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第1話 夜中の散歩
眠れないままに夜更けの町を歩いていた。その声には物語があった。イヤフォンから流れてくる歌を聴きながら歩くのが好きだ。まるで別世界にいるようで、非日常に一瞬で放り込まれる。
深夜、こんな所を男が一人、歩いていたら通報ものかもしれない。それでも夜は優しい。
都会でも星は見える。月の光が優しく俺を照らしてくれる。満月は思いのほか明るい。
自分の事を語るのは恥ずかしい。孤独な魂だ、とカッコつけてみる。誰も俺に興味なんかないだろう。
俺は27才。なんとか一人暮らしをしている。
仕事はガソリンスタンド。24時間営業。
セルフのスタンドのチェックだ。お客さんが来てガソリンを入れる時、スイッチを押して解除する仕事。
みんなセルフスタンドは無人で、機械が反応すると思っているが、中でモニターをチェックして目視で確認している人間がいる。
それから洗車。これもほとんどお客が一人でやれる。たまにわからないと言われると俺が出ていく。自動販売機の小銭の両替もある。
シフトは、日勤、夜勤、泊まりが交代で回る。
危険物取扱者免許が必要だ。
大抵、老人の雇用が多い。俺みたいな若者は少ない。9時間交代でほぼ一人勤務なので気持ちが楽だ。
もっとも、俺は27才の老人だ、と思っている。老成していると言うのではない。疲れ果てているだけだ。人間嫌い、とカッコつけてみる。
土曜日の夜。深夜には暴走する若者たちが来る。走るのが好きな奴ら。そんなに悪い奴は来ない。強盗にも、今まで遭遇した事はない。
夜中の仕事なだけで危険な事はない。金は全部機械の中に吸い込まれるから強盗をしても成果は無い。両替用の小銭があるだけだ。
完全なワンオペだが、離れた事務所に本社からの社員が詰めている。この地域、数カ所をまとめて管理しているらしい。嘱託の俺たちとはほとんど接触しない。
「よぉー、貴也。おまえいつも歩きだな。」
交代の同僚に言われた。
最寄りの駅までかなりの距離を歩く。車で来る時もある。電車の時間が合わない時。
「歩くのが好きなんだよ。」
その日は夜勤だった。14時から24時。歩いて帰れる時間では無い。
駅のそばに深夜営業のバーがあった。チェーンのファミレスでもない、バーが終夜営業しているのも珍しい。マスターの気分次第の営業時間だった。
『バー トリスタン・ツァラ』
伝説のダダイスト。シュールレアリスム。
名前が気に入っていつの間にか俺は常連になっていた。
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