67 / 70

64

               例の()()()撮影が終わった時点で、頃合いチケットを購入した作品『満月と共にお眠り』の上映時刻が迫っていた。  したがって俺たちはあの撮影ブースを出たその足で、――手をつなぎながらも急ぎ足に、――指定のプラネタリウムホールまでやってきた。    なおこの大型ショッピングモール内に店をかまえる『プラネタリウム COSMOS』では、プラネタリウム作品が上映されるプラネタリウムホールがA、B、Cと三つある。そして、俺たちがそのうちのプラネタリウムホールAにたどり着いたのは、上映開始時刻三分前のことだった。要するに時間ギリギリだった。    さてこのプラネタリウムホールの広さは、ショッピングモール内にある映画館と同等といったところである。一見の内装もそう変わらないが、映画館と違うのは、もちろんスクリーンがドーム型の天井に広がっているところである。――なお上映前の今、ホール内はまだ真っ暗ではない。壁に埋め込まれている照明が少ないながらぽつぽつと灯っているおかげで、今はまだほの暗い程度の明るさだ。    そして俺たちは今、そのホール内のプレミアムカップルシートに二人ならんで仰向けに寝そべっている。  これは「プレミアム」との名がつくとおり、計二百席弱ある座席のうちでもこのホール内にたった三席しかない。――またその造りというのもなかなか高級感のあるもので、まずこのカップルシートは大の男二人がならんで寝そべってもなお、縦にも横にも余裕がある広めのソファベッドというようである。    そしてこのカップルシートの全体の形は縦長の楕円形だ。肌ざわりの良いさらさらとした濃紺色のベルベット生地が全体に張られている。またこの楕円形の(ふち)にはその形を囲うように金糸(きんし)でできた(ふさ)べりが連なっており、その房べりの下からは等間隔で星が先端についた金銀の紐が垂れさがっている。    またこのカップルシートは、座っても寝そべっても楽に鑑賞ができるようにとの意匠(いしょう)でつくられている――『プラネタリウム COSMOS』の公式サイトにもその2WEYの使い方が紹介されている――。  現に、今俺たちが後ろ頭をあずけている部分にはちょうど枕のような盛りあがりがあり、こうして寝そべっていても、これより満点の星空を投影しはじめるドーム型の浩蕩(こうとう)とした天井兼スクリーンを自然と見上げられ、なおかつ(座席から見て)スクリーンの前方も楽に見られる絶妙な角度がついてはいるが、といってこの盛りあがりに付属していたクッションをはさめば、座っても楽に背をあずけられる背もたれにもなる。    ちなみにその付属していたクッションというのは、まず大きめのふかふかとしたクリーム色のベルベットの(まる)いものが二つ――これは座っての鑑賞の際に背もたれにするためのものだ――、その二つの真ん中に、中程度のエメラルドグリーンのベルベットの円いものが二つ――腰の調整用だろう――、それと、黄色い抱きしめるにちょうどよいサイズの星型のものが二つだった(なおこの星型のクッションは縁がひらひらとしたフリルで飾られており、生地も肌ざわりのやさしい綿(めん)である)。    そして俺たちは背もたれ用だろうクッションを横に退け、ソファベッド自体の盛りあがり――やや弾力のある枕のような盛りあがり――に後ろ頭をあずけて、今は仰向けに寝そべっている。   「…………」   「…………」    ちなみに俺たちのあいだには会話がなかった。  俺の隣にその長身を寝かせているユンファさんは、今はまだ何も映し出されていない真上の薄墨(うすずみ)いろのスクリーンをただぼーっと見上げている。何かその端整な横顔はすでに眠たそうである。またその人の両腕は、黄色い星型のクッションを自分の胸板に押しつけるように抱きしめている(何か可愛い)。  ……そして一方の俺はというと、星型のクッションを腹のまんなかに置いて、そのクッションの上に楽に片手を置きながら、彼のその無表情の美しい横顔をただぼんやりと眺めていた。彼は俺の凝視にも近しい視線に気がついてはいることだろうが、といっていつも通り俺のほうには振り向いてくれない。    しかし、俺はこれだけでも十分に幸せなのである。    