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5 ※微
※微
俺はユンファさんの拘束の一切を解いてあげた。
長時間強 いられて上げつづけたユンファさんの両腕は、今さら拘束を解かれて可動の自由を与えられたところで、ぎこちなくガタガタ震えながら力なくバタンと下へ落とすほかにはできなかったようである。
俺は次に首輪と両腿とをつなぐチェーンも外した。引き上げられていた彼の腿が解放される。しかしこちらもとす…とベッドに両足を着いただけで、もはや彼は逃げようとも抵抗しようともできないようだった。
そして首輪、両腿のベルト、手枷、バイブはもちろんバイブを固定するバンドと、そのすべてを彼の体から外してあげた。
極めて色の白いユンファさんの細身に黒革は彼の白皙をより刺激的に引き立てていたが、やはりそのままの彼の裸身にこそ俺は真の美しさを見る。改めて思うに、やはりユンファさんはその顔も体もすみずみまでが世にも美しかった。
……俺はユンファさんのベッドの上に横たわる裸体、美貌の男神アポロンの彫刻にもまさるような一糸まとわぬ美しい裸体を一度しげしげと眺めまわしたあと、彼のそのわき腹あたりの隣にあぐらをかいて座った。
ただしユンファさんは今、厳密にいえば完全なる全裸ではない。一糸まとわぬとは真っ赤な嘘である。
――俺は彼の全身を束縛する全ての拘束を外すその前に、ユンファさんに鍵 を か け た のである。
俺はあのあと、まずはユンファさんの体からバイブの固定バンドとバイブを外した。
そして昨夜からベッド側 の床に置かれていた例の茶色い大きな紙袋を拾いあげ、その中から取り出した二十センチ四方の箱を彼の目の前で見せつけながら開封した。
「……ソンジュ…、ソンジュ、ねえまさか…」
ユンファさんはその箱の外装を目に留めて青ざめた。しかし俺は「約束しましたよね」と笑いながら、取り出したその「錠」をもって、早速彼のM字に開かれたままの下半身の前にあぐらをかいて座った。
……そして、まずは彼の曲げられた膝を押し込み、自然とそのお尻を浮かせる。まるで赤ん坊がおむつ替えをされているようなその体勢に、ユンファさんは「や…」とさすがに消え入りそうな声で羞恥している。
しかしその通り、「これ」は構造上おむつのように穿 かせることができる。――そうして浮かせたユンファさんのお尻から腰の下にベルトと黒紐を敷く。
次に、黒革のクロッチ部分に取り付けられた妖しいピンク色のバイブを彼の膣に挿入する。これは普通のバイブにくらべて太さは細いが、先端は陰茎のようにカリが張り出ており、また全長自体はそこそこにある。
「やっやめて、嫌だソンジュ、…」
ユンファさんはシリコン素材でできたそれの先端を膣口にあてがわれると、いよいよ嫌がって暴れはじめた。しかし虚しくガチャガチャと鎖が反抗的な音を立てるばかりで、実質的な反抗とはなっていない。これは口で文句を言う以外にできない、全身を拘束されていてしたくとも体では抵抗しきれない彼の今の状況の暗喩ともいえようか?
