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短編(前編)

――隣国の王家の血筋には気を付けよ。   一目で惚れられたならばもう逃げられると思うな。   婚約していても結婚していてもその相手を愛していたとしても奴らは拐う。   目をつけられたら終わりと心得よ。   捕まれば竜の空より高く海より深い愛に溺れるのみ。―― ~~~~~  この国ではそんな言い伝えがある程に隣国の竜王国について多大な注意を払っている。  というのも彼らが竜族であり、竜族の習性として生涯に一人しか愛さず、またその相手をどんな手段を用いても手に入れる事が周知の事実であったから。  殆どの場合は竜族同士で早い内に番が見つかるのだが、過去に結婚した人間の片割れを番と認めてしまった竜族がおり、またその番に選ばれた者の相手がこの国の王族であった為、戦争になりかけた事があったのだ。  ただこの国の王族が不幸だったのは相手が隣国の王族で更に竜族であり、圧倒的な力を保持していた事。  戦争になる前に竜の大群が押し寄せ、着々と戦争の為に集まっていた兵達を蹴散らし、颯爽とこの国の王族の目の前から番を拐ってしまい戦争は無謀だと判断した王により、隣国になるべく良い条件で貿易交渉を進められた事でお互いの国に遺恨を残さぬようにした。  残された王族の悲しみは推して知るべし。その後どうなったのかは歴史の海に沈んでいる……。  なので、彼らに運悪く見初められてしまった者がいた場合は結婚も婚約も解消し、速やかに番を引き渡す事がこの国では義務付けられている。  ……頭では分かってる。  でもまさかそんな隣国の王家に俺の幼い弟が奪われるとは思いもよらなかった。 「兄様…僕、怖いよ」 「……マリアス……着いていってやれず、すまない」 『その辺で良いだろうか。リチャナルド王子がお待ちだ』  リチャナルド王子は弟マリアスより一つ上の10歳。  王に見聞を広める為この国へ連れて来られたとの事で、同じ位の歳の子供と遊ばせようと男児が王宮に集められたそう。  その中でマリアスはリチャナルド王子に一目惚れされてしまい、今日隣国へ帰還する竜車(竜が空を飛んで引く馬車のようなもの)に合わせてマリアスも一緒に…という流れになってしまったのだ。 「マリアス……」 「兄様……兄様……っ!!」 『時間だ』  マリアスは隣国行きの馬車に乗せられ、家を去っていった。  弟の不安そうな表情がいつまでも俺達の頭の中にしこりとして残った。 ~~~~~  弟が隣国に連れ去られて5年も経ったある日。  毎日のように手紙のやり取りを続けていた弟からの手紙に嬉しい事が書かれていた。 ――“そちらの国の王太子の婚約記念パーティーにリチャナルド王子と共に参加するから久しぶりに会えるよ、兄様、父様、母様。楽しみにしてるね!”――  弟が久しぶりに国に帰って来る。  喜びと同時に不安もあった。  最初の手紙には寂しいとか辛いとか弱々しい文章が多かった。当たり前だ、まだ弟は幼かったのだから。  だけど、最近の手紙には今日は竜の背に乗って遠乗りしたとか街でとんでもない買い物をさせてしまっただとか日常の楽しい・面白い事を書いてくれるようになっていたから向こうでそれなりに上手くやっているようだった。  あれから、もう5年も経つのだから心境に変化があるのは当然だろう。  それがこの国に伝わるような性質を持つ竜族相手なら、本当に愛に溺れて絆されたという事もありえる。  マリアスが幸せであるなら、それで良い。  来るべき日を待ちながら、まだ隣国にいるであろう弟を想った。 ~~~~~  王城のホールに足を踏み入れる。  隣国だけでなく、他国からも祝いの使者が来ているらしく、いつもの夜会より豪華だ。  隣国の使者のいる人だかりに近付くと、隣国の王太子と婚約者の他、リチャナルド王子と側にマリアスが腕を組んで笑顔を浮かべていた。  こちらにすぐ気付いたらしく、マリアスがリチャナルド王子から手を離し、足早に駆け寄った。 「兄様!!」 「マリアス、か……!?」  可愛かったマリアスが大きく成長し、背が俺に追い付いていた。  大人っぽく色香を増し、随分と雰囲気が変わっていた事に驚きを隠せない。 「兄様、会いたかった……」  しかし甘えん坊な所は変わりないらしく、懐かしさのあまりサラサラとした頭をくしゃりと撫でると、嬉しそうに頬を真っ赤に染めて俺の首筋にすり寄って来た。 「手紙でしか話せなくてすまない……そちらに気軽に遊びに行けたら良いのだが」 『それなら遊びに来れば良い。貴方なら歓迎するよ義兄様』  近くに来ていたリチャナルド王子がマリアスの肩を抱いて然り気無く俺の体から引き剥がしながらこちらに笑い掛ける。  ……弟を奪ったリチャナルド王子が憎くないと言えば嘘になる。  だが弟の態度は最後に会った時と明らかに違っていた。 