まあこの沈黙には、たった三分、いや、もう三分もない今にキリのよい話題などない。とのお互いの合理的な判断が含まれているところもあるのだが、しかしこのような沈黙など俺たちにとっては何らいつものことである。    今さら沈黙が気まずいだなどという感情はない。  俺にないのはもちろんだが、ユンファさんもそれがないからこそこのように俺の視線を無視できるのだろう。  そうして――たとえば付き合いたてのカップルならたった十秒の沈黙でさえ焦るものだろうが――、(ある意味では残念ながら)俺たちにはそのような初々(ういうい)しい焦燥(しょうそう)はない。  もちろん、事実今というのは俺たちにとっての初デートに他ならない。といって、今まで築き上げてきた俺たちの関係がこれですっかり更地(さらち)に戻されるはずもない。  ――それこそ俺たちは会うといつだって黙りたいときに黙り、しゃべりたいときにしゃべる。お互いにそれを相手にも己れにも許し、決して(とが)めない。    それがまた何とも心地よい――。  したがって、今の俺たちのこの沈黙には急かされるような緊張感はともなわない。これはお互いが絶対的に許している沈黙なのである。   「…………」   「……、…――ふふ……」  俺が見つめているユンファさんの白い無感情的な横顔が、ゆっくりとロマンチックに陰ってゆく――俺は微笑した。 「……綺麗だ」   「……、…」    え、と俺のほうに向いたユンファさんは、どうやら今の俺のセリフが聞き取れなかったらしい。    俺は微笑した顔を上に向けながら、隣のユンファさんの曲がった(ひじ)――星型のクッションを胸板に押しつけるようにして抱きしめている肘――を片方掴みさげ、その人の手を上からきゅっとかるく握った。      さて――プラネタリウムの上映がはじまった。  作品のタイトルは『満月と共にお眠り』である。  ちなみにこれにはサブタイトルもついている。    『〜月の女神セレネと羊飼いのエンデュミオン〜』    つまりこの作品は、ギリシァ(ギリシャ)神話のセレネとエンデュミオンの恋物語を元に作成されているものだということだ。  なおその作品の元になった恋物語の内容とはこうである。      ――月の女神セレネは、いわば夜の守護神だ。      セレネは心優しく清廉(せいれん)なばかりか、一説では「美の象徴」とされるほどに美しく優雅な女神だ。  彼女は夜ごと夜空を(すみ)から隅までパトロールし、暗い夜道を照らして旅人など人々の道中の安全を守っているほか、夜間の人々の安全・安眠を守る役目も(にな)っている。  たとえば夜の暗闇にまぎれた強盗や強姦などの悪い事件が起こらないように、人々が心やすく眠りにつけるように、人々が夜中でも安全に過ごせるようにと、彼女は夜の間中(あいだじゅう)人知れず人々の安全、安眠を守っている月の女神なのである。    そして月の女神セレネはある晩、偶然山の中で眠りこけていた絶世の美男子を見つけた。    そう、その美男子こそが羊飼いエンデュミオンである。――彼もまた「人間界で一番美しい男」と称されるほど、およそ人間とは思えぬほどに眉目(びもく)秀麗(しゅうれい)な青年であった。    セレネはたまたま見つけた彼の美しい寝顔に心惹かれ、パトロールをしていた夜空からエンデュミオンのもとへそっと静かに降り立ってみた。  ……そうして近くでまじまじと見た彼の美貌は、よりセレネの心を惹き付けてやまなかった。    セレネはたちまちエンデュミオンという美しい人間の青年に恋をしてしまった。  そして、その青年の美しい寝顔を眺めているだけでは到底満足できなくなった彼女は――しかし彼のことを起こして驚かさないようにと気を遣いながら――そっとその美男子の唇にキスをしてみた。  ……ところがセレネの配慮もむなしく、エンデュミオンは驚いて目を覚ましてしまった。…が――彼もまた、あまりにもまばゆい女神の美貌をひと目見ただけで、セレネという月の女神に恋をした。    それからというもの、セレネとエンデュミオンは幾度とない愛の逢瀬(おうせ)を重ねた。  彼らはお互いを深く愛しあい、とても幸せな蜜月の夜をいく晩も過ごした。    ところがセレネは、次第に「あること」を恐れるようになっていった。    月の女神、つまり神であるセレネには老いも寿命もなかった。