お尻を浮かせて逃げようとしたところでほとんど意味はなく、ぬぷんと艶のないピンク色の先端はすぐさま彼の桃色の粘膜に呑み込まれた。「んっ…♡」
俺は「暴れないで」と低い声を出す。
「これを拒否したら…貴方の昨晩から続いていた真夜中は、やっぱり今から続行…ということになりますよ…」
俺はユンファさんをこうして脅した。
彼はよほど昨晩の真夜中が堪えたのだろうか、俺に脅されながらバイブをぬぷぷ…と押し込められるとわずかに眉を顰め、
「……んん゛……っ♡」
とぐぐもった鼻からの声をもらしはしたものの、それ以降は一切の抵抗をやめて大人しくしていた。
そうして、やがて彼の華はバイブの根本までそれの全長すべてを受け入れた。
俺は次に、ユンファさんのやや膨らんで見える陰茎へ、根本に黒いゴツゴツとしたリングのある「鉄格子」をかぶせる。――そしてその鉄格子の上部分と、彼のお尻と腰の境い目あたりの下に敷かれた太いベルトの両端をつなげ、そこにある「錠」にカチリと鍵をかける。あとは各黒紐の締め付け具合を調整して終わりだ。
なお「これ」の完成形は前から見ればY字、お尻のほうから見ればV字となるような構造である。
まず前に陰茎の囚われた鉄格子がある。この鉄格子は彼専用の形をしているが、勃起さえしなければ窮屈な思いをすることはあるまい。――そしてその鉄格子の根本の黒いリング上部に「錠」が取り付けられており、その錠に黒革のベルトの両端が繋げられているのでまずはV字に、そしてその下の鉄格子を含めて見ればY字に見えるというわけだ。
ちなみに彼の陰茎の下に実ったこぶりな白っぽい膨らみも専用の丸い鉄格子で囲われており、それの下と黒革のバイブ付きのクロッチが繋がっている。
更にお尻側から見れば、まずお尻の割れ目のはじまりの上にベルトが横一線に通っている(前側で鉄格子と繋がっているベルトである)。――そして、そのベルトにはクロッチ部分から伸びている二本の細い革紐が繋がっており、太いベルトがその二本の細い黒紐を逆八の字型に引き上げているので、そうして後ろからはV字に見えるというわけである。
……なお総じて多く使用されている素材は革ではあるものの、それは強度をもたせるための表面的な素材である。ユンファさんの肌に触れている部分は柔らかい布素材が使われており、長時間の着用時にも彼が痛みを感じることはほぼ無いと思われる。――何より俺の想定では丸一日、あるいは二日も三日も彼のこの「錠」を外さないという日こそむしろイレギュラーと考えている。
俺は「これ」をもってユンファさんに鍵、あるいはリボンをかけた。
これこそがもっとも大きな、俺からのユンファさんへのプレゼントである。ちなみに「これ」はユンファさんの体に合わせて俺が特注したものだった。
記念日というのはこれまで逃してきた機会を改めて得る、転機ともなりようがある特別な日であろう。つとに俺にはこの「鍵」こそが、俺たちの記念するべき結婚記念日にもっとも相応しい彼へのプレゼントであると思われていた。――
いまだ拘束の解かれないユンファさんの隣へ、俺はまた肘枕をして寝そべった。
「どうですか、バイブの具合は」
と聞いた俺の腿の側面に置かれた手には「鍵」が握られている。
ちなみにこの鍵はまるで車の鍵のように、ぽってりとした黒い持ち手から銀色の鍵が生えているようなデザインだった。つまりこの鍵は「リモコン」でもあった。――ユンファさんは不機嫌な顔で目を伏せている。
「細くて入ってるかもわからない。正直いって不快」
「そう」
今ユンファさんの膣内にあるバイブは、ちょうど彼の子宮口に数センチ届かない長さである。例えば彼が椅子に腰かけたことでより深く入り、不意に彼の子宮口を突いてしまう、というようなハプニングはなかなか起きないように設計されている(もちろん座ればより深く入るだろうが、それでは彼の子宮口には届かない)。またクロッチの上から押し込んでみても、革が固くてやはりそう奥にまでは届かない。