「リーチャ……ほんとに良いの…?」 『ああ。君が寂しがっているのは分かってたからね。こんな事なら早く言ってくれれば彼を隣国に招待したのに』 「だって……もう沢山甘やかしてくれてるのに……」 『可愛いマリー。君の為なら僕は僕の出来うる限り何だって叶えてあげるから』  甘い空気を漂わせ、リチャナルド王子が弟にキスをした。  弟も顔を真っ赤にしながらも王子の愛に応えている。  目が点になるとはこの事かと俺はしばらく目の前の光景を呆然と見つめ、目を隠すように手をやった。 「兄様? どうしたの?」 「ああ……いや……マリアス……幸せ、か?」 「うん、とっても!」  それなら良い。  男同士で大丈夫なのかとか、いきなり拐われるように連れ去られて泣いていないか不安だったのだが、今こうして自然に笑えるのであれば本当に幸せなのだろう。  俺はようやく弟の婚約を心から喜べると笑った。 「ああ、早く兄様にあちこち案内したいな」 『マリーは本当に彼の事が好きなんだね。妬いちゃうな』  敵意がこちらに向き、背中に冷や汗が浮かぶ。  番の親族にも嫉妬するのかと呆れると共に若干得たいの知れない恐怖も感じた。  竜にはそれだけ番が大事だと言う事なのだろうが…狭量過ぎないだろうか……? 「僕、兄様も好きなんだ。リーチャの次に兄様を好きでいるのは許して……?」 『ああ、そんな可愛い顔でねだられたらマリーの命を断つ事以外なんでも許してしまうに決まってる。  勿論構わないさ。僕が一番なんだから少し位はマリーの愛を分けてあげても良いよ』  隣国の王家に嫁いでしまう事に強い不安を感じていたのだが、王家の血が強いのか、本当に弟しか王子の目に入っていないのが良く分かる。  周りの令嬢がいくら熱心に見つめようともリチャナルド王子は弟にしか愛を囁かない。  また、弟もまんざらではないように彼の重い愛を喜んで受け止め、更に上手くコントロールしているようだ。 「マリアス、したたかになったな……」 「そんな事ないよ兄様。だってこう言わないとリーチャすぐ妬くんだ。 可愛いし嬉しい時もあるけど王宮で飼ってるペットを可愛がっててもペットに、本を読んでてもその本にまで嫉妬するんだもの」 「そ、そうか」  日常的過ぎてもはや慣れたという事か。  マリアスを見て秋波を送るご令嬢には冷徹な目でジロリと睨んで追い払っている位だから俺は全然マシだったと喜んで良いのかこれは。 「それよりいつ!? いつこっちに来れる? 兄様!」 「そうだな…もうすぐ16歳だから……婚約後かな。  手紙を送るからその時にでも構わないか?」 「うん! ああ、楽しみだなぁ……兄様と買い物も行きたいしお茶を飲みながらのんびりしたいし夜はベッドに入りながら語り合ったり……ふふふ……」  待ちきれないというように体をソワソワ揺らす弟をリチャナルド王子は愛しそうに見つめている。  竜は生涯一人のみを深く愛するという。  彼に心を開いた弟がこの先不幸になる事は無いだろう。 ~~~~~ 「これから宜しく頼む、カサンドラ」 「クレウス様と婚約出来る事、嬉しく思います」  16歳になり、婚約をした。  相手は同じ侯爵家。  カサンドラはきつめの顔立ちで性格も少し強気だが、むしろそれくらいでないと侯爵夫人としてはやっていけないと選ばれた相手だ。  カサンドラと親睦を深める為のお茶会を何度か済ませた後、そろそろ弟と会う約束を果たそうと手紙を送った。  手紙の返事は早く、竜が運んで来た。…どれだけ早く会いたいのか。  マリアスからの手紙が届いた次の日、約束の時間通りに空から竜がゆっくりと舞い降り、立派な大きさの竜車を地面にそっと置いて姿を人型へと変じた。 『クレウス様、お迎えにあがりました』  執事姿の竜人に促され、竜車に近付くと聞き覚えのある声が窓から聞こえてきた。 「兄様! 乗って乗って!」 「わざわざここまで迎えに来たのか」  はしゃいだ声に苦笑しながら執事姿の竜人が竜車の扉を開くと、竜車内にはマリアスとリチャナルド王子が隣合って同乗しており、俺は目を丸くした。 「リチャナルド王子も!?  わ、わざわざ来て下さったのですか」 『マリーが行く先には必ず僕がいるよ。番は戦でもない限りは離れないものなんだ』 「早く兄様に会いたかったんだもの! それに竜車は早いから竜王国にすぐに着くよ」 『さぁ、マリーが待ちきれないみたいだから早く』 「し、失礼します……」  竜車の中はとても広く、王族が乗るに相応しい内装だった。それはそうか。  マリアスはニコニコと嬉しそうに俺に話し掛ける。 「ほら兄様、ここにベルトがあるでしょ?  これをきっちり締めて椅子に体を固定するんだ。  竜車は飛び始めと着陸時に最も揺れるからね。  道中も予期せぬ障害物を避ける時は揺れるからきちんと締めないとダメなんだ」 「なるほど」  竜車に乗るのははじめてだ。  