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短編(後編)

『クレウス、一週間後の夜会に私と一緒に出てくれないか』 「夜会?」 『そう』  話を聞くと、その夜会というのは俺とテリアルーシュ王子の婚約発表をするものらしい。  この国に留まって一週間、これでも俺がいきなりで驚くだろうからと遅くした方らしい。 「婚約、発表……」 『クレウスは愛しい私の、私だけの番だから。国内外に向けてハッキリ示しておきたい』 「もう、決定……事項なんですね」 『すまないクレウス……クレウスを離してあげられなくて』 「い、いいえ」  マリアスが番になって愛される事は最初こそ不満だらけだったが、今ではとても幸せなのだと毎晩のように力説してくれていた。  確かにテリアルーシュ王子は番である俺にとても優しく、いつも熱い眼差しで見つめ、優しく触れ、愛を囁いてくれる。  今もそうだ。後ろから俺を抱き締めて腹の前で手を組んでまるで逃さないように囲っている。 「ほらテリア義兄様、兄様が困ってる」 『ん、もう少し……』  甘えるような声色をのせた低い声が耳を打つ。  吐息が首筋に当たって擽ったいと同時にどこか熱っぽさを孕んで居心地が悪い。  体がそわそわと動いてしまうのをテリアルーシュ王子は嬉しそうにくくっと喉を鳴らした。 「あ、の……」 『少しは近付けているのかな』 「ッ」  なんだか背中から熱が移って来たような気がして慌ててテリアルーシュ王子の組んでいた手をほどき、甘さを感じる抱擁から脱出する。 『テリア兄様、だんだん大胆になってきたよね』 『仕方ないだろう。番というものがこれほどに心を満たすものだとは知らなかったのだ』 『まぁ良い傾向だと思うよ。でも男同士、だからさ。  ちゃんと隅々まで配慮しないと……ね、マリー』 「そうだね? リーチャ」 『……そんな怖い笑顔しないでよマリー……』  リチャナルド王子とマリアスもちゃんと番になるまでは大変だったのだろうとは思うが、マリアスは詳しく話したくはないらしく、「兄様には円満に番になって欲しいから」と言葉を濁していた。 「さ、もう伝える事は終わったよね?  早く遊びに行こうよ!」 『いや、それよりダンスの練習をしたい』 「ええー! 良いけど」 「ああ、そっか。こちらの国のダンスを習わないといけないのか」  自分達の婚約発表なのに踊らずにいるのは無理だろう。  ただ、男同士の場合はどう踊るべきか、竜王国ならではのダンスがあるのではないかと思考を巡らせる。 『クレウス、これから早速練習したいのだが構わないだろうか?』 「分かりました」 『辛かったらいつでも言ってくれ。出来るだけ負担を少なくするようプログラムを書き換えるから』  優秀と言われるテリアルーシュ王子の事だ。  既に俺の負担は最低限なのではないかと思う。  常にどこからか手紙が飛んで来てサッと返信しては魔法で飛ばすのを繰り返しているような忙しさなのに毎日俺に会いに来るわ、食事は必ず一緒に取り外出にも付き合ってくれるわ、今日はダンスの練習まで付き合わせて大丈夫なのかと危惧するが……テリアルーシュ王子の顔はハツラツとしていた。 『クレウスとダンスが踊れるのが嬉しくて楽しみで仕方ない。  勝手に尻尾が動いてしまう』  テリアルーシュ王子の普段は人化で引っ込めているはずの尻尾がズボンからにょろりと出てそわそわと左右に揺れている。 『珍しい。テリア兄様の尻尾が出るなんて』 『ぬうッ! ……ふぅ、隠すのに気合いを入れる羽目になろうとは…』 「角は隠さないけど尻尾は感情を悟られたりと人化状態の時邪魔になるから出さないようにしてるらしいよ」 「なるほど……」  確かに外交を担っているテリアルーシュ王子には尻尾を隠す事は必須かもしれない。  