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俺の意想外に――ユンファさんは俺のうえから退くこともしないまま、チャラリと銀の手錠の鍵をあ る 場 所 からつまんで取り出すと、その銀の五センチ程度のリングにまとめてぶら下がる、小さい二つの銀の鍵をぷらぷらと自分の右頬の横で揺らしながら、俺にむけて可愛い悪ぶった笑みを浮かべる。
「…ふふ……♡」
「……い、いつの間に……?」
俺は口角を上げながらも目を瞠 って驚いている。
……ユンファさんがその手錠の鍵を取り出したある場所、それは――俺が袖は通したまま、しかしボタンは一つも留めないで着ている、この白いカッターシャツの胸ポケットであった。
……彼は手品師か何かなのか? いつ俺のカッターシャツの胸ポケットにその鍵を忍ばせたのやら、俺は彼にそれをポケットに入れられた瞬間はもとより、今の今までまったくそれ――まさか事実上は手錠の鍵を自分が持っていたということ――に気が付いていなかった。
「…いつって、キスをしながらソンジュの胸を揉んでいたとき、だけど…? はは…君、感じてぼーっとしていたもんな…ほんと可愛かった…、……」
ユンファさんはそう細めた切れ長の両目で俺を愛おしそうに見てから、ふと目を下げる。彼の指先がつまんでいる鍵の一つの先が、片方の手錠の鍵穴に差し込まれる。
「……はは、なるほど…、……」
そういえばそうだったか。
俺は手錠を嵌められてすぐユンファさんに組みしかれたまま――そうなる以前にも俺たちはたっぷりとキスを交わしあっていたが――、さらにこの唇へ彼の甘い熱い唇と舌に丹念な愛撫をほどこされながら、自然な流れでまずは紺色のベストのボタンを外され、次にカッターシャツのうえから胸板をまさぐられていた。
……確かにあのときの俺は彼の愛撫の心地よさに陶然としていたし、何より愛する美男子に手錠を課せられたことに陶酔してもいた。
なるほどあのときだったか、と俺の合点がいったところで、…カチャリ――そしてもう片方もカチャリ、…俺にしてみればようやく手錠の鍵が外された。
円く繋がっていた手錠の輪がその解錠によって両方とも途切れ、ユンファさんは俺の手もとに目を下げたまま、さらに彼の手ずから俺の両手首にかかった手錠を取り除 けてくれる。――そしてユンファさんは、その拘束力を失った銀の手錠と鍵をポイッと無造作にベッドの上へ放り捨てた。
……さて俺は約束通り――ユンファさんの背面に両腕をまわし、その腰の裏と背中を抱きよせる。
「……ぁ…、…ふふ…ソンジュ……」
すると幸福そうなうっとりとした含み笑いをもらし、俺の名をあたかも彼氏らしい甘い声でそっと呼んだユンファさんもまた、おもむろに俺の背中に両腕をまわし、俺の肩甲骨と背の中腹を抱き寄せてくる。…のみならず、俺に抱き寄せられた彼の膣内がその瞬間、きゅん、とときめいたのである。…なんて愛おしい…。
……もはやこれほどに可愛らしい愛する美男子と接しているとは予想だにしない奇跡、それとさえ思えるほどに、やはり今日のユンファさんはあまりにも可愛らしい。
「…へへ…、ドキドキしちゃうな……」
「……俺もドキドキしてしまっています、ユンファさん…、……」
俺はその言葉どおり胸を高鳴らせながら、そっと彼の赤らんだ片耳に唇を寄せた。こう切ない男の声でささやく。
「…ユンファ…愛しています……」
「……っや、…」
すると、ビクンッとしたユンファさんがとっさに俺から顔をそむけた。しかし、彼の耳がふっと逃げていったその瞬間により一層香った桃の香を、俺は獲物の匂いを追う狼のようにこの鼻先で追いかける。
「っやめてよ、…はは、そういうの変になりそうだ……こっ恥ずかしくて、…ほんと…変に、なりそ、…ちょ…っ」