マリアスは頻繁に利用しているのか、手慣れたように万が一引いている竜が怪我をして飛べなくなった時の対応等も教えてくれる。 「まぁこの竜車は特別製だから、竜が飛べなくなっても周りを護衛する別の竜が竜車の屋根に付いた輪っかを掴んで運ぶし、竜車自体にも一瞬で膨らむ気球が屋根の中に折り畳まれて入ってる上、膨らまなかったとしても車体は頑丈だしバリアがこの竜車を覆うようになってるらしいから」 「……過保護過ぎる位頑丈に出来ているんだな……」 『それくらいしないとね。  過去、竜車の悲惨な事故がある度、改良を加えた結果だよ』 「最後の事故は300年前らしいよ」 『竜同士で争い、極大魔法で攻撃された時の事故だったな。  今は竜の攻撃すら弾くバリアが張られるのでな。  万が一閉じ籠られても大丈夫なように最後の最後には転移魔法が組まれている』  最初から転移魔法で良いのではと思ったものの、転移魔法は魔力を大量消費するらしく、頻繁には使えないのだそうだ。  そんな話をしている内にいつの間にか隣国――竜王国へと辿り着いていた。 「兄様、見て!  これが竜王国だよ」 「な!? もう着いたのか、早いな……!」  窓から見下ろす景色はうちの国とは大違いだ。  竜が王となり国をおさめているからか、人間よりも亜人の比率が多いような気がする。  それにしても景色がビュンビュン通りすぎて目まぐるしい。  弟が指差した先を見ればもう王宮らしい大きな建物が見え、あっという間に真上に着いてしまった。  王宮の屋上が王宮専用の竜車発着場となっているらしく、ガタンと竜車が降りたと思えば執事姿の竜人が扉を開けてどうぞと手で外へと促していた。 「ようこそ、兄様。竜王国へ」  いきなり王宮に案内されてどぎまぎするも、マリアスが側に立って腕を組んで来た為に緊張は少し解れた。 『僕とも組んで?』 「良いよリーチャ」  腕を組みながらキスをするリチャナルド王子に応えるマリアスの姿に目をそっと逸らす。  男同士の恋愛は俺には高度過ぎてまだ理解出来そうにはない。 「ん、ごめんね兄様」 「あ、ああ……」 「リーチャ、今度から兄様の前ではキス禁止ね」 『ッッ!? マリー……!?』 「い、いや、大丈夫だマリアス……俺の事は気にするな」  リチャナルド王子のこの世の終わりみたいな顔と地面にだらんと垂れた竜尾が憐れ過ぎてついフォローしてしまう。  俺が慣れれば良いだけだ、うん。 「嫌だったら遠慮せず言ってね兄様。  僕、兄様に余所余所しい態度取られたくないから」 「分かったよ」  マリアスの頭を撫でてやると安心したのか、えへへと笑っていた。  リチャナルド王子は弟のふにゃりとした笑顔に胸を撃ち抜かれたらしく、『ぐはっ!!♡♡♡』と片膝を付いてゼェゼェと息を荒げていた。  ……竜族の溺愛っぷりを間近でみると、なんとも言えない感情が沸き起こる。  これは、あれだ……引くとか遠い目になるとかそういう感じだ。  王族に対する感情ではないのだが、ままならないものである。 「そうだ、兄様! まだ泊まる所決まって無いでしょ?  王宮に泊まるのはどうかな」 「え、いやそれはさすがに」 『マリアスが喜ぶから是非泊まっていってくれ』 「さすがリーチャ! 大好き♡」 『ンン"ン"!!! 執事、今すぐ王宮の者達に我が番の兄上がしばらく王宮に滞在する。大事な客人としてもてなすよう王宮に周知してくれ』 「しばらく!? 大事な客人!? え、ちょっ…」  さすがに王宮に泊まるのは――と遠慮しようとしたら弟とリチャナルド王子に押しきられて王宮の一室に泊まる事になってしまった。  執事の竜人は目にも止まらぬスピードでダッシュして行ったので、人間の俺には止められそうにはない。  諦めて歓待されるしかないようだ。 「兄様、この国の皆はとても暖かいんだよ!  王家が恋愛結婚する事が多いからか貴族や民達も恋愛結婚が主流なんだって!」 「へぇ。でもマリアスのように男が相手になると子供は出来ないだろう?  もし王子一人の時に男を選んでしまったらどうするんだ?」 『その時は僕ら王家に伝わる秘術を使うんだよ。  男でも子供を産める体に変化する魔法。  どうやるかは秘密だけどね』 「なるほど。それなら別に問題ないのですね」  さすが竜王国というべきか、番に対する問題はしっかり解決法を見付けているらしい。  部屋へと案内されながら話を聞いていると、竜は番を最も大事にするが、次にその家族も大事にするという。  家族が傷付けば番が悲しむという事が分かっているからなのだと言っていた。 「ここが兄様が泊まる部屋だね!」 「……こんな豪華な部屋、良いんだろうか……」 『言ったでしょ? 番の家族も大事にするって』  屋敷にある俺の部屋の二倍位ある部屋が寝る為だけにある。  勿論キングサイズのベッドの他にテーブルや椅子もあるけれどそれにしても広すぎる。 