相手の提案に一喜一憂しているのが尻尾の動きでバレてしまっては交渉どころではないだろう。 『ダンス中クレウスに尻尾を巻き付けてしまわないかどうか』 『テリア兄様の忍耐が問われるね』 「リーチャも僕に尻尾巻き付けるの好きだもんね」 『まぁね。マリーが大好きで仕方ないから。それに手を繋ぐより尻尾を握られる方が堪らない』  竜にとっては尻尾は感情が出てしまうものでもあり、愛情を伝えるものでもあるらしい。  ダンスホールにたどり着き、テリアルーシュ王子に手を差し出され、ダンスレッスンを始める。  マリアスとリチャナルド王子も離れた所でダンスを踊り始めていた。 『さぁ、クレウス。始めよう』  ダンスは男でも女でも踊れるタイプのものだった。  それはそうだ、王家の番は男女の比率はまちまちで、必ずしも女性ばかりではないのだ。  王や王太子の番こそ女性ではあるが、第二王子の番は俺、第三王子はまだ、第四王子の番はマリアスと、現王家の比率は五分五分だ。 『クレウス、どうだろうか』 「……大丈夫です。このまま練習すれば踊れそうです」 『良かった。他のダンスも練習しておこうか。  これは全国共通だから軽く合わせてみて練習が必要であればやろう』 「はい」  向こうではくるくると楽しそうに踊っている二人。  リチャナルド王子から水色の尻尾が出てマリアスの腰に回されている。 「リーチャ、尻尾がエッチな動きしてる」 『え、ごめん。つい腰を触ると、ほら……』 「我慢してよね」 「尻尾……」 『巻き付けてみるかな?』 「あ、いえ」  瞳に熱がこもった気がして即断った。  テリアルーシュ王子が俺に愛を注ぎたがっているのは分かっている。  けど、まだ一線を引いた関係でいたい、というのは俺のワガママなのだろうか?  そんなにすぐ受け入れられるようなら番として見初められた初めから戸惑いながらも受け入れている。  俺の心はそう簡単に割り切る事は出来ないのだ。 ~~~~~ 『緊張している?』 「そりゃあ……」 ――一週間後、夜会にて。 『此度、我が息子テリアルーシュが番を見付け、その者クレウスと婚約した事をここに発表する。  皆の者、大いに祝福してくれ』  万雷のような拍手を浴び、音楽が流れ始めた所でホールの真ん中へテリアルーシュ王子に手を引かれながら移動する。  幾多もの視線が注がれ喉が鳴るが、テリアルーシュ王子がぐいっと腰を引き寄せ密着した事によりむしろ気まずさや上手く踊れるかの方に比重が寄った。 『大丈夫、毎日あんなに練習したんだから』 「……そ、そうです、ね」  くるりくるりと回る。  テリアルーシュ王子にリードされながらステップを踏んでいく。  見惚れるような、とは言えないが及第点は貰えるであろうダンス。  勿論テリアルーシュ王子は完璧なだけに拙いダンスが申し訳なくなる。 「お、踊りづらくないですか」  何度も問い掛けた答えに、テリアルーシュ王子は変わらない答えを返す。 『私はクレウスと踊れてとても楽しいよ』  いつもより増した笑みで雄弁に本心から、と語っていた。  ダンスが終わると再び大きな拍手が鳴り響き、俺はほっと息をついた。  なんとかやり遂げられたらしい。  そこでようやく周りを見回す余裕が出来、自分の生まれた国とはまた違ったパーティーに感嘆の息を洩らした。  竜王国での夜会ははじめて参加する。  マリアスの婚約発表時はまだ俺も小さかったせいか、両親のみの参加だった為だ。 「豪勢、だな…」 『当たり前だろう。クレウスと私の婚約発表なのだから。  父上も母上も私が世界を飛び回っているにも関わらず番が現れなかった為に諦めていたらしいからな。  