「……何て良い匂いなんだろう……」
スンスンスンと夢中で嗅ぐこの香り、今日は一段と濃い甘い桃の香、その香りに帯びるなめらかなバターのようなそそられる香り、いくら鼻が慣れてもなお俺の胸をときめかせるこの香り――俺がそうしてうっとりとしながら夢中でその耳もとの香りを嗅いでいると、ユンファさんは慌てて「っ擽 ったいよ、…」と笑いながら横へ首を伸ばし、もっとその耳を俺の鼻から遠ざける。
「…はは、…もう、…この馬鹿犬……」
しかしこの「馬鹿犬」には普段にはない甘い笑みが含まれていた。
……俺にはアルファ属らしく、気になった、あるいは気に入った匂いが鼻腔に入ってくると、その匂いをスンスン鼻を鳴らしてまで夢中で嗅いでしまう習性がある(なおこの習性は、俺が彼に「馬鹿犬」と呼ばれてしまう所以 の一つである)。
「…君、僕の話、ちゃんと聞いていたのか…?」
「…ふふ…ええ勿論。恥ずかしがっているユンファさんも可愛い……だけれど…、どうか恥ずかしがらずに、俺の愛を受け取ってください……」
「……、…」
ユンファさんが何とも答えられずに困惑気味に沈黙する。…ややあって、彼はぼそりと悲しげな声でつぶやくようにこう言った。
「…受け取れないよ…」
「どうして…?」
「……ソンジュの愛は、僕のそれとは全然釣り合っていないから…。はは……」
ユンファさんは寂しそうにそう笑うと、俺の背中に抱きついたまま――俺の返答も追求も何もかも、俺の反応のそのすべてを拒むように――ゆっくりと腰を上下させはじめる。…ぬちゅ…くちゅ…とわずかな潤んだ音が立ち、俺の勃起はそのほぼ全体を彼の窄い膣内に浅くゆっくりとこすられる。
「…ずっと…、は…♡ ソンジュが、僕のなかに、…いてくれたらいいのにな……はぁ…気持ちいい……」
「…………」
俺はその胸が締めつけられる愛しいユンファさんの発言に何も答えなかった。しかし口では何も答えない代わりに、男の愛おしさというものの脅威をため込んだ自分の前立腺から、彼の細い上半身をずんっ…ずんっと緩慢に、しかし凄まじい力で突き上げる。
「…あ…っ!♡♡ ……っん゛、♡ ああ…っ!♡♡」
すると、まるで俺の勃起にその喉を突き上げられたかのように甲高い声をあげるユンファさんは、ぎゅうっと俺の背中にしがみついてくる。彼は俺の肩口にぷにゅりとその肉厚な唇を押しつけ、じっと体をこわばらせる。――俺はユンファさんの両方の尻たぶを鷲掴み、ずっずっずっずと何度も速く恥骨から勃起を打ち上げる。
「…ん…っ♡ んっ♡ んっ♡ んっ♡ んっ♡」
「…“ソンジュが僕のなかにずっといてくれたらいいのに”…? そういう可愛いことを言う癖に、ふっ…俺だけのものになるつもりはないだなんてね…、……」
俺の両手は一旦彼の尻たぶを手放した。
そして俺の尻の両側面に膝を着いている彼の、その両方の膝の裏に手を差しこみ――自分の両腕にその人の膝の裏を片方ずつかけてから、もう一度その豊かな尻たぶを鷲掴む。
……そして俺は彼のなかに挿入されたものもそのままに、ぐっと両腕や腹筋や両ももに力を入れて立ち上がる。
「……あ…っ?」
俺に持ち上げられるさなか驚いたユンファさんが、それでもここからどういった体位となるかを予測して、慌てて俺の背にある両腕を俺のうなじに巻きつけなおす。――俺はユンファさんを抱えたまま立ち上がった。彼は背丈こそあれ痩せているので、こと筋肉量の多いアルファ男の俺の筋力ならば難なく持ち上げられる。…この体位とはいわゆる「駅弁」というやつである。
……さてこのまま、ひとまずはこのこざっぱりしたモノクロのリビングを一周してみようか。と、俺は歩きはじめた。
