179 / 179

第179話 俺よりもっと。

 家に帰って来た。佐波一家のデカいお屋敷の、離れだ。臨時の診療所も閉じた。  公園の売人たちも一斉に検挙されて、ジャンキーは病院送り。ナロキソンで一命を取り留めた者が多かった。廃人になった者は、療養施設に送られて、社会復帰のためにリハビリさせられている。  一定数の馴染めない者たちがいる。脱走して、また、ジャンキーに逆戻りだ。  政府は港のコンテナの事態を重く受け止めて、中国に厳重な抗議をした。  一時は国際問題に発展しそうだった。新アヘン戦争勃発か⁈  軍隊を持たない日本は戦争を起こさないが、仕掛けられたら逃げられない。  非常にセンシティブな問題だった。 ホワイトハウスと全人台の共同声明が出された。 「日本を経由してコンテナで運ばれているのは純粋な工業製品、工業材料で、メキシコで製品化され、アメリカに輸入される何の問題もないものである。二国間協議合意で運んでいるものだ。」 と言う、事なかれ主義のふざけた声明だった。 「これで納得出来るのか? 龍一、俺は悔しいよ。」  龍一は肩を抱いてくれた。貴也は学生の頃の葛藤を思い出した。その頃の貴也は、生意気に達観したふりをして青臭い思いを龍一にぶつけていた。  同性愛者である、という事を自分でも持て余して試行錯誤だった学生時代。  龍一と向き合って知った世界。尊敬できる頭脳との出会い。そして人生には思わぬ展開があることを知る。  孤独な男だと自負していた。その子供っぽさに赤面する。様々な人との出会い。  物語は続く。現実には何一つ問題はきちんと解決しない。推理小説なら、最後に全ての謎は解けて大団円になるだろう。現実は、スッキリなんて解決しないものだ。  そして貴也の人生に登場するたくさんの人々。 みんなそれぞれに、正解を示してくれるわけではない。  その場その場の最適解を探して、欠けたピースを嵌めるのが精一杯。  大学で学んだ哲学は、生きることにあまり役にたたなかった。しかし、思考に深みを与えてくれたと思う。  読んだ書物は全部、胸の中に生きている。 龍一に話したら 「貴也の哲学概論だね。」  熱いくちづけをくれた。 「俺よりもっと、素晴らしい人がいる。って言う歌がある。」  貴也が言う。 「龍一って不思議な人だ。俺は尊敬するよ。 でも、時々誰かの方へ行ってしまうからなぁ。」  詩音の事を言っている。龍一ほどの人でも、恋に落ちる事があるんだ。 「でも必ず貴也の所へ帰ってくるだろ。」  もう一度、熱いくちづけを交わした。                 ー了ー

ともだちにシェアしよう!