まさかこんな近くにいたとは思わなかった』  きゅっと手を握られて思わずテリアルーシュ王子から目を逸らし、きらびやかな夜会の風景に目を移す。  今日を迎えられた事が嬉しくて堪らないという目で一日中見詰められているのだ。  周りからの視線も期待と喜びばかりで正直荷が重い。 『あのテリアルーシュ王子が番を見付けなさるとは……本当に素晴らしい』 『テリアルーシュ王子とクレウス様の仲睦まじい姿は場内で良く拝見しております』 『隣国より番としてお越しになったお二方含め王家に連なる方々が笑顔ですと城も明るくなるようです』  貴族達からの挨拶が始まり、テリアルーシュ王子が俺の腰を引き寄せる。 『ああ、皆有難う。私もクレウスという自分だけの番を見付けられて毎日が幸せでいっぱいだよ』  横目で彼を見ると、幸せで仕方ないという顔をされるから余計居たたまれない。  竜王国の高位貴族からの挨拶が途切れ、中位貴族の挨拶が始まる前にテリアルーシュ王子が飲み物を手渡してくれる。 『疲れただろうけど、もう少し頑張ってくれ。  伯爵が終われば子爵と男爵からの挨拶だけど、そこは無理しなくて良い。  まだクレウスはこの国に来て日が浅い。  夜会はこれ一つじゃないからおいおい覚えていくと良い』 「お気遣い頂き有難う御座います」  少しずつ現実が迫って来るのを感じる。  溢れて来る不安を見ないように、俺は決まった挨拶を繰り返した。 「クレウス」  聞き覚えのあるその声に振り返る。  そこには両親……とかつての婚約者カサンドラが立っていた。 『行っておいで』 「え、でも」 『大丈夫。親族のが優先だからね。こちらは任せておいて』  その言葉に押されるように三人の元へ近付いた。 「まさかクレウスまでもが竜王国の王子の番として選ばれるとは思わなかったよ」 「すみません」 「いや、構わない。お前が悪いという訳でも無いのだから。  というよりちゃんと竜王国からフォローが入り、今セントリー伯爵家から養子をとって跡取りとして教育中だ。  勿論、クレウスがいきなり取られて悔しい気持ちはあるがね」 「本当に驚いたのよ。マリアスとクレウスが二人とも竜王国の王子達の番に選ばれた誇らしいと思えるようになるまで時間は掛かりそうだけど」  二人にとっては本当に寝耳に水だった事だろう。  マリアスもいきなり、俺も竜王国に旅行に行ってそのまま番だなんて。 「まぁ、なんだ。マリアスにも伝えたが、帰って来たくなったらいつでも来なさい」 「また手紙を頂戴ね」  その言葉に俺の心がどれほど軽くなったか、伝わらないだろう。 「……有難う、父上、母上……」  二人は俺の肩を叩き、励ましてくれた。 「それで、お前の婚約者だった……」 「はい。ここからは私が」  カサンドラが進み出て俺と目を合わせた。  彼女は変わらず強気な目をして、背筋をまっすぐ伸ばし凛と立つ姿を眩しいと感じた。 「まだ数回しか会ってないけど、貴方がまさか竜王国の王子殿下の番に選ばれたなんてこの目で見るまで信じられなかったわ」 「……俺は今でも信じられないよ」 「まあ、あの竜族の王子の番に選ばれているのに何故?  誇り、喜ぶべきだと私は思うわ」  心底そう思っているらしく、彼女はとても貴族の令嬢らしいなと俺は苦笑した。 「でも、君と婚約していたのに」 「私は良いのよ。だって竜王国から婚約者を用意して貰ったから」 「え?」 「大丈夫、貴方は気にやまなくて良いのよ。私にとっても家にとっても良縁だったから」  そう言う彼女は笑っていた。  左手の薬指に婚約指輪をはめ、嬉しげに触りながら。 「貴方も幸せになって頂戴ね。  まぁ竜族との契りを終えたら否が応でも愛が芽生えるって聞いたから大丈夫かしらね」 「……え?」 「それじゃ私はこれで。もう会うこともないでしょうけど、お元気で」  カサンドラが去っていく。  