……ところが俺の手の中にあるスイッチを押すと、
「……、…っん…♡」
ユンファさんはビクッとしたが、やがてはんっと鼻で笑った。
「…はいはい、遠隔バイブね……この変態」
今ユンファさんの膣内ではヴーーとバイブが振動している。振動のパターンはいくつかあるが、今は余裕を見せている彼でも、おそらくこの刺激が長く細く続いてゆけば、彼はその体を火照らせはじめることだろう。要するに「焦らしプレイ」にはうってつけの刺激だということだ。
……俺はカチリと別のスイッチを押してみる。
「…ぁ、?♡ ……ッ♡」
今度はユンファさんは悔しげに眉を顰めると、ふいとその横顔を上がっている二の腕へ寄せた。
「どうですか、ユンファさん…?」
「……ん…っ♡ ……ン、ん…♡ はぁ…別に……」
とは言いながら、いまユンファさんは腰をわずかにくねらせている。――今彼の膣内では、ヴィィン…ヴィィンとバイブの頭がゆっくりと回りながら伸び縮みしているはずだ。ひいては震えているバイブの先端が、ユンファさんの弱い子宮口を二度三度ぐりぐりと円くこね回しては引いてゆくのである。
「随分気持ち良さそうだね…フルパワーでもないのに」
俺は「フルパワー」にしてあげた。
「っん…!♡ …ンっ♡ …ぅ、♡ んゥ…〜〜っ♡♡」
するとさすがにユンファさんは苦悶の表情でぎゅっと目を瞑り、逃げようと腰を浮かせたりくねらせたりと抵抗はしてみるが、当然根本まで入るようがっちりと固定されているバイブからは逃げられない。
今彼の子宮口はズンズンズンと激しく突かれている。それも人間よりも非情な疲れ知らずの速度で、ブルブルと全体を強く震わせながら。
「…気持ち良い、ユンファさん…?」
俺はうっとりと陶酔した声できいた。
自分の支配下で、尚且 つ楽にユンファさんを善がらせてあげられているこの幸福に、俺は並々ならぬ恍惚を得ていた。
しかし彼は苦悶の表情でかぶりを振りながら「きっ気持ち良くない、…」と意地を張る。
……なお、こうした刺激のパターンは自由に組み合わせることができる。俺はまた別のスイッチを押した。
「…んあぁ…っ!♡♡ ぁ、♡ ぁ、♡ いやっいやだ…! だめ、ぉっおかしくなっちゃ…っ!」
ユンファさんは泣いてよろこんでくれた。
今彼の膣内で非情なほど暴れているバイブと同時に、彼の陰茎の根本にはまっている黒いリングがブルブルと振動しているのである。――首輪のほうへチェーンで吊り上げられている彼の内ももが合わさろうと寄る。彼は腰の裏を上げて背中を反らせる。二の腕に片頬を押し付け、ぎゅっと閉ざしたまぶたに力を込め、眉を寄せ、眉尻を下げ、唇をきゅっと閉ざす。
「……ッ!♡ …〜〜っやめ、…ィ……」
「わかった」
俺は「OFF」のスイッチを押した。
するとユンファさんのお望み通り、その全てがひたと止まる。
「……っは…、……、……」
薄目を開け、ユンファさんは呆然としている。
「…ご気分はどう」
「……っはぁ…はぁ…、は……」
彼は不機嫌そうな伏し目で俺を見ないまま、
「最高の気分だ」と言う。
「それはよかった。…これでもう寂しくないでしょう」
「……は…? 寂しいって何だよ。」
ユンファさんは不服げにキッと俺を横目に睨んだ。
「ごめんね、今まで寂しい思いをさせてきてしまって」
しかし、俺は陶然と彼の蔑視に微笑みかける。
すると俺の微笑に何か言いしれぬ気持ち悪さを感じたか、俺を見るユンファさんの表情が怪訝そうに険しくなる。
「……なあ、何か勘違いをしていないか君…」
「していないよ。…貴方は俺の姿が見えなくなるとどうしようもなく、イライラとしてくるほどムラムラしてきてしまう…。もちろん俺は家の中に、家の書斎にいる。だけれど…」
俺は幸福のあまりに自然と目を伏せた。