「これね、僕らの部屋の方が広いから……」 「そ、そうなのか」 『使用人を寄越すから彼に言って貰えれば足りないものや必要なものを用意するよ』 「あ、有難う御座います」  至れり尽くせり。  実家の屋敷は広いが、父親が金があるなら領民に返すといった質素倹約を信条に置いているからか、家ではあまり贅沢はしない。  その為、俺自身も贅沢をする事に慣れておらず、少し気後れ気味だ。 「大丈夫だよ兄様、滞在中は僕が一緒にいるから!」 『え、マリー』 「本当か? それは助かるが……」 「兄様には頼って欲しいんだ……。だって、5年も会えなかったんだよ?  その穴を埋める位……ううん、これからの分も合わせてもっともっと仲良くしたいんだ」  マリアスの気遣いが身に染みる。  俺は弟に近づき、「ここにいる間は宜しく頼む」とその手を握った。 『ああリーチャ、ここにいたのか』 『テリア兄様』  突然部屋に長髪の竜人の美麗な顔をした男が入ってきた。  確か、彼は竜王国の第二王子であるテリアルーシュ、だったはず。絵姿で見た事があるだけだが恐らく合っているだろう。  外交で忙しいはずだが、たまたま王宮に帰って来ていたのか。 『リーチャ、今度の……』  美しい横顔を見つめていると、突然バチッと視線が合った。 『貴殿は……』 『ああ、マリーの義兄様のクレウス。  マリーが喜ぶから国に招待したんだよ』  視線が外れない。  何か口にするべきか気まずくなり始めた頃、突然跪かれ、恭しく手を取られた。  何事かと訝しむと熱く潤んだ目で見上げられ、ギョッと手を引こうとすると強く握られ、逃げられなかった。 『クレウス。私と結婚してくれ』 「……は?」  時が止まった、と思った。  衝撃的過ぎると思考が停止してそう感じるのだとはじめて知った。 「っえ? クレウス、兄様が…? え? テリア義兄様に…?」 『……テリア兄様に番がいない訳だよ。  一生結婚しないと言っていたのに何があるか分からないね』 「リーチャ、もしかして……」 『うん。君の義兄様も王家の血に取り込まれる……つまり、テリア兄様とクレウスはもう切り離せない』  その言葉に雷に撃たれたかのような衝撃が走り、俺の思考は再度動き始めた。  このままではヤバい、と。 「い、いや、待って下さい……国に婚約した相手が」 『分かった。手紙を届けて婚約解消させよう』 「は!? そんな勝手な…家と家を結ぶ婚約に竜王国が介入するなんて」 『すまないクレウス。私は貴方を逃してあげられない。  王家の血は恐ろしいな。貴方を囲う為の道筋を脳内に一瞬で描いてしまった。  呪われた血だと罵ってくれても良い。私自身この血を恐ろしく感じているのだから』  そう言いながらもテリアルーシュ王子の手は手紙を次々に書き上げては窓から空に飛ばしていく。  俺を取り込む為に、魔法を惜しげもなく使い続けている。 「くっ、待て、やめろ……っ!!」  手紙を取りあげようとすると、俺の手の届かない所へ浮かしてしまう。  その間も魔法でペンと手紙は独りでに動き、止まらない。  俺が手紙を打ち落とそうと近くにあった燭台を握ると、テリアルーシュ王子が俺の体を引き寄せ、身動きが取れないように抱き締めてしまった。 「く、う、離せっ、こんな、勝手な……!!  俺はセントラント侯爵家の次期侯爵として育てられて来た……俺の代わりは」 『セントリー伯爵家から養子を取れば良い。そこはクレウスより四歳下だったが男がいただろう。  今から教育すれば充分間に合う』 「な、なっ、なっ……!!」  普通隣国の貴族の家族構成や繋がりがこの一瞬で思い出せるだろうか。  自国ならまだしも隣国なんだぞ。  助けを求めるようにマリアスを見つめると、マリアスは眉を下げ儚く笑っていた。 「……兄様」 「マリアス……俺は」 「うん。諦めて身を委ねた方が良いと思う」  俺は目を見開いた。  俺は……弟になんという事を。 「僕も最初は嫌われようとしたり、暴れたりしたよ。  だけどね、リーチャはどんな僕でも好きだって毎日毎日愛を囁いて来てさ。  泣いて罵って殴ったり蹴ったりした僕にだよ?  泣き疲れて寝た後もずっと彼は僕を離さなかった。  時々無理やりキスされて快楽を刻まれたりもしたけど……今は僕、幸せなんだ」  マリアスは先に突然竜の番として選ばれ、周りが……立場が変わってしまった事を経験している。  寂しかっただろう辛かっただろう。  それなのにもう国には、家には帰れなかったのだ。 「愛に男とか身分とか関係ないんだって。  兄様もテリアルーシュ義兄様に深く愛される内に気付くよ。  自分だけを求めて無償の愛を深く深く注ぎ続けてくれる相手がどれほど尊いのか」 「マリアス……」  一方的に助けを求め、すがろうとしてしまった事を恥じた。  自分が嫌だからという次元ではないのだ、これは。  カサンドラとの婚約もそう。  家と家を繋ぐ婚約でそこにまだ愛はない。  それが竜族相手であれば無償の愛を注ぎ続けてくれるというのだ。  