不穏な言葉を残して。  その後両親やテリアルーシュ王子とどう会話したのか覚えていない。  気が付けば廊下を歩いていて「夜会は?」と聞くと終わったと告げられた。 『大分疲れが溜まっているらしい。部屋まで送らせてくれ』  その言葉に口を開くのも億劫で黙って頷いた。  テリアルーシュ王子も俺の体調を気にしてか、話し掛けては来なかった。  部屋の前にたどり着き、ようやく楽に出来る…と安心し、  おやすみの挨拶をして部屋に入るという時、背後からぎゅっと強く抱き締められ息が詰まった。 『クレウス、そろそろ契りを交わしたい。  どうか覚悟を決めていてくれ』 「……ッ!!」  今までになく熱を帯びた言葉に体が固まる。  すぐに体は離され、『おやすみ』という声と頭に落とされたキス。  今まで俺に配慮していてくれたのだろう。  立ち去る足音に慌てて部屋に飛び込み、扉を背にしてずるずると座り込んでしまう。 「契り………。」  契りとは、竜族と番のはじめてのセックスの事だとマリアスに聞かされていた。  はじめては竜族にとっても特別な意味を持つ。  番にとっても竜族の魔力が体に浸透し、より竜族に愛されている自覚を強く持ち、惹かれていく為の大事な儀式なのだと聞いた。  だが、それはとても怖い事だと思う。  言うなれば頭の中に竜族の気持ちを注入されるようなもの。  それは本当に恋なのか愛なのか。……洗脳ではないのかと。 “否が応でも愛が芽生える”……カサンドラの別れ際の言葉も、俺を追い込んでいく。 「ッ……」  体が震え出す。  怖いのだ。  番だ結婚だと言われて熱っぽく見つめられてもあまり実感が無かったが、つまりはそういう事をいつかはしなくてはならない訳で。 「い、嫌だ……」  自分が自分でなくなる。  そんな気がして。 「兄様、今日は」 「入るなッ!!」 「ッ!? に、にい、さま…?」  マリアスの声が今まで感じていた弟の声とは思えなくなって。  俺は部屋の外にいるマリアスを拒絶した。 「一人で、寝る。お前はつが、い……の元に行け」 「兄様? なんで? どうして、急に」  俺はこれ以上口を開けず、コンコンと叩かれ続ける扉の音、マリアスの俺を呼ぶ声を耳を塞いで無視をした。  目を強く瞑っている内に音が遠退いて行き、夜会で疲れていた俺はいつの間にか扉の前で眠っていた。 ~~~~~  次の日、その次の日も気持ちが晴れる事は無かった。  当たり前だ。  男と……それも竜族とのセックス、頭の中が番仕様になるという儀式に怯えない方が無理だ。 「兄様……」 「……マリ、アス」  マリアスはそれを乗り越えてここにいる。  リチャナルド王子を愛しているのは俺の目からも良く分かる。  だが同時に異質さも感じてしまい、顔を合わせるのが辛く感じて自己嫌悪する。  悲しげに睫毛を伏せたマリアスを見るのも辛い。  けど、竜への愛を頭の中に注がれたのだなと思うとどうしようもなく避けたくなってしまったのだ。 「……ッ、にい、さま……」  俺が避けているのを分かってしまったのだろう。  マリアスは昔から利発だったから。  ポロポロと零れる涙がマリアスの頬を伝う。  悲しませているのは自分だというのに、ハンカチ一つ渡してやれない自分が嫌になる。 『……クレウス……』 『時期尚早だったんだよ、テリア兄様。  契りは結婚した後でも出来るのに』  少し咎めるかのような口調でリチャナルド王子は呟く。 『だが、私は一刻も早く身も心もクレウスと番になりたかったのだ……』  テリアルーシュ王子はグッと拳を握り締め、顔を歪めた。 『分かるよ。僕もそうだったし。だから三年位マリーと拗れてさ。  部屋に引き込もって出て来てくれなかった事を思えばまだクレウス義兄様は優しい方だと思うよ』  マリアス、も……? 