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01. 禁断魔法が紡ぐ物語 4

高校を出てからしばらく歩くと、正悟は一つ思うことがあり進行方向を変えることにした。 道なりに大通りから進めばいいものを遅れそうだということが頭から離れずにいたため、無意識にも裏道を行こうとしていた。 裏道といってもビルの隙間にある本当に小さな路地である。 その先には小さな空き地があり、そこには素行が悪い人間が集まっていると言われているため、なるべく通らないというのが同校の生徒の中でも有名な話であった。 そんな道を通ろうというのだから正悟にはどれほどの度胸があるのというのか──普通ならばそう思うところだが本人としてはそれぐらいのことで止まる足でもない。 ひっそりとした路地裏を進んでいくと少し開けた空間へと出るのだが、その丁度手前辺りでのことだ。 正悟を呼び止める男達の声が聞こえてくる。 案の定目の前に現れたその人間達は俗に言うというものであろう。 であればという感情が芽生えても良さそうなものだが、正悟にはそれを感じさせる余地もないほどいつも通りの表情であった。 「おいおい、ここは俺たちの縄張りだぜ!通りたければ通行料払ってもらわねぇとなぁ」 「コイツ、夢校の生徒っすよ」 「なら、同校の好みで安くしておいてやるから有り金全部置いてきな!」 正悟を囲うようにその不良たちは前へと立ち塞がる。 そんな状況だというのに正悟は軽く溜め息を吐き、小さく舌打ちをして何事もなかったかのように通り過ぎようとするものだから、不良の一人が手を伸ばし正悟の腕を掴もうとする。 その行動がある意味では命取りであった。 「触るな」 冷たく一声だけ上げると正悟は不良の手を払いのけ、息つく暇も与えない速さでその不良の腹部へと拳を一撃食らわせる。 あまりの速さに不良は身構えることも出来ずに膝を地につけ、腹部を痛がるように両手でもって抑え込みうずくまる。 それを見た残りの不良が反撃せんと言わんばかりに正悟へと襲い掛かる。 数は四人──同時に正悟へと迫ろうとするが狭い通路だ。 勢いに任せた拳が正悟に当たることはなく、一人で拳を握り襲いかかってきた不良を避け足を引っ掛け転ばせると、次に襲いかかる男の拳をいなして避けつつ手刀でもって首に一撃入れることでその男は気絶するように倒れ込む。 息を呑む不良の横をそのまま無視して前へと進み目的地に向かおうとするので、我に返った不良たちは何としても止めてやろうと残りの二人で正悟の後ろから奇襲をかける。 だがそんな行動は正悟も分かりきっていたことのため焦ることなく二人まとめて撃破するだけであった。 手前に居る方の男の腹部に一発足蹴りを加えればすぐにその二人はまとめて吹き飛ぶ。 それも場所が悪く空き地の中央くらいまで二人が飛んでいくものだから、かろうじて気絶しないで済んだ二人の不良はそれを目の当たりにして逆に恐怖を感じたようであった。 結局最初に拳を食らった不良とその次に一人で襲いかかった不良以外は気絶してしまい五人の男たちは正悟の前に屈服するしかない状態である。 「これ以上やるなら病院送りも覚悟しろよ」 「ひ……ぃ……!」 正悟が少し睨むだけで一人の男は恐怖し何も言えなくなった。 それを見届けた正悟は息を整えるようにまたしても軽く溜め息を吐きながら歩みを進めて、当初の予定通り路地裏を通り抜け目的地である店へと向かう。 残された不良たちのことなどは考えることなく正悟は腕に付けている時計を確認してその針の位置を見ると、十六時を十五分過ぎたところであった。 始業式ということもあり本来の仕事は十六時からであったのだが郁磨との対話もあったので遅れるというのは伝えていても、学校を出た時間を考えると少々到着するのに時間が掛かり過ぎている。 結局こんなに遅れることになるなら素直に大通りを行けば平和な帰り道を進めたのに──そう思ってしまったが過ぎたことを言っていても始まらない。 とにかく今は店を目指して進むだけである。 正悟がそんな焦りを抱えていた頃だ──禅もまた焦りを抱いていた。 この場合の焦りと言うのは言わずもがな正悟のことだ。 連絡をもらったあと、そこから数えても到着予定より二十分以上は過ぎていた。 あまり心配し過ぎても良くないと思ってはいても何かあったのではないかとどうしても気になってしまう。 少し外の様子でも見てきた方がいいのではないか──そう思った矢先であった。 店の自動ドアが開き、正悟が若干息を切らせて入ってくる。 「正悟……!遅かったから心配していたんだよ」 「ごめん、少し面倒事になっちゃって……」 「大丈夫かい……?」 「平気……あ、そうだ。郁磨さんがあんまり無茶するなって禅さんに伝えてって──」 「その言葉、そのまま正悟に送ることにするよ」 「……あはは、えっと。うん」 「まったく……トラブルには気を付けるんだよ?」 「うん、気を付ける……」 禅は心配になりながらも事の経緯を聞くことはなかった。 聞いても良かったのだが本人が何も口にしない以上、必要はないという判断であった。 正悟もそうしてもらった方が助かると思っていたため、何も言わずにいつも通りの仕事を熟すつもりで仕事着と言えるのか分からないエプロンを着けて働き始めることにした。 