「貴方は…俺の仕事を邪魔するわけにはいかない、と俺を想って体の疼きを我慢をする。…しかし俺が目の前にいないことで、却って貴方は俺が欲しくて欲しくて堪らなくなる……家の中に俺はいるのに触れてもらえない、俺に抱いてもらえない、寂しい、寂しい…そして――やがてもう誰でもいい、ソンジュじゃなくてもいい、誰でもいいから僕を抱いて、激しくして、酷くして…この満たされない寂しさを忘れさせて……」
「違うっ勝手に変なストーリー作るなよ、…」
俺はユンファさんの苛立った声を無視する。
声というのは無力なものである。どれほど大声で怒鳴ろうが肉体的な暴力ほど抑止力はない。ましてや、拘束されている男の声ならなお滑稽なほど無力である。
「…あぁそうか…それに、ソンジュは僕が他の男に抱かれることで興奮するんだ…。だから僕なんかと付き合ったし、僕なんかと結婚までしたんだ…――じゃあソンジュに捨てられないために、僕はもっとたくさんの人に抱かれなきゃ……」
「やめろよ違うっ! 違う、そんな…っ」
「…あぁソンジュ…好き、愛してる…――貴方は他の男に抱かれながら、うっかり俺の名を呼んだ…」
俺は目を伏せたまま滔々 とつづけてゆく。あるいは空想、あるいは真実、これがユンファさんにとってどちらに値するかは俺にわからないまま、手探りというほど五里霧中ではないが、首尾一貫というほど始点も終点も確かではない物語りである。
「……他の男に抱かれながら、貴方はいつも俺に抱かれている夢を見る…――それも…きっかけになる、と貴方は考えている。他の男に抱かれたあと、俺に“マッサージをして”と言う貴方は、そうして俺に抱かれるためのきっかけ作りをしてもいる…」
これは俺の空想だろうか?
それともユンファさんの空想だろうか?
「その上、自分は他の男に抱かれたばかりだ。寝取られた夫にほど興奮するなどという妙な癖を持っている俺なら、きっと今の自分になら興奮して、喜んでくれるから…――好きでもない男に抱かれた貴方の全身に、俺の手が触れる……俺の手のひらの体温が、貴方の乾いてしまった肌に染み入って幸福となる…」
これは誰の空想だろうか?
――そもそも、これは本当に空想なのか?
「…しかも…他の男に酷くされて体に傷がつけば、貴方は俺に心配してもらえる…。俺に優しく手当てをされて、その傷だらけの体を俺にいつも以上に優しく抱かれながら、貴方は高飛車な態度のその下で本当は…可愛らしく嬉しそうに頬を染めて、ニコニコ微笑んでいる…――嬉しい、ソンジュの気が引けた…幸せ、ソンジュが優しくしてくれるから…」
俺の伏し目は酔眼 とぼやけて潤み、火照っている。
俺のこの声は、陶然と上ずった潤いが滲んでいる。
この理想的な物語に頭がくらくらとして陶酔する。
「もっと酷くされたら…もっとソンジュは優しくしてくれるはずだから…。きっとソンジュは、酷くされた僕のことならもっと大事にしてくれるはずだから……もっともっと傷だらけになれれば、ソンジュはきっと…僕のことを止めて、…」
「っ違う…! 違う、…違う…っ!」
――酔わねば語れぬ物語……それではならぬお互いにと、俺はつと目を上げた。
ユンファさんはやっと「違う」と声を出せたのである。彼は顔を真っ赤にして怒った顔をしているが、俺を睨みつけてくるその切れ長の目は潤んでいる。
「お前って本当呆れた小説家大先生だな! っ僕は別に、お前に構ってもらえなくて寂しいからなんて馬鹿馬鹿しい理由でセックスしているわけじゃない、…知ってるだろお前だって、僕はただのセックス依存症なだけだ…っ! なあ勘違いするなよソンジュ、思い上がりも大概に…っ」
「…ふふ…、…はいはい。――」
俺は寝そべっていた体をおもむろに起こした。
職業病の酔狂も大概に、そろそろ本当に拘束具を解いてあげようと思ったのである。
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