「…俺に気が無いのならそういうことは言わなければよいのに、貴方っていつもそうだ…、本当に悪い人……」
「あ、♡ だめ、…歩 、かないで、…」
ユンファさんは不安そうにぎゅうっと俺のうなじにしがみついてくる。俺が歩くたびその振動でユンファさんの子宮口が突かれるのである。――俺はゆっくりとやたらに広いこのリビング、まずは廊下へつづく扉を目指して歩いてゆく。
「…や…っあ、♡ …あ、♡ だめ、怖いソンジュ、下ろして、…」
しかしユンファさんは甘い声を発しつつも怯えている。これはもちろん気持ちよすぎて怖いというのではなく、仮にも俺に落とされてしまうのではと怯えているのだろう。
「…まさか落としませんよ…、俺アルファですから、見かけより力があるんです」
「…んぅ…♡ …でも、…怖いよ…、え、駅弁なんて…したことない……」
「……ふ…、……」
そういえば最初の夜にもユンファさんは、俺に横抱きに持ち上げられたとき「持ち上げられたのは初めてだ」と言っていたか。それこそあれが初めてならば、確かにこの駅弁という体位の経験がないこともまた納得できる。
……しかしそうとわかれば尚の事調子づく俺は立ち止まり、ゆさっゆさっと、彼の尻たぶを鷲掴みにしている両手からその人の上体を持ち上げては重さにまかせて落とすようにゆさぶる。
「…あんっ…!♡ あ…っ!♡ 嫌だこれ、いや…! 怖い…! 怖いよソンジュ、…嫌、…」
「…はは…信用無いんですね、絶対に落としやしませんよ。…むしろ俺にはこんなことが出来るくらい余裕があるんですから…、……」
……「こんなこと」とはもちろんこのゆさっゆさっと彼を揺さぶってる動きのことであるが――それでなくとも俺の亀頭が深く刺さりこんでいるなか、こうすると彼の自重 でよりずるっずりっと子宮口やその付近の溜まりが強くこすられるので、そのぶん強い快感も伴っているはずだが――。
「あっ!♡ や、…あんっ♡ やだ、怖い、怖い…っ」
「…ふふ、可愛いなぁユンファさん…、……」
しかしユンファさんがあまりにも怖がっているので――それもまたとても可愛らしいが――とりあえずは歩くだけにしておこう。
と俺は再び歩きはじめる。
……すると怯えて俺のうなじにぎゅうっと強くしがみついてくるユンファさんが、俺が一歩あるくたび、俺の耳もとで「…ぁ、♡」と甘くもどこか怯えた小さい声を発する。
「……ぅ、ぁ、♡ ぁ、♡ ねえっお願い、下ろして、…」
「……、じゃあ玄関まで行ったら下ろしてあげますね…?」
俺ははたと、ある報復をひらめいた。
……ユンファさんは「は…っ?」と俺のセリフに耳を疑ったようである。
「な、何で玄関…?」
「…大丈夫ですよ、この家の玄関の鍵は俺がしっかりとかけましたから」
と俺は歩きながら彼の困惑を物ともせずに言う。
我ながらぬけぬけとした俺のこの態度に触れて、やはりユンファさんは不服そうである。
「…ん、…んぅ…♡ そ、そういう問題じゃ…、なあ、まさか玄関で僕を犯したりしないよな……」
「さあ…? どうぞお楽しみに…――。」
×××
そうして駅弁の体位のままたどり着いた玄関扉の前、タタキのうえに立った俺は、本当にそこにたどり着いたなりユンファさんの片足を下ろしてあげた。なお彼のもう片方の膝の裏は俺の腕にひっかかったままである。
――要するに今度は「対面立位」という体位となっている俺たちは、いま見つめあっていた。
……ただし二人のその目は、片やちょっとした復讐に燃えている俺の暗い両目と、片やその復讐を期待と怯えの半々で不安がっているユンファさんの切れ長の両目とで、お互いの出方を探りあうように見つめ合っている。
「…声を出さないように。」
と俺は人差し指を唇にあてがって前置きした。