彼女は不老不死だった。  しかしその一方で、もちろん人間であるエンデュミオンにはいずれの老いも死も決定づけられていた。    ――セレネは愛する恋人の老いと死、ひいてはエンデュミオンとの「永遠の別れ」を恐れた。    永遠のときを若く美しく過ごせる自分と、やがては老いぼれて死んでゆく最愛の恋人――いずれ来ると決定づけられている二人の永遠の別れ、それを想像しただけで、セレネの胸は今にも張り裂けそうであった。    そしていよいよ耐えきれなくなった彼女はある日、全知全能の神であるゼウスにその恐れを打ち明けた。  するとゼウスは「エンデュミオンの死を受け入れるか、あるいはエンデュミオンを“永遠の眠り”につかせるしかない」と答えた。――つまり人間のエンデュミオンを神と同じ不老不死とするには、彼が若いうちに神の力によって「永遠の眠り」につかせる他に方法はない、…これを現代的にいえば、要は神の力によってエンデュミオンを強制的に「コールドスリープ」させるしか方法はない――というのである。    しかしその「永遠の眠り」というのは、いわば仮死状態に陥るものである。――すると永遠の眠りについたエンデュミオンとセレネは、結果として永遠に愛し合うことができなくなってしまう。眠っているエンデュミオンは当然もう二度と話すことも、セレネの目を見つめることさえもできなくなってしまうからである。  セレネは大いに迷ったが――しかし最終的に彼女は、エンデュミオンを永遠の眠りにつかせた。    それからのセレネは、夜ごと永遠の眠りについたエンデュミオンのもとへ通った。彼はある洞窟の中で眠っているという。――そして、セレネは毎晩眠っているエンデュミオンの隣にそっと寄りそい、最愛の美男子の愛おしいその寝顔をただ眺めつづけ、時にそっとその美男子の唇にやさしい口づけを落とした。    しかし――セレネは月の女神だった。  ……神である彼女には、永遠の眠りについたエンデュミオンと会う方法があったのである。    それはエンデュミオンが永遠の眠りのなかで見ている夢の中に、セレネが入りこむという方法だった。      そうしてセレネはエンデュミオンの夢の中、念願叶って、その最愛の美男子と永遠に愛しあう幸せな日々を過ごせたのであった――。      ……といったようなギリシァ神話が元になっている作品が、この『満月と共にお眠り 〜月の女神セレネと羊飼いのエンデュミオン〜』である。    ちなみにこのプラネタリウム作品は「お眠り」とあるように、作品そのもののストーリーや美しい満天の星空、月などの投影や音楽をそのまま楽しむのはもちろん、上映時間のその一時間を眠って過ごしてもよい、すなわち、ちょっとした休憩に使ってもよいという想定でも創られている作品である。    そして今しがたその作品の上映がはじまった。  すると深い暗闇が満ちたこのプラネタリウムホール内にはまず、ゆったりとしたオルゴールのヒーリングミュージックが流れはじめ――さらには、心地よいそよそよとした冷風にのせて流れてくる人工的な白い(きり)が、俺たちのいる群青のソファベッドを()()()()ととり囲みはじめた。  これには俺も、まるでふかふかの白い雲の上に浮かんでいるかのような脱力感さえおぼえはじめる。さらにその(いき)な霧からは、ラベンダーのようなややスパイシーなハーブの香りに、バニラのうっとりとするような甘みが足されたアロマがほんのりと(かお)ってくる。この薫りもまた、それこそ恍惚とした眠りを誘うような心地よいものである。    また何より、蕩々(とうとう)とひろがるドーム型のスクリーンにはいま満天の星空が輝いているのだが、俺たちから見てやや斜め上の前方には、黄色い三日月に腰かけたミルク色の肌の美女――月の女神セレネのアニメーションが映し出されている。  今その長いこげ茶色のまつげを伏せ、優しく澄んだ青い瞳で俺たちを見守っている彼女は、その光り輝くような金髪を後頭部でゆるくまとめ、白い(ひだ)の美しい、その裾の優雅なはためきが美しい、「キトーン」というギリシァの衣服――彫刻などでもギリシァの神々がよく身につけている、布のたっぷりとしたワンピースのような衣服――を身にまとっている。    