男相手だからと自分が受け入れられないからと拒否しても、竜族であるテリアルーシュ王子はきっと俺を手離さない。  逃げられない反面、考えようによっては幸せな事なのかも知れないのだ。  弟マリアスが今幸せであるように。 「僕も兄様の事好きだからさ。  それに先に王家の血筋に愛された者としてアドバイス位出来るから。頼って?」  マリアスは5年もの間にこの国に……王家に馴染もうと努力したのだろう。  そして今、リチャナルド王子と手を取り笑い合う事が出来るまでになったのだ。  なら、テリアルーシュ王子と俺がそうなれない訳は無い。  俺の努力次第で……気持ち次第で幸せは決まるのだ。 「……ん……。分かっ、た」 『クレウス……!』 「うっ!」  ぎゅうぎゅうと抱き締められて苦しい。  しかも向こうの方が遥かに背が高く頭に頬擦りされているのが気はずかしさと悔しさと他色々で胸中穏やかではない。  はね除けたい衝動を抑え、弟を見ると「我慢だよ、兄様」と口パクで応援してくれていた。ちょっと胸が暖かくなった。 『所でテリア兄様、僕に何の用?』 『ん? ……ああ。今度の茶会はリーチャが仕切るんだろう?  名簿は出来ているかと思ってな』 『え、わざわざそれを聞く為に?  手紙で良かったのに』 『……何故だろうな。直接足を運んだ方が良いと思ったんだ』 『……完全に血筋の嗅覚だね。  それで番を見付けちゃったんだから』  血筋の嗅覚とは。  弟に聞くと、ため息を吐いて話し始めた。 「リーチャの時は同じ年の子供と遊ぶ……だったけど、それも多分番を感じ取っていたからわざわざ集めさせたみたい。  普段遊ぶようなタイプじゃないんだよね、リーチャは」 「じゃあもし第二王子が外交で俺達の国に来ていたなら……」 「多分何か理由付けて呼ばれたんじゃないかな。  テリア義兄様は竜族で空を飛べるから外交では他の国を担当していて兄様が番だと言う事が分からなかったんだろうね。  そして隣の国では分からなかった事も同じ国にいれば運命の相手とやらがなんとなく分かっちゃって本能で行動しちゃうんだとか」 「今の王子達の話のように、か」 「そ。だから兄様、大変だけど一緒に頑張ろう?」  きゅっと手を握られて泣きそうになる。  そうだ、今の俺には弟がいるのだ。  一人じゃないという事がこんなにも安心するなんて。  弟も少し目が潤んでいたからきっと同じ気持ちなんだろう。  別れた5年間を今埋めるように俺達はお互いに目を潤ませたまま見つめ合っていた。 『ってマリー!? なんでそこ見つめ合ってるの!?』 『何だと? クレウス、見つめるなら私だろう?』 「邪魔しないでリーチャ。今は親睦を深めたい気分だから」 『くっ、マリーが、そう、言うなら……! テリア兄様、クレウス義兄様を離してあげて下さい』 『当然嫌だが?』 「せっかく兄様と会えたのに……っぐす」 『テリア兄様!!! 早く!!! マリーが泣いちゃう!!!』 『くそっ!!! 後で必ず返すように!!!』  いや、俺の体は俺のなんだが……と思いつつ、体がテリアルーシュ王子から解放されると共にマリアスの腕に引き寄せられそのまま抱き締められる。 (ああ、安心する……。)  昔は俺がこうやって抱き締めてやってたのになと懐かしく思いながらも弟の温もりにしばらくの間甘えていた。 ~~~~~ 『ガイア兄様はオールマイティー、テリア兄様は勉学、外交に秀でてオルダ兄様は武術特化。僕は魔術が少し得意、かな』 「そうなのですね」 『クレウス、もう敬語を使わなくても良い。  これからは私達と対等なのだから』 「……か、考えておきますね……」  広い王宮を案内されながら四人で会話中。  並びはリチャナルド王子、マリアス、俺、テリアルーシュ王子となっている。  王宮の主な廊下は四人で並んで歩いてもまだ余裕がある大きさだ。 『そうだ、クレウス明日は私と一緒に街へ出掛けないか?  貴方に好きなものを買ってあげたい』 「え……あ、いえ、それは……」 『遠慮しないで欲しい。  番には色々な物を与えたくなるんだ。もはや習性と言っても良い』  詰め寄られて困惑していると、弟から助け船が入った。 「それなら兄様、ダブルデートしない?  いきなりテリア義兄様と二人きりだと兄様も色々複雑だろうし」 「……良いのか?」 「うん。僕は兄様の味方だからね。  人間の中では一番の味方だよ」  正直有難い申し出だったので、一も二もなく頷く。  テリアルーシュ王子は引いてくれなさそうだったので助かった。 『……』 『テリア兄様、距離を詰めたい気持ちは分かるけど、僕の時も色々あったでしょ?  マリーに手助けして貰いながらゆっくり近付いた方がクレウス義兄様にとって負担が少ないと思う』 『……そう、か……。一刻も早く番の証をと気が急いていたが……分かった、善処しよう』 『急がば回れだよ兄様』  まだ距離感を掴みかねている上にいきなり番だ結婚だなんて言われて困っているのだ。  