「通りがかりの人にバレてしまいますからね…――ユンファさんが今、彼 氏 の 俺 に 愛されている最中だって……」
俺がこうほくそ笑むと、ユンファさんの切れ長の目がキッと不満げに鋭くなる。
「君は彼氏と言っても、…んっ…!♡」
ユンファさんが眉をひそめて絶句する。俺が彼の奥を突いたからである。俺は鷲掴みにした彼の尻たぶを自分の恥骨へむけて抱きよせ、更に恥骨のほうからずちゅずちゅとその人の膣内を行き来する。――すると俺を睨みつけていた彼の切れ長の目がその鋭さをよわめ、悔しげに伏せられる。
「…んっ…♡ ……く、…♡ んぁ…っ♡ ……ぁ、♡」
ユンファさんの声は普段よりも小さい。
さすがの彼でも隣人には最中と悟られたくないのだろう。普段よりか敏感になっている彼では完全には声を殺せないようだが、それでも必死に声を抑えようとの努力はしている。…とはわかっていて……――俺は彼の耳もとに唇を寄せた。
「ほら声を出さない…。…ユンファさんの可愛い声、隣の人に聞かれてしまいますよ…――貴方のその色っぽい声を聞く権利は、彼 氏 の 俺 だ け にあるというのに……」
「……ぁ、♡ は…♡ で、でも…無理、♡ きもちよくて、…我慢、っできな……♡ ん、ん…♡ んん…♡」
「……っ」
俺はにわかにユンファさんの唇を前歯で甘噛みした。――いよいよ「今日だけの彼氏の癖に」だとかそういった否定をするでもなく、…つまり俺を自分の彼氏だと間接的に認めた上で、俺の体が善すぎて声を我慢できない、などと俺の男の獣性をそそのかした彼に――俺はなかば怒りをもってその赤い肉厚な唇に噛み付いた。
……本当に俺だけのものになるつもりなどないくせに、俺を期待させるような態度を取るユンファさんが憎らしかった。最中の男などみなそんなものだろうが、今の俺はなお堪え性のない男になっている。
しかし、その肉厚な唇に甘く食い込んだ俺の前歯の硬さにさえ快感を覚えたか、あるいは噛みつかれてマゾヒスティックな興奮を覚えたのか、俺の上下の前歯の力がゆるまるなり――ユンファさんは俺のうなじをぐっと抱きよせると、俺に噛まれた唇をちゅ…と俺の唇に押しつけてきた。
……俺の恥骨はなおもにちゅにちゅとその人の膣内を行き来している。彼は「ん、♡」と時折こらえ切れない甘い声を鼻からもらしつつも、何度も俺の唇にちゅ…とその熱いやわらかい唇を押しつけてきては、離れるたびにか弱い恍惚の眼で俺の目を見る。
いや……ユンファさんはそうしてその唇で、その群青色の潤んだ瞳で、俺の獣性をもっと誘い出そうとしているのだ。――しかし彼に負けたのか、もしくは自分の獣の本能に負けたのか、籠絡 されたのは一体俺と彼のどちらなのか――俺は目を閉ざしながら顔を傾け、その人の妖艶な唇を情熱的に食む。
「…ん…♡」
とその瞬間嬉しそうな嬌声を発したユンファさんは、喜んで俺の唇をあむあむとはみ返してくる。乱れ入る二つの唇はしかし同じ動きを繰り返し、どちらともなく這いまつわる二本の舌は、ぐちゅ…くちゅと濡れた粘膜同士がこすれ合うような音を立てる。
俺はそのまま尻の奥から恥骨を突き出し、何度も何度も突き出して、ばちゅばちゅとその人の奥処 の門を叩く。
「…んっ…♡ んっ♡ んっ♡ んっ♡」
するともはや声を抑えることを忘れているユンファさんに、
「……っは、…しーー……」
俺は慌てて唇を離し、その唇に「静かに」と示す。
……しかしユンファさんは甘えた気弱な上目遣いで俺を見やると、忍び声でこう言う。
「む…むり…♡ も、もう戻ろ…? 声、思いっきり出したい……」
「…じゃあ…、……」
と俺は腕にかかったままのユンファさんの片足を下ろしながら、彼とほとんど密着していた体を離す。すると、当然にゅるんっと彼の膣内から俺の勃起も抜け出る。