「リーチャ、言わないで」 『クレウス義兄様には知っておいて貰った方が良いよ。  僕が焦れに焦れて無理矢理マリーの部屋に押し入って襲った事も』 「リーチャ!!!」  無理矢理襲った? マリアスを!?  その言葉にリチャナルド王子へ信じられない目を向けると、苦々しい顔をした彼がマリアスに睨み付けられていた。 『契りを交わしたお陰でマリーは僕がどれほどマリーの事を想ってるか伝わったけど、しばらくは口聞いてくれなかったからね』 「……その後も何度も襲われたんだから」 『うん。契ってしまえばなんとかなると思ってた僕の幻想と傲慢を見事に打ちのめしてくれたよね』  その時の事を思い出したのか、どこか弱々しい笑みを浮かべている。  マリアスもため息を吐いて俺に向き直った。 「……兄様は、さ……僕が竜に抱かれたから心を許したって思ってる?」 「……違う、のか。洗脳、されてるんじゃ」 『!? クレウス義兄様、それは違う!』 「うん。違うよ兄様。  契りはね、洗脳なんかじゃなくて竜の想いが直接僕たちの心に伝わって来るようになるものなんだよ」  マリアスが涙を拭い、俺に近付いた。  その強い眼差しは俺の知らないマリアスだったけれど、洗脳を受けて盲目に竜を愛しているようには見えなかった。 「竜を受け入れた僕の事、気持ち悪いって思う?」 「…………」 「僕も最初は竜の、それも男に愛されて抱かれるなんて気持ち悪いとか思ってたんだよ。  兄様もいないしこの国に味方だと思う人はいなくてさ」 「…………」  そうだ。マリアスは言ってたじゃないか。  嫌がって暴力暴言を吐いても尚愛を注がれたと。  マリアスは黙って受け入れた訳じゃない。  色々あってそれを乗り越えた上でようやく受け入れたのだと。  それを俺は勝手にパニックになって遠ざけて……それなのにマリアスは傷付きながらも俺の事を案じていた。 「兄様、最初は怖いと思うけどなるべく力を抜いて全て委ねてみて。  リーチャだって最初こそ強引だったけどでもそれでも優しく抱いてくれた。  きっとテリア義兄様も兄様の事優しくしてくれる」 「ッでも、」 「拒まないで。兄様、お願い。  怖いなら僕が……兄様の味方の僕がずっと側にいて手を握ってあげるから」  マリアスは……最終的にはちゃんと自分の意思でリチャナルド王子を受け入れたんだ。  それなのに俺は未知への恐怖と先入観で勝手にマリアスを気持ちの悪いもののように感じて逃げ出した。  マリアスをきちんと見て接していればそんな事は無いって分かるはずなのに。  俺は………馬鹿だ。 「……分かった……なるべく、善処する。でも手は握らなくて良い」 「うん。兄様が無事にテリア義兄様の愛を受け入れられるように祈ってる」  ほっとした顔を見せながら弟は笑った。  弟がリチャナルド王子と体の関係にあると知って胸がざわつくものの…これから自分も同じようにテリアルーシュ王子に抱かれる事に対し、自嘲気味な声が洩れそうになるのを噛み殺す。 『クレウス……私は、クレウスが受け入れてくれるまで』 「いえ。今夜、済ませて下さい。……俺の意思が鈍らない内に」  そうそうすぐに生理的な嫌悪感は無くならない。  理屈じゃないのだ。  そしてテリアルーシュ王子が悪い訳でもない。  だからこの決心が有耶無耶に消えてしまわないよう、すぐに契って俺の歪んだ認識を塗り変えて欲しかった。 ~~~~~ 「っ……ん……」  暗い寝室。  テリアルーシュ王子の匂いがうっすら残るベッドに大事そうに横たえられ、服を脱がされて露になっていく肌に何度もキスを落とされる。  左足先から太股、右足先から太股、左手から肩、右手から肩。  そして頭の天辺からゆっくりと下降し、局部にもキスが降りて来た。  