これが逃れられない運命ならば尚更配慮してくれると有難い。  すぐに男と……それも竜王国の王子と結婚だなんて受け入れられるものではないのだから。 ~~~~~  半日掛けて三人に各所を案内され、豪華なディナーを頂いた後、兄弟で風呂へ。  使用人の手伝いを断ってお互いに背中を流し合ったりと過ごしている内にマリアスへの5年ものブランクが埋まっていくのを感じて嬉しくなる。 「兄様の部屋で寝て良い? 久々に二人で一緒に寝たいなぁ」 「ああ、勿論」 「やったあ!」  ぴょんぴょんと跳び跳ねるマリアスは大きくなっても可愛いものだった。  向こうでリチャナルド王子が鼻と口を抑えて悶絶しているのはスルーしよう。 『クレウス、一緒の部屋で眠れる日を楽しみにしている』  俺の額にキスをし、名残惜しそうに手を離すテリアルーシュ王子。  竜族は番の気持ちを第一にする。  だから一緒に寝たくとも俺の気持ちを汲んで夜は側を離れてくれるらしい。 「さ、兄様部屋に入ろ?」 「あ、ああ」  二対の目がじっとこちらを見つめている。 『マリー……』 「また明日ね、リーチャ」  マリアスがフォローするかのようにリチャナルド王子の頬にキスをすると、一瞬嬉しそうにしたものの、やはり離れるのが耐え難いのか、ぎゅうぎゅうと抱き締めていた。 「続きはまた明日だってば。デートがあるでしょ?もう寝るから早く行って」 『つ、冷たい……!』 「はいはい明日明日」  マリアスが投げやりのようにキスをすれば渋々といった風に離れていく。  マリアスはすがるようなリチャナルド王子の目を無視して俺の手を引いて部屋に入れ、バタン! とさっさと扉を閉めてしまった。大変逞しい。 「さぁ明日のデートプランを練るよ!  まずは兄様の身の回りの物から買わなくちゃ。  それからお昼、その後で番はアクセサリーを買いたがるだろうから希望を叶えてあげてガス抜き……」 「マリアス手慣れてるな……」 「そりゃあ、ね」  ふっと遠い目をして大人びた顔を見せたのも束の間、パッと表情を変えて再び明日の予定を組み始めるマリアス。 「それからディナーは二人の背に乗って豊楽の滝をライトアップした夜景を見ながら夜空の方は花火を……」 「ほ、ほどほどに頼む」  竜の番の背に乗ってディナーの為だけに魔法をふんだんに使おうとは、マリアスもかなり王家の贅沢思考に染まっているのではないかと密かに思った。 ~~~~~ 『『おはよう御座います』』  朝、使用人達がテキパキと俺達の世話をする。  のだが、弟と抱き合って寝ていた所を見られて若干気まずい。  弟は全く気にしていないのが幸いと言うべきか。  支度を終えた頃を見計らってか、王子二人が部屋に入ってきた。 『マリー、楽しかった?』 「うん! 有難うリーチャ」  チュッとお互い軽いキスをして弟は俺を手招きする。  リチャナルド王子に腰を取られて動けないらしい。 「さ、兄様も朝ご飯行こ! ……んもうリーチャ夜寝なかっただけでベタベタしない」 『だってマリーとはいつも一緒に寝てたのに……』 「心が狭いよ? 僕、これからはクレウス兄様と度々一緒に寝るから」 『なっ、ちょっ、マリー!? それは辛過ぎる!!!』  二人で(主にリチャナルド王子が)ぎゃーぎゃー言っていると、テリアルーシュ王子が俺に近寄り、手を取った。 『……私も、早くクレウスと一緒に寝られるようになりたい』 「……あ、はぁ……」 『…………』  まだ俺が気を許していないせいか、テリアルーシュ王子も何か言いたげに口を開けては閉じを繰り返し、俺の顔をじぃっ……と熱い目で見つめている。まるで想いよ伝われ! とでも言いたげな目だ。  そもそも想いも何も竜族の王子に初対面で番だとか結婚しようとか言われたので疑う余地はないに等しいのだが、どうも竜族の番という本能については理解しがたいせいで警戒してしまう。 『クレウス……』 「…………」 「あ、兄様ごめんね! さぁ朝ご飯朝ご飯!  ここの朝ご飯も豪華だから兄様も気に入ると嬉しいな」  マリアスに空いた手を引かれ、食堂に向けて歩き出す。  王族専用の食堂は番の家族も一緒に取れるように広々としているのだ。  昨日の晩は俺を竜王へテリアルーシュ王子が自分の番だと正式に紹介したせいで大変豪勢な食事を出されたり大きなケーキを用意されてたり『息子と夫婦になってくれる番がいたなんて……末永く宜しくね』と竜王や王妃に頼まれたりと大変だった。  というか即日即決即断過ぎて未だにまだ番という実感が湧かない為、テリアルーシュ王子だけでなく王族達とは距離感を図りかねている。 『あぁ。まだクレウスの好みが分からなかったから今朝の分はマリアスに好みを聞いてその系統で色々作らせてみたんだが』 「え、あ、有難う御座います……。マリアスも、覚えていてくれたんだな」 「でも5年経つから好みが変わってないかなってちょっと心配なんだ」 「その気持ちが嬉しいよ。