仕事を始めてしまえば先程の乱闘などすぐに忘れてしまう出来事であった。 本の整理に事務仕事に小さな倉庫の片付けに──やることなど山ほどある状況だ。 基本的に禅は本屋の仕事の大半を正悟に任せている。 自分がやることと言えば金勘定や気まぐれに接客をするぐらいなもので、それ以外の時間は本業の方へ力を注いでいるため正悟のことは本当に頼りにしており必要としていた。 正悟としてもそれで叔父への恩返しが少しでも出来るのであればと、常日頃そんな風に考え仕事に励んでいる。 この日も禅は本業の仕事を片付けるためにパソコンとの睨み合いが続いていた。 根を詰めすぎるのも良くないと思い、正悟は仕事の合間にコーヒーでも淹れて持っていこうと考え、その準備をしに給湯室でもある事務室へと向かう。 向かうと言っても狭い店内なのでそれほど移動するものでもない。 スタッフオンリーと英語で書かれたプレートが取り付けられている扉の把手を握り中へ入ると、そこにはコーヒーを淹れるための道具が一式揃っている。 それらを使い珈琲を淹れると、禅へ差し出す為にトレイにカップを乗せて運んでいく。 珈琲が入ったカップからは独特の香りが漂い、その場の空気を癒してくれる。 禅は珈琲を受け取ると机の脇に置いてからパソコンとの睨めっこを止め気分転換に正悟との会話を楽しむことにした。 「そういえば、クラス替えどうだった?」 「特に変わりはないけど……あ、担任が郁磨さんになった」 「それはそれは……今日の呼び出しもそのせいかな?」 「あーうん。まぁ……あと、図書委員になった」 「図書委員か……大丈夫そうなのかい?」 「多分……」 「郁磨はなにをしてるんだ……」 「あ、郁磨さんを責めないでね……俺がやるって決めたんだし」 「正悟……」 「大丈夫だよ、何とかするから!」 正悟は笑いながらそう言うが禅には一抹の不安があった。 いくら本人が大丈夫と言っていても、それが強がりなのかそうでないのか流石の禅と言えどそればかりは本人の感情故全て把握することなど不可能なのだから心配にもなる。 郁磨がついているからといって油断出来るものでもないし、禅の立場から言えば歯痒さ故に心配するなと言う方が酷だと言えよう。 それほどまでに正悟の心配をするのには訳もあるがその訳を聞いたところで理解出来る人間は少なく、禅は基本的にその話を誰かにすることはない──というよりもすることが出来ない。 正悟が抱える特異な能力は口にすることも阻まれる程のものである。 つまりは口外することを許されていない。 そのことについて誰に口止めされているのか、それすらも答える事は出来ないのだ。 そればかりは決まっていることで、誰も逆らえないし逆らわないという選択肢を取る者の方が殆どであろう。 だからこそ禅もこのことを郁磨以外の誰かへ相談することはない。 禅がそんなことを思っていると、正悟の声によって少し遠ざかっていた意識を現実に戻す。 「──だよね、禅さん……?」 「え、あぁ……うん」 「大丈夫?」 「平気だよ、新作の内容を考えていたら少し思い耽ってしまってね」 「新作行き詰まってる……?」 「いいや。けど、書きたいことが沢山あってね」 「そっか……俺、禅さんの小説面白いから大好きだよ」 「フフ、ありがとう。正悟」 和やかな雰囲気になったところで正悟も禅も本来の仕事へ戻ることにする。 禅は本業の小説を執筆する作業へと戻り、正悟は新作の本を並べたり在庫を管理したりしつつ時々来る客の会計をしたりして時間が経つのを待つことにする。 そして気が付けば日も落ち、外は星空が綺麗な時間となっていた。 通常は本屋を閉じる時間で禅も正悟も帰宅するのだが、禅は少しだけ残ってやることがあると言うので、この日は正悟だけ先に帰宅することにした。 「じゃあ先に帰るね」 「気を付けるんだよ、夜は特にね」 「禅さん心配し過ぎだって。大丈夫だよ」 「心配にもなるよ。正悟はすぐに無茶をするんだから」 「誰かに似たんじゃない?」 「おや、誰のことかな?」 「フフ、内緒!」 そんな冗談のような会話でもって禅と別れを告げた正悟は店を出て自宅へと帰路に就く。 腕時計の時間を確認すると時刻は二十時を過ぎたところであった。 今日は夕方に起きた一連のトラブルで少々疲れていたのかゆっくりと歩き、家に着いた時には大分時間も経過していて、それから食事を用意したり入浴の支度をしているとあっという間に時間など過ぎていき明日の準備をし終わる頃には時計の針は二十二時半を指していた。 夜も耽けてきたこの時間、正悟は睡眠時間を削ってまで趣味を満喫するタイプではない。 明日は高校が休みではあるがバイトはあるのでそれに合わせて体調を整える。 正悟は静かにベッドへと横になり瞼を閉じることにした。 それから朝になるまで目が覚めることなく眠りについて、早朝の鳥のさえずりと共に瞼を開けて起床する。 ──この物語の序章はこうして終わる。 終わりの鐘が鳴るその日まで、幾度となく幸福と困難が交差するように続くだろう。 叙事詩に刻むことになる正悟の物語は、ここからが真なる始まりの時であった。

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