触れるようなキスではなく、吸い付くように、跡を残すかのようなキスの連続に、俺は竜の愛の深さを知る。  常に注がれ続ける熱い瞳に身動きが取れず、息と体温が上がっていく。  自分はこれほどまでにテリアルーシュ王子に愛されていたのだと知らされていく。 「っは…、ん…」  こんな愛、受け止めきれそうにない。  だって自分はまだまだ竜の番というものに怯えているのだから。 『クレウス……』  ちゅ、ちゅ、と絶え間無くキスの跡が更に濃く肌に散っていく。  飽きもせず、放っておけば朝どころかいつまでも続けていそうな行為に俺は体を身動ぎさせて静かに抗議する。 『……あぁ……。クレウスの肌が、私を誘うから……つい、夢中になってしまうな』  するりと頬を撫でられ、触れられた部分からじん……とした甘い痺れが広がる。  何故か嫌悪感が薄れているのに気が付いた。 『少しは落ち着いただろうか』  頬を親指の腹で撫でられながらテリアルーシュ王子の顔を恐る恐る伺うと、先程よりも熱い眼差しで見詰められていて思わず目を逸らした。  頬がさっと赤くなった気がして目をキョロキョロと落ち着きなく周りに走らせるも、テリアルーシュ王子に囲われている為、見る場所全てに妙に胸がざわつく。 『そのまま私を意識していて……』  再び額にキスが降りたと思い、目を閉じれば唇に熱を感じた。  驚いて目を開くと、愛しげに揺るんだ瞳と目が合ってしまい、俺は慌ててまた目を閉じた。  表面をなぞるようなキスが、俺が息を吸うタイミングでグッと深いキスへと変わる。 「ッん……!」  唇を割って入る舌は人間のものとは違い、先が少し細くなっている。  舌先から口内に伝染していく快楽に浮かされそうになりながらつるりとした不思議な触感を味わっていると、『私の舌がそんなに気持ち良いか』と聞かれてぱかりと口を開けてしまった。 「……ぁ……? 俺……」 『とろんとした顔をして私の舌に絡ませて来るから気に入ったと思ったのだが…違ったかな』 「ッッ!!」  唇で肌に触れられる事にも嫌がっていたのに、まさか自分から相手の舌に絡みにいくなんて……! 「う、う……ッ……!」 『すまない。からかいたかったのではなく、嬉しかったんだ。  もっと絡ませてくれ、クレウス』  唇を舐めるように舌を割り入れ、俺のに絡むそれに押し出そうと抵抗したのも束の間、滑らかな舌触りと甘く痺れる心地に思考がゆっくりとぼやけていく。  くちゅり、くちゅっと時折響く音も快楽を増幅する要因となり、目の前でキラリと光る黄金色の瞳を瞬きも忘れて魅入っている。 「っは……♡っん、う……♡♡」  息を吸うのを忘れそうになる度唇が離れ、現実が戻る前に再び熱気に囚われる。  下半身に集まる熱にも、腹を押す固い何かにも、尻に触る違和感にも気付かず、俺はひたすらにテリアルーシュ王子のキスに翻弄されていた。 「は、……っは、はぁ、んっ……♡♡♡」 『クレウス……』  力が抜けきった体を抱き起こすようにテリアルーシュ王子が俺の首の後ろに腕を回していた。  口内からだらだらと溢れる唾液で俺が溺れないようにしてくれているのだ。 『クレウス、そろそろ恐怖は消えただろうか』 「……はっ、はっ……はぁ…っ。は……い……たぶ、ん」 『良かった』  ぎゅっと強めに抱き締められ、一瞬息が止まる。  この時になってようやく我慢させていたのだと気付いた。 『クレウスと契って……番になりたい』 「テリア、ルーシュ王子……」 『もう堅苦しい呼び方はやめてくれ。  テリアと、そう呼んで。  私もクレウスの事をクレアと呼ぶ許しが欲しいから』  俺にとってそれはかなり重要な意味を持つ事だった。 「………て……て、り……」 『うん』  テリアルーシュ王子は俺の肩を撫でながら言葉を待っている。  