そうしてセレネは腰かけた三日月にもたれかかり、あたかも俺たちの眠りを見守っているかのような、あまりにもやさしげな美しい微笑を浮かべているのだが――ここでゆっくりとその美しい長いまつ毛が上がってゆき――いよいよ彼女はその青い目を瞠った。その美しい驚き顔の横で流星がヒュッとまたたく。   『まあ、あの(うつ)しいお(かた)一体(いったい)(だれ)かしら?』    とセレネの可憐な桃色の唇が小さく動くのに合わせ、彼女の肩のあたりにそのようなルビのふられた白字の字幕が浮かぶ。――なるほどこの作品の上映中は眠ってもよいということで、どうやら登場人物のセリフに声は当てられていないようである(一説によると、人の声は一番眠りの妨げになると言われている)。   「……、…」    俺はここでチラリと横目にユンファさんの様子をうかがった。  ……そもそも俺がこの作品を選んだ理由に、まず例の「蜜月のくちづけキャンペーン」に参加したかった――あのキャンペーンは、この『満月と共にお眠り』のチケットを購入したカップルしか参加できないものだった――というのもあれど、何よりプラネタリウムになんか興味はない、星なんか見たってちっとも楽しくない、と彼が言うだろうことを予測していたために、むしろ眠ることもまた推奨されているようなこの作品ならば、あるいは彼がプラネタリウム自体は楽しめずとも、せめてその上映中を心地よく眠って過ごせるか(眠って暇を潰せるか)、との気遣いもあったのである。    そして、俺はこのプラネタリウムホールに着いてすぐその旨を彼に伝えた。――すると彼は「ああ」と恬淡(てんたん)に言って、さっさと背もたれ用のクッションを横に退け、このカップルシートに仰向けに寝転んだのである。   「…………」    しかし――案外ユンファさんの目は開いていた。  彼は無表情ながらも、今目の前で繰り広げられているセレネとエンデュミオンの初邂逅(かいこう)に見入っているようだ。   「……ふふ…、……」      よかった……案外ユンファさんも楽しんでくれてい……――。                   「――……、…」    しまった。  ……何が「ユンファさんがもし気に入らずともせめて眠って暇を潰せるだろう」だ。  そんなことを思っていた俺が思いがけず寝落ちしてしまった。…俺はこのところ根詰めて仕事をしていたせいか、自分で思っていたよりも疲れがたまっていたらしい。――もはや失神するように眠りに落ちてしまった俺は、あるいは神の力によって永遠の眠りにつかされたエンデュミオンか……なんてね。  しかし、幸いまだ作品の上映はつづいているようだ。――というのも、まだあのゆったりとしたオルゴールのヒーリングミュージックが流れつづけているからである。また、まぶた越しにもまだホール内が暗いということもわかる。ただ俺はいまだ目をつむっているので、今がその作品の中盤なのか終盤なのか、案外まだ序盤なのかもわからないが。   「…………」    まあいい……この際もう少し寝てしまおう。  まだ少々下まぶたが気だるい。閉ざしている上まぶたはとろけそうなほど心地よい。一度寝てしまったらいよいよしっかり寝たいという欲が出てきた。  そうして俺は、その閉ざしているまぶたの心地よさに再び意識をゆだねはじめた――が、   「……ねえ…本当に寝てしまった…?」   「……、…」    俺はドキッとした。  今俺に「寝てしまったの?」と小声で話しかけてきたのは、もちろん俺の隣にいるユンファさんである。  それも彼のその声はひそひそと控えられていてもなお――にわかには信じられないほどに――やさしくおだやかな声だった。  言ってもよいのなら、…愛する俺を(いつく)しんでいるかのような、ちょっと色っぽい優しい声である。それこそイメージとしては、まるで永遠の眠りについたエンデュミオンに寄り添い、愛する恋人に語りかけているセレネの声のような…――これにはさすがに俺の目も覚めた。   「……、やっぱり寝ちゃったんだ…ふふ…」    と優しい含み笑いが俺の首すじあたりをくすぐる。   「本当は凄く疲れていたんだろ…? それなのに君は…――別に今日じゃなくたってよかったのに……」   「……、…」    俺は今ユンファさんがアルファ属でないことに感謝していた。彼のこの慈愛のセリフにいやにドキドキしているのである。