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第1話
鈴木 灯(すずき あかり)は、努力家だ。
入学以来、ずっと成績上位者に名前を張り出されている。華奢な身体つきをしていて、顔色はいつもだいたい悪い。よく、保健室で休んでいる姿も見かける。そんなもんだから、運動は苦手そうだけど、それでも、体育の授業も一生懸命にこなしている。
かわいいな。
なんて、他人に思ったのは初めてで、自分でも驚いた。
同じクラスにいるっていうだけで、会話だって数回しかしたことがない。それなのに、目がいつだって灯を追っていた。
頑張っている姿には励まされたし、笑っている姿に癒された。
ああ、俺、灯のことが好きなんだ。
***
「へえ、この子が結(ゆい)の好きな子なんだ」
振り返ると、3つ上の兄――春(はる)にいが、にやにや気持ち悪い笑みを浮かべていた。
スマホを取り上げられる。
「なにこれ、集合写真? こんなのしかないの? 奥手だねえ」
「う、うるさいな。別にいいだろ」
「もったいない。早くアプローチしないと、誰かにとられちゃうよ」
「俺、男だし。ぐいぐい来られたら怖いだろ。慎重にいきたいんだよ」
「相手の子は、ベータなの?」
「そう」
首輪もしていないし、そういう情報はすぐにアルファのコミュニティ内で共有されるから、すぐにわかる。
鈴木灯はベータだ。
「オメガだったら、話早かったのにな」
「別に。オメガとかベータとか関係ない。返せよ」
「はいはい」
春にいは、意外にもすんなり、スマホを返してくれた。
画面の中、集合写真を拡大してトリミングした荒い画像の灯がかすかに微笑んでいた。
「結はかっこいいし、いい子なんだから、自信持てよ」
「灯の性的志向は無視できない」
「いいこいいこ」と、春にいは、俺の頭を後ろから抱え込み、ぐりぐりと撫でまわした。今年、大学生になった春にいは、普段は県外で一人暮らしをしている。なんだか、こういうやりとりも懐かしく、振り払いにくい。
「そろそろ寝るか」
満足したのか、ようやく解放された。
今夜は泊っていくらしい。俺はベッドで、春にいは少し離れたソファの上で横になった。
暗闇の中、瞼が段々重たくなっていく。
『誰かにとられちゃうよ』
春にいの言葉が頭の中でこだまする。
それは、嫌だな。
***
廊下が賑わっている。
そうか、今日は、前回のテスト結果、成績上位者の発表日か。廊下の壁、一面に名前が並んでいる。
最近では、自分の名前よりも先に灯の名前を捜してしまっている。
あった。8位だ。今回もすごいな。
灯は友人とじゃれ合いながら、それを見ていた。なんだろう、いつもより、更に顔色が悪く見える。
声をかけようとした瞬間、突然、場面が変わった。
保健室の前だ。扉には『養護教諭不在』の札がかかっている。
灯が、しゃがみこみ、苦し気に何度も咳き込み、嗚咽していた。鞄を必死に探り、何かを取り出した。銀色のアルミの包装紙、『オメガ発情抑制剤』と赤字で細かくたくさんの表記がある。
灯はそのシートから、一錠を取り出し、飲み込んだ。
しばらく、背中を丸めそのまま震えていたが、やがて止まった。灯は力なく、その場に伏した。
匂いがする。強烈な匂いだ。オメガの、発情期のフェロモンの匂いだ。
灯が、オメガ?
少しだけ長い黒髪が、白いうなじに汗で張り付いている。
ごくりと、唾液を飲み込む。
俺は、今、どこで何をしているんだ? 灯が大変なことになっているのに、なんで、見ているだけなんだ? 身体が、動かない。
授業中にも関わらず、数人のアルファがふらふらと現れた。
完全にフェロモンにあてられている。
彼らは、気を失っている灯を仰向けにし、覆いかぶさった。制服は乱暴に剥がされ、灯の白い肌が露わになる。
一人は、その肌を舐め始めた。一人は、胸を撫でまわし、先端で小さくあがった灯の声ににんまり笑い、しきりとそこばかりを責めはじめた。一人は下腹部を圧迫し小さく勃ち上がり震えるそこを乱暴に擦っている。一人は、後ろの穴に指を入れ、中を探っている。
「ひ、あ」
意識がない状態にも関わらず、灯は控えめな反応を繰り返し、それが、男たちを楽しませているようだった。
ぐちゅぐちゅ、学び舎にはふさわしくない音が廊下に響く。
誰か、気が付かないのか。
誰か。
俺の祈りは通じず、行為は続いた。
灯は背面から一人の男に貫かれ、小さな悲鳴を上げ続ける。途中、意識が戻ったのか、明確に意思を持った「嫌」だとか「助けて」だとかが聞こえるも、それに応じるものは誰もいなかった。
うなじに張り付いた髪がかき分けられる。
「あ」
噛まれた。
***
「結! 起きろ!」
春にいの声に目を覚ます。起き上がると同時に涙がこぼれた。
夢? 夢だったのか?
「大丈夫か? うなされてたぞ」
灯がオメガ? 発情期? 俺以外のアルファと番にさせられてた。
「は、春にいが、変なこと言うからだ」
「何がだよ」
「灯が、オメガだったら、話が早いとかなんとか」
「え、ああ」
「はぁ、もう最悪」
「最悪っていうけど、お前さあ」
春にいは、布団をはぎ取り、俺の下半身を指さした。
「勃ってるじゃん」
最悪。
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