……俺が離れたことで、ユンファさんは俺がリビングへ戻ることを承諾したと思ったのだろう、彼は俺のほうへ一歩踏み出そうとした。それを合図ともなく自然と俺が廊下へ引き返す、その歩みを許して自分の体を避けると思っているのである。
しかし依然として立ちはだかる俺は、そのやや前に出た肩を捕まえ――ユンファさんの体をくるりと裏返す。
「……っ?」
ユンファさんは予想外な俺の動きに、玄関扉に思わず両手を着きながらも、肩越しに俺に振り返った。俺は何も構わず、やや膝を曲げて、下から押し上げるように――ぐぷ、…と亀頭をその人の膣口に押し込みなおす。
「…あっ…?♡」
そして俺はそのまま彼の曲がった鼠径部を持ち――ズンッと一気に彼の奥口までそれを押し入れた。
「……ッぁ゛…――っく、♡♡♡♡」
俺の恥骨にズンッと押されたユンファさんの足が小さく何歩か前によたつく。その衝撃の快感にぱたた、と彼の陰茎の先から押しだされた精液がしたたり、濃灰の石のタタキの上に白濁液を落とす。
……ユンファさんの膣内はぎゅう、ぎゅう、と収縮しては弛緩している。彼は挿れただけでイッたのだ。
しかし俺はユンファさんの絶頂を顧 みない。
いつの間にか、すっかりユンファさんのお尻のはじまりほどまで裾を下ろしていた黒いハイネックをまとう、そのなまめかしい細さが浮きぼりになった細腰を掴み、俺の帆柱 は絶頂の収縮の荒波のさなかを勇敢に、あるいは強引に行きつ戻りつ航海をすすめる。
ばちゅばちゅばちゅと濡れた彼のお尻と俺の下腹部や恥骨とかぶつかりあって立つこの音は、ともすればこの鉄製の玄関扉をもってしても外の廊下まで響いてしまっているかもわからない。
「あっ…♡ あっ♡ あっ♡ 〜〜〜っらめ、っらめそんじゅ、♡ ァ、いって、…いってるの、♡ …まっ…まって、…まって、♡ おっおと、♡ ッこえ、う…っ♡ き、聞こえちゃ……っ!」
ユンファさんは混乱している。
まず絶頂のさなかに動かないでほしいと言いたい彼は、その次にこのばちゅばちゅと激しい――大人であれば誰もが「その音」だとわかる――この音が、そしてこらえ切れない自分の声が、いよいよ玄関扉の外の廊下まで届いてしまっているかもしれない、…ひいては仮にそこに人が来たなら、それら「あからさまな音」がその人の耳に触れてしまうかもしれない、と言いたいのである。
……しかし、口ではそう言えどもこのシチュエーションに興奮しているらしいユンファさんは、その癖ぎゅーーっと膣内を締め切ったままゆるめない。
彼は扉に両手を着いているばかりか、その腰の裏を反曲させて黒ニットの胸板をそこに着けている。うつむいているので彼の表情は俺から見えない。ガタ、ガタ、ガタ、ガタと彼の上体が俺に揺さぶられるたび扉が重々しい批判の声をあげる。
「ぁ、♡ やっ、そっそんじゅ、あっあん…っ♡ あん、らめっ♡ あっあ♡ あっ♡ …あむっ♡」
しかしあんまり大きい声を出すので、俺は後ろから片手でユンファさんの口をふさいだ。
「駄目だったら…聞こえちゃうよ…」
「……ん、♡ んんっ♡ ……ッ♡ 〜〜〜ッ♡♡♡」
しかしそれにさえゾクゾクと背中を震わせて歓んでいるマゾのこの美男子、だったが、
「……ん、♡ ……ッ!」
そこでユンファさんが怯えてビクンッと背筋を跳ねさせる。
……にわかに外でガサガサ、ガッガッといったような荒々しい音――おそらくこの部屋の隣人が、外に置いている傘立てに傘を押し込んでいる音――が聞こえてきたせいである。
「…はは…ほらね…?」
……とは笑いつつも、まさか本当にこうしたハプニングが起こるとは、俺はさすがに動きは止めたが、ニヤニヤとしながら後ろから彼の耳にこうささやく。
