあまり見せないというところにおいてはほぼ同じと言ってもいい。 他人に対して警戒心を持たなければならない二人の状況に郁磨は少しだけ心配していた。 禅は正悟を守るため、正悟は自分と周りの人間を守るため、何より正悟は禅に守られて生きてきたからこそ父親の存在以上に禅の心に触れてきた。 そのせいもあり禅のそういった心を隠すという部分が似てきてしまった──そうなってしまっても仕方がない。 郁磨はそんな二人の心のあり様を知っているからこそ過干渉になることもある。 正悟はまだしも禅に至ってはもういい大人なのだからそんな心配はないと言うのに、郁磨は無茶ばかりしてきた禅の心配もしてきているのでそこそこの苦労人であった。 郁磨は帰る前に聞いておくべきことがあったためそれだけ聞こうと口を開く。 「仕事と勉学の方は両立出来そうか?」 「大丈夫。手伝ってる程度だから」 「なら良い──と、こんな時間まで悪かったな」 「ううん、郁磨さんとゆっくり話せて良かった」 「気を付けて帰るんだぞ」 「うん、ありがとう」 正悟も郁磨もその言葉を別れの挨拶として本来行くべき場所へと向かっていく。 郁磨は職員室へと向かい、正悟は帰宅する前に禅の店へと行くことにした。 正悟の目的地でもある禅の店とは、駅前にある商店街の入り口から見て出口側の閑静な住宅街に近い場所にある所謂本屋なのではあるのだが通常の本屋というより古書店に近いのかもしれない。 禅が趣味で始めた本屋であり基本的には古書を扱っていて他には文芸本から専門書、果ては児童書に絵本など、禅が気に入れば何でも揃えるといった一風変わった本屋であるのは間違いないであろう。 そんな本屋だが、正悟は手伝い感覚で働いており小遣い稼ぎと銘打ってはいるが給金の方はしっかりとしていて正悟の貯金は増える一方である。 身内がやっている店で働けるというのは正悟も安心出来て禅も助かるという、まさに一石二鳥と言えるやつではないだろうか。 だからこそ正悟もあまり重荷にもならずに済んでいる。 とはいえ正悟の性格上、時間には遅れたくないので遅れる場合のことも考えて禅にスマホでメールを出すとその内容に対してすぐに返事が戻ってくる。 返事を確認した正悟は急いで店へ向かうことにしてスマホを鞄の中へと押し込んだ。 操作しながら歩いて人と要らぬ接触をするくらいならそれを防ぐためにも歩いている時はスマホを必ず鞄の中へしまうようにしている。 それだけ用意周到にしている正悟が判断を誤り、面倒事に巻き込まれるのはこの数十分後のことであった──。

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