今か今かと目をキラキラと輝かせながら。 「………て、り……ぁ………」 『愛してるよ、クレア』  唇を奪われる。  先程よりも濃厚に、深く、深く。 「っあ♡♡ ぁ、はぅ、んッ……!♡♡♡」  あれで手加減していたのだ。  すでに体も心もいっぱいいっぱいなのにまだまだ物足りないと愛を注がれる。  俺が、テリアルーシュ王子…いや、テリアを番として受け入れる事を許したから。 「んぁああっ……!♡♡♡」  体がテリアの愛に染まっていくように、甘い快感を全身にもたらし始める。  テリアにずっと触れられていた股の間がヒクヒクッ!と強く震え、無性にあるモノを欲し始めたのを感じた。 『クレア……今、一つに』  テリアが優しく俺の両足を押し上げ、ヒクヒク震えるそこに体が欲するソレを押し当てる。 「ッあ……!♡♡♡」  嫌悪感は、驚く程に無かった。  ただ、早く早くと急かすように痙攣が強くなり、そこはテリアのモノを誘った。 ――ぐぷっ……♡ 「あ、あ……♡♡♡」  ぞくぞくが甘さをこれでもかと連れて全身を駆け巡る。  深い深いテリアの愛。  自分の意識が根本から染め上げられるような強い衝撃が頭の中を揺らした。 『クレア……愛してる。私の、番』  テリアが俺の足から手を離し、体を抱き締めて擦り寄る。  足首にしゅるりとほんのり冷たく固いものが巻き付き、驚きのあまり体がびくりと跳ねた。 『私の尻尾だ。感情が高ぶって来たせいか隠しておけないっ……』  尻尾はすりすりと俺の足首からふくらはぎを撫でる。  ぐぷり、ぐぷりとテリアが俺を気遣うようゆっくり中に入って来る度、テリアの行為の全てに愛が溢れているのだと知る。 「あああっ……!♡♡♡」  ぴくん! とテリアのモノが震える。  本当はもっと激しく抱きたいだろうに、俺を怖がらせない為に我慢しているのだ。 『辛くはないか? 無理をせず言って欲しい……』  労りの言葉が耳に心地良く通り抜ける。  これが辛いだなんて口が裂けても言わない。  最大限配慮され、痛みや苦しみ所かテリアからの愛が流れ込むせいで快感しか感じない。 「はぁっ…♡♡ は、ああ…♡♡♡ き、もち…い……♡♡♡」  そう呟いてしまってからハッとする。  テリアがそれはそれは嬉しそうに微笑んだせいだ。 『嬉しいよ、クレア』 「ひゃっ、あっ!♡♡♡」  くちゅっと緩く腰を動かされれば下腹部がひくんと反応し、甘い震えが腹の中を満たしていく。 「あ……ああ……♡♡♡ もっ、と……!♡♡♡」 『ッ、クレアの望むままに』  自分がこんなにも快楽に弱いなんて知らなかった。 「ひゃああ……あ、ふあ、あああ……!♡♡♡♡」  揺さぶられる度にくちゅっ、くちゅっと艶かしい音が室内に溶けていく。  熱い吐息も、合わさる熱い体も、テリアが相手だからこうも快楽に昇華されるのか。 『クレア……クレア……私の番』  胸の内に込み上げる狂おしい程に愛しい気持ち。  これはきっとテリアのもの。  体が一つに繋がり、テリアの熱く深い想いが俺の中に直接流し込まれているのだ。 「んっ……!♡♡♡ つ、よい…っ!!♡♡♡♡」 『すまない。少し緩める』 「っあ、そっちじゃ、ない……っ…♡♡♡♡」 『そうか、私の心か』  想いが強過ぎると言っているのにテリアは嬉しそうに俺を抱き締める。  きっと俺がもう拒絶していないと分かっているのだろう。 「はっ、んぁ、はっ……あ、ああ…♡♡♡♡」  テリアの動きが早まり、俺は目の前の体にすがる。  胸の中にあるテリアの愛が大きくなり、耐えきれなくなった時、全身が大きく震えた。 「あ、あ、ああ━━━……!!♡♡♡♡♡」  溢れる程のテリアの愛情は俺の中に収まりきらず、とろりと外へと洩れ出していった。 