有難う、えぇとテリアルーシュ王子、も」 『いや。クレウスの為ならなんでもしたい。むしろさせてくれないか』  俺は困ったように苦笑するしかなかった。  いつかはマリアスのようにこれに慣れる日が来るのだろうか……。 「さぁ、兄様座って! これとかこれとかどう?」  王族の食堂にて現在四人のみ。  昨日と違い、竜王や王妃、王太子と番、第三王子はいないようだ。 『クレウス、私が食べさせてあげよう』 「いえ、自分で食べられますので……」 『マリー、あーん』 「ん。……ふぅ、兄様はまだ番初心者だからね。  そんなすぐ食べさせられる行為は受け入れられないと思うよ」  マリアスはリチャナルド王子からせっせと食事の世話をされている。  これも竜族ならではの愛情表現らしく、身の回りの世話を焼きたがる。  仕事が忙しい時は仕方ないのだが、それ以外は番とべったりでひたすら番の要求を叶えるのが喜びなのだとか。 『む、ぅ……なら、一口ずつだけでも、どうだろうか』 「ひ、一口? あ、あぁ、それなら…」 『ッそうか!』  なんて嬉しそうな顔を見せるんだ。  パアアアア……と一気に明るく蕩けた笑みでスープをすくったスプーンを手に取り、スプーン上のものが零れても良いようにもう片方の手を受け皿にして俺に差し出して来る。  躊躇しながらゆっくり口を開くと、するりと不快でない角度でスプーンが入れられ、スープが口の中に入るとスッと違和感なくスプーンが引かれた。  世話をするのがはじめてらしいのに異様に上手いんだが……と口の中のスープを飲み干すと、新たに一口肉の刺さったフォークが差し出された。  何故? と首をかしげ、ああ! と思い至る。  ちゃんと一口ずつと言っていたな、と。 「兄様、全部一口ずつ食べるまで終わらないよ」 「……そのようだ」 「言葉には気をつけてね……結構隙をついて来るから」  実感している所だよ。  だが、こうも嬉しそうに微笑まれては断るのも悪いと思ってしまう。  まだ相手に愛を返してやれないからかもしれないが。 『クレウス、あーん……♡』 「……ッ、あ、あー……」  さぞ女性にモテるであろう美しい顔を幸せいっぱいだと言わんばかりに蕩けさせ続けるのはやめて欲しい……妙な気持ちになる。いや、良いのか? この場合……ああもうややこしい。 『次は……ああ……これで、終わりか……』  ようやく最後の一口を食べ終える時のしゅん…とした顔に申し訳なさが募るが、やっぱり自分でご飯を食べられるとほっとしてしまう。  食べさせられる事に慣れたマリアスが少し羨ましいかもしれない。  若干気まずい食事を終え、これからマリアスが言うデートに行こうかという時、注意事項があると言われた。 「番と買い物に行く時の注意なんだけど、遠慮はしちゃダメだよ兄様。  僕らの相手は王家で大変金持ちだから、下手に遠慮するとどれが好きなのか分からないからって店の商品丸ごと買われちゃうんだ」 「え」 「今でもさ、使いきれないピアスが……ね」  弟が遠い目をしている。  前に会った時とも昨日とも違うピアスを付けていたのは弟の趣味かと思っていた。 『毎日付け替えられて良いだろう?  可愛いマリーの耳を飾るのは毎回違う宝石達。  マリーが飽きなくて良い』 「いや僕、ピアスはシンプルなヤツでリーチャの目の色と兄様の目の色のが一個ずつあればそれで良いんだけど?」 『可愛い事を……だけど控えめすぎるよマリー。  シンプルなのも似合うけど、王家の紋章を入れた飾りと宝石をふんだんに使った……』 「リーチャ、重みで僕の耳朶千切れちゃうから」 『シンプルにしよう』  愛が重い。  王家の血筋は番さえ良ければそれで良いらしい。  ただ弟よ、俺の目の色のピアスはいらないと思う。  リチャナルド王子は多分気付いていてスルーしていたが。 『私もクレウスにピアスを送りたい。  指輪も買おう。今度出る夜会の服も仕立てなければ。  ああ、何から手をつけるべきか迷う日が来るとは思わなかったな』 『普段は即断即決だからねテリア兄様は』 『ああ。だが考えるのが楽しい』  穏やかに笑うテリアルーシュ王子の顔を直視出来ず、目を逸らす。  まだ会って1日しか立っていないというのに、何故こうも好きになれるのか理解出来そうにはない。 「さ、それじゃWデートにしゅぱーつ!  歩く時は兄様もテリア義兄様と腕を組んでね。  最初は気まずいかもしれないけど……少しずつ近付いてくれると僕も嬉しいから」 「分かった」  マリアスが俺とテリアルーシュ王子が上手く行く事を望んでいる。  自分の番であるリチャナルド王子の兄のテリアルーシュ王子と実兄がなるべくギスギスせず仲良くなって欲しいと思うのは当然だろう。  街に降り、マリアスが俺の腕をテリアルーシュ王子に絡ませるように組ませると、自分はリチャナルド王子と腕を組んで行こう行こう! とはしゃぐ。  