惚れ直すほどときめいている――まして「今日じゃなくたってよかった」…?  ……ということは彼、それこそああして俺が無理やり連れ出さずとも、俺とデートしてくれるつもりだったということだ。…やっぱりユンファさんは俺が好きなんだろう。    しかしユンファさんは次に、俺をからかうような笑みを含ませた小声でこう言った。   「それとも…やっぱり僕とのデートなんかつまらなかったか…? だからやめておけって言ったのに……」   「……、…」    俺は違う、と反論するために目を開けかけたが、…そこでするりと俺の片頬をやさしく撫でてきたユンファさんに――なお頬の感触的にはどうやら手のひらではなく、彼はその指の背で俺の頬を撫でている――、…結局は目をあけなかった。  ここで目をあけてしまったなら、彼は俺の頬を撫でることをやめてしまうだろう。それは何か惜しい。ちなみに俺がにぎっている彼の片手は今もなおそのままだ。   「…ソンジュは何回僕にフられたら()りるんだ…? ふふ…ねえ、今度いい人を紹介してあげようか…――きっと君は怒るだろうが…君みたいな彼氏が欲しい人なんか…それこそ本当に、幾らでもいるんだぞ……」   「……、…」    ユンファさんはわかっている。  仮にも彼に「いい人」――彼以外の男――を紹介なんてされた日には、俺は間違いなく怒りを覚えることだろう。俺は誰でもいいわけではない。ユンファさんがいいのである。もはや執着とさえいえるほどに彼を一途に愛している俺にとって、彼からのそのような紹介など無用やお節介以上の侮辱でさえある。   「それとも…案外自信がないのか…? こんなに綺麗なのに……、君、睫毛(まつげ)が長いな……」   「……、…」  そう思うのなら早く俺だけのものに、……  ここでユンファさんは俺の頬をする…する…とやさしく撫でながら、どうやら片肘を着いて上半身をなかば起こしたらしい。というのも、(そもそもその気配がしたというのもあるが、)まず俺が握ったままだった彼の手がするりと俺の手のなかから抜け出て、さらには布ずれの音はもとより、キッとソファベッドが小さい音を立てたからである。   「…でも…悪いがソンジュ…、僕は本当に恋人なんか要らないんだよ……」    とユンファさんが俺の顔の上で囁いてくる。どうも彼の顔は今俺のほぼ真上にあるようだ。   「…そもそも僕は、老いぼれジジイになる前にさっさと死ぬつもりなんだ…。それが何故かわかるか…? ふふ…――老いた僕の体なんか、誰も求めなくなるからだよ……」  ユンファさんは俺の片頬を手のひらで包み込み、する…するとその親指の腹で俺の目の下を撫でる。   「それに…僕はセックスが出来りゃあ何でもいい、相手だって誰でもいい…、ソンジュじゃなくても、誰でも……それこそ、ちんこさえついてりゃ僕は誰だっていいんだ…――恋っていうのは…きっと、こんな“誰でもいい”なんて感情にはならないもんなんだろ…?」   「…………」    俺は(たぬき)寝入りを決め込みながら、ユンファさんのそのセリフに耳を澄ましている。…今彼が話している内容に俺は何か惹き付けられるものがあった。なぜか俺の直感が、今は黙って彼の話を聞きおくべきだといっているのである。  ユンファさんはこうあざ笑うような低声(こごえ)で言った。   「例えば…ソンジュ以外の男とセックスしたくないだとか、ソンジュが他の誰かとセックスしているのは耐えられない…だとか…――残念だね、僕にはそんな感情は全く無い…――つまり僕は、君に恋なんかしていないということだ……」   「……、…」    これが俺の期待からくる思い違いでなければ、ユンファさんは自分を安心させるためにこう言っているのではないか。――「僕は君に恋なんかしていない」と、何かしらの理由で抱くべきではないと押し殺している俺への恋心を、もっともらしい理由をつけてこのように否定することで、彼は自分を安心させたいのではないだろうか。   「――だからね、ソンジュ……」    ここで俺の目の下を撫でるユンファさんの親指の動きがとまり、そのあたたかい親指は俺の頬骨にそえられる。――そしてユンファさんは、()()を見限るような冷ややかなささやき声でこう言った。   「…たとえ…どれほど君が僕を追い掛け続けたとしても、君は永遠に望んでいるものを得られない…。