『……たった一度では伝えきれないな……』  テリアはぐったりしながら熱い息を吐く俺の体を抱えあげた。 『今日はここまでにしよう。  この先、時間はたっぷりある。  ゆっくりと私の愛を知ってくれ、クレア』  首の届く範囲でキスの雨が降る。  それが始まる前よりもずっと甘く感じ、くすぐったい。  ようやく彼の想いに心が近付いた気がして俺は沢山の愛を一つ一つ感じるように目を閉じていた。 ~~~~~ 「兄様!」  マリアスがベッドに駆け寄る。  目の下に隈があるのを見て心配掛けてしまったなと反省した。 「うん、兄様も首に竜紋が出てる。テリア義兄様と無事に番えたんだね、おめでとう」 「ん……ありがと……」  弟が頑張ったねと俺の頭を優しく撫でるのが心地良い。  すぐ側にはリチャナルド王子とテリアルーシュ王子が椅子に座ってこちらを微笑ましそうに見ている。 『リーチャの言う『夜が早く来い』という気持ちが痛い程分かった』 『うん。僕も早くマリーを食べたい。可愛い』 「兄様、今日はゆっくり休んで。僕が朝御飯食べさせてあげる!」 「え、いや……」 『マリアス、それは私がやろう』 「じゃあ半分やらせて? 僕も兄様をお世話したい」 『リーチャ、お前の番、圧が強い』 『可愛いでしょ? ついついなんでもオッケーしちゃいたくなる』 『番の世話は竜族の特権なのに…! 半分はダメだ、一口なら親族として許す』 「兄様はどっちにお世話されたい?」 『お前の番凄く卑怯なのだが!』 『許してあげてテリア兄様』 『お前もお前で救えないな!!』 俺は騒がしさに遠い目をしながらテリアの眼力を避け、気まずい思いをしながら「半分、ずつで…」と呟くしかなかった。 【その後のお話や補足】 弟マリアスはしたたか。 小さい時に兄様の後ろをずっとつきまとっては仕方ないなと可愛がられ、更に9歳で兄様から無理やり離された為に超絶ブラコンを拗らせている。 それをずっと根に持ってる為、リチャナルド王子ないし王家相手にはかなり強気。番相手のテリアルーシュ王子にも引いたりしないし兄様を味方につける気満々。 また、クレウスも無理やり隣国に止めおかれた為に、同じ経験をしている上、身内である弟に少しずつ依存し始めている。 その内テリアルーシュ王子の愛に染まっていくだろうが、弟はまた別格の存在になる模様。 テリアルーシュ王子はマリアスを激しくライバル視し始め、嫉妬を撒き散らしてはリチャナルド王子にアレをなんとかしろ!と怒鳴る日々。 外交を担当している以上怒りっぽくないはずなのに番が関わると性格が変わるのは竜族ならでは。 そして苦労人。この先もマリアスにしてやられたりしてガルガルと喉を鳴らして威嚇しながら自分こそが一番だと隙間を見つけてはクレウスにせっせと貢ぎ物をしたり愛を注ぐ。 リチャナルド王子はマリアス好き過ぎてもうクレウスばかり構ってるマリアスごと愛せる気がしてる。でもやっぱり寂しい。 作中、マリアスが兄に向かって「人間の中で一番の味方」といちいち主張したのは番である竜が世界で一番の味方で決して裏切らないから。 また、竜族は魂を匂いでかぎ分けて番を見つけているとされ(本人達は本能とか血筋とか言ってるが、竜族全体のもの)、悪人や悪人になるであろう者は選ばない(ただし家族を殺された復讐とか、回避出来ない戦争に参加せざるを得なくなった場合などはその限りではない)。 ~~~~~ 色々な種族の人外(人型多)攻め好き、ノンケ受けも好き、人外×人間BLが気になると思って頂けた方は小説、漫画読めますので是非ご支援(制作モチベーションの元)、宜しくお願い致します…! https://nirarole.fanbox.cc/

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