俺の空いてる方の腕をぐいぐい引っ張ったり面白いものを見付けたのかリチャナルド王子と走っていったりと忙しそうにしている為、つい笑ってしまった。 『マリアスはクレウスの事がよっぽど好きなようだ』 「そう……みたいですね。昔もそうでしたけど、更に引っ付いて来るというか」 『私も、いつかはクレウスと屈託なく笑い合えるようになりたい』  熱っぽい瞳で見つめられ、つい目を逸らす。  俺しか目に入らないと雄弁に語るその瞳に、まだまだ応えられそうにない。なんせ昨日の今日なので。 「兄様ー! こっち! お店の中来てー!」 「あ、ええと……呼んでるので行きましょうか」 『そうだな』  俺から目を離さずにこにこと嬉しそうな声で返事をする。  マリアスの元に着くと、マリアスから色々なピアスを耳に当てられ、それを見たテリアルーシュ王子も参加して二人でどれが良いとかあれが良いとか話し込み始めた。 「ピアスなんて別に……」 「ダメだよ兄様! ピアスは兄様が誰のものなのか一目瞭然になるんだから付けないと」 『私は石だけ選んでオーダーメイドにしたい』 「普段使いの物ならシンプルな方が良いでしょ?  夜会用はオーダーメイドで二つともテリア義兄様の色にしたら良いと思うけど、普段使う分は僕の目の色を兄様に着けていて欲しいなって」 『普段もクレウスの耳を私の色だけで彩りたいのだが?いくら仲が良いと言っても限度がある。  マリアスはリーチャの番だろう?そしてクレウスは私の番だ』  本人そっちのけでヒートアップし始めた二人に助けを求めるようにリチャナルド王子に目を向けるが、本人はマリアスを見てニコニコしているだけ。 「え、リチャナルド王子……?」 『うん? 何かな』 「あの、マリアス止められませんか……?」 『僕はマリーがマリーの好きなように振る舞うのを見るのも好きなんだ。見てよマリー、とっても楽しそう!』  この番至上主義者!  俺は頼りにならない王子に見切りをつけ、マリアスとテリアルーシュ王子を止める為に間に入った。 「マリアス、テリアルーシュ王子やめて下さい。  一つに決めなくてもピアスなんて日によって変えたら良いでしょう?」 「あっ、兄様それは」 『では店主、この店のピアスを全て貰』  俺は慌ててテリアルーシュ王子の口を手で塞いだ。  弟から失敗談を聞いていたのに繰り返す羽目になるとは思わなかったのだ。 「す、すいません!  ですが、全部じゃなくて……マリアスが言うピアスとテリアルーシュ王子の言うピアス両方買えば良いと言う事を言いたかった訳で……付けないピアスまで欲しくありません」 『もう少し口を塞いでいてくれても良かったが……。  クレウスは物欲が無いのだな』 「物欲が無いというか与えようとされるものが多すぎると言いますか……とにかく、ピアスは大量には入りません」 『では指輪と時計とタキシードを選びに……』 「ほどほどで!! ほどほどでお願いします」  放っておくととんでもない量の物を与えられそうだと思ったので念を押したのだが。 「兄様、個数言わないとほどほどで10個20個買われたりするよ?」 「え"」 『マリアス、黙っていれば買えたのに……』 「お願いします最高で3つまでで……」 『それは少なすぎる! せめて10個は買わせてくれないか……?』  マリアスの助言があってほっとするも、新たに10個買わせてくれと懇願される。  しかもそれが子犬がするような憐れみを誘う表情だった為に困ってしまった。 『クレウス義兄様、それぞれ10個ずつでも王家どころかテリア兄様の私財使ってもはした金だよ。  だから遠慮しないで欲しいって言ってくれるとすっごく喜ぶよ、テリア兄様』 「い、いや、しかし……」 『頼むクレウス……私にクレウスの身を飾る栄光を与えてくれないだろうか……?』  そんな大袈裟な。  と言いたい所だったが本心らしく、ずっと眉を下げて俺の目に訴え掛けて来るのだ……潤んだ瞳で。  誇り高くあらゆる種族の中でも最強と名高い竜族、それも王家の竜なはずなのになんでこんな捨てられる寸前の子犬みたいな顔をするんだ……辛い。 「わ、分か、分かった、から!」 『有難うクレウス!!!』  根負けして返事した途端、ぎゅうううっと嬉しさ爆発させたかのように、だけど潰さないよう抱き締められて申し訳なさが募る。  俺はまだ全然好きになれそうにもないのに、こんなに愛されていて良いのだろうか、と。  マリアスの方を見ると、頷いていたのでこれで良いらしい。  いつかはマリアスのように目の前の存在を受け入れる事が出来るのだろうか。  そしてその時、俺はどうなっているのだろうか。  漠然とした不安を胸の奥にしまい込みながら、次はどこへ行く? と楽しげなマリアスの声にデートと言う名のお出かけの続きを楽しむ事にした。

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