「……“僕は今、大好きな彼氏のソンジュにいっぱい愛されて幸せです”って隣の人に教えてあげたら…?」
「……、…、…」
ユンファさんは俺を横目に睨むことさえできず、真っ赤な泣きそうな伏し目でふるふると震えている。
俺は彼の口もとから手を引き、そしてゆるく爪を立てた両手を彼のハイネックの裾から忍びこませると、ゆっくりとその爪先をかすめながら彼の胸のほうへ両手を上げてゆき、
「……ん…♡ ゃ…やめ…、……」
ビクビクとそれにさえ感じているその人の胸板を後ろから揉みしだきながら、急かすように彼の子宮口を何度も押す。…くちゅ、くちゅとわずかな音は立つものの、ぐっと奥を先端で押し込んでいるだけのその浅い動きでは大した音は立たない。
「…ぁ…っ♡ ……っ♡ ん…っ♡ だ、だめ、…今うごかないで、…」
小さいなまめかしい声はもらしながらも、そうしてひそひそと俺の悪戯を咎めるユンファさんを、俺はふっと鼻で笑った。
「…ユンファさんが隣の人に言わないとやめません…、“今僕は大好きな彼氏のソンジュに抱かれているんです、もうイッちゃいそう、本当に幸せ”…ってね……」
「……は、わ、わかった言う、…言うから、…」
とユンファさんが背に腹は替えられぬとコクコクうなずく。――外では隣人が、キーホルダーか何かにまとめられているいくつかの鍵をジャラジャラともてあそんでいる音が聞こえる。おそらく部屋の錠に合う唯一無二の鍵を探しているのである。
……俺はユンファさんの子宮口付近の溜まりに亀頭を押しこんでは少し引き、押し込んでは少し引いて、そのあたりばかりをぐちゅ…ぐちゅと何度もこする。
「…ん…っ♡ …ッい、今…僕、は……」とユンファさんが、その動きのなかでも小声で俺の望むセリフを言いはじめた。
もちろん俺もさすがに今回は「大声で」というまでの恥を彼にかかせるつもりはないので――ラブホテルなど顔も知らない相手に聞かれるのならばまだしも、さすがにしばしば顔を合わせる隣人にこれを聞かれてしまうのはまずいので――、俺は彼のその小声を咎めない。
……しかし――。
「大好きな彼氏の…そ……そんじゅ、に……」
「……、…」
俺は腰の動きを止め、ユンファさんのその声にじっと耳を澄ませる。彼の声の調子に恍惚とした甘い上擦りやも つ れ が帯びはじめたからである。
それはその声のなまめかしさをしっかりとこの鼓膜に覚えさせたい、というのもあるが――。
「いま…抱いて、もらってるんです…、かれしに、いっぱい…あいされて……♡ しあ、っわせ、♡」
びくっとユンファさんのお尻が跳ね、もぞもぞとその人の下腹部が淫靡 にくねりはじめる。
「もう…もぅイッちゃい…そ……♡ いっちゃ…♡ っほんとに…ほんとに…しあわせ…♡ いっちゃう、いっちゃういっちゃういっちゃう…♡ …ッぅ、♡♡」
ビクッとしたユンファさんが扉に額を押しつけて縮こまる。彼の膣はもっと奥へ俺を吸いあげるようにぎゅ、ぎゅ、と収縮している。
……やはりユンファさんはこのシチュエーションに陶酔していたのだった。口でばかり迷惑がっていたわり、彼は今俺の要望のセリフを言いながら、もはやそれだけで絶頂してしまったのである。
「ぁ…ぁ…♡ ぃ、いってる…いってる…♡」
と彼は扉に顔を伏せたまま、か細いすすり泣いているような声でつぶやく。
「……ぼく…すきな、人に、だかれて……♡ ぼく、いま…いってる……♡ …すきな…そんじゅに…だか、れて……――しあ…わせ……」
「……、貴方は本当に素直じゃないね……」
俺はユンファさんの上体を後ろから抱きしめた。
ガチャリ――鍵が開く音がどこかから聞こえた。
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