望むだけ無駄だ…、それこそ、例えば今後…僕と君が付き合うことになったとしても…――」   「……、…」    付き合うことに、なったとしても――。  俺は息をのんでその言葉の先を待った。ユンファさんは小声ながらも断定的な強い語調でこう続けた。       「――僕は絶対に、永遠に君を愛さない…。」       「……、…」    俺は目を閉ざしたまま静かに動揺していた。  たとえ君と付き合うことになったとしても、僕は絶対に、永遠に君を愛さない――ユンファさんのそのセリフに、俺はふと心が折れそうになった。    つまり……たとえ将来的には晴れて俺がユンファさんの恋人になれたとしても、また仮に俺と彼とが晴れて結婚までこぎ着けたとしてもなお、俺は何よりも欲するこの美男子の愛を得られることはない。――永遠に――俺のほうが一方的にその人を愛し、俺がどれほど心を砕いて彼を愛そうとも、その人は俺に愛を返してくれることはない。    ユンファさんは絶対に俺を愛してはくれない。  その宣言は俺を悲観的にさせた。するとそれこそふと一瞬、もう彼のことは諦めたほうがいいんじゃないかとさえ思えてしまった。     「ねえ…それでもいい…?」    と切ない声が俺に問う。  ――悲しげなオルゴールの曲が流れている。   「……ふふ…」とユンファさんの切ない含み笑いが、俺の唇に触れて…消えた。   「…ソンジュが永遠に…こうやって、眠っていてくれたらな…――……、……」   「……、…――。」    ――俺はすぐさま己れの一瞬の諦観を恥じた。  馬鹿みたいだが、早くも――構わない、と思った。…それでもいい、それでも構わない。    それでも俺は貴方を愛そう――永遠に貴方を愛し続けよう。    貴方のためならば、俺は喜んで永遠の眠りにつこう。    仮死状態――生きてはいるが、欲はない。    貴方がこうして俺の側にいてくれるのならば、俺は自分の欲をも永遠に眠らせよう。  ――この甘い夢が永遠に見続けられるのならば、俺は自らの自我(エゴ)を冬眠させても何ら惜しいことはない。    いつか何でもないように笑って貴方にこう言おう。  ――「それくらい何です、何でもないことだ、それでも構いません。貴方が俺の側に居てくださるのならば」と。      俺がなぜこう思ったか――。     「……、…――。」    眠ってくれていたらな……そう呟いたユンファさんの唇が、そっと俺の唇に押しつけられたからである。そして今もなお、ふに…と彼のやわらかいあたたかい唇が、俺の柔軟な唇を甘い圧力で押しつぶしている。      ――俺は目を開けなかった。  もちろん何十秒かそうして、ユンファさんは俺の隣に事もなげに寝転びなおした。    しかし、俺が閉ざしたまぶたに明るさを感じるまでの時間は、まるで永遠のように長い時間だった。  そして寝ぼけたふりをして目を開けたとき、見えたのは薄墨のスクリーン――すっかり夢は終わっていた。             ×××   ×××   ×××      いつもお読みいただき&いつも応援ほんとにほんとにありがとうございます♡    ン戻りました!! ただいマングース!!  お待ちくださいました皆さま、ほんとにほんと〜〜にありがとうございます( *ᴗˬᴗ)⁾⁾♡♡♡    だいぶ有意義なお休みになりましたぜ、ほんとにありがとうございました…⸜( *˙꒳˙ )⸝··¨*゜  ……なんですけれどもね、いや実はさーしばらく書かなかったせいで執筆の勘ド忘れ丸しておりましてね、「あれっど〜やってたんだっけ…?」って冷や汗かいてるんすけどほんと、えー焦る、ちょっとマジで今回ちゃんとできてるか不安ですわ(白目)、なんかおかしかったらほんとすいませーん…(´;ω;`)    まあでもね、こっからは(勘取り戻し作業も含めて)また商業デビューの夢を叶えるために! そしてそして何より優しくて大好きな神さま皆さまのために!! またバリバリガリガリボリボリ(鹿せんべい)頑張ってこ〜って感じでおりますので、よろしければこの鹿ヤロウの応援のほう、ぜひぜひ引き続きよろしくお願いいたしますっっm(*_ _)m    あいらーびゅーお〜〜る! しかしか♡    🫎藤月 こじか 春雷🦌

ともだちにシェアしよう!