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第二章

「また明日な」  エイトは手をひらひらと振るが、こちらを見ていないイルギスには何の意味もないことだろう。 「…………」  ――――? 扉の把手に手を置いたままイルギスは開こうとも動こうともせず、固まっていた。 「どうした?」  そう声をかけイルギスの肩に手を置く。 するとイルギスはビクリと大きく肩を跳ねさせ、こちらを振り向いた。  ――その顔を見てエイトも体を跳ねさせないながらも、ドクンッと大きく鼓動が跳ねた。  頬を大粒の涙が一滴ゆっくり、静かに流れていたからだ。 イルギスは無表情なはずなのに、どこか困ったようにも見えてしまった。 エイトは声も出せずに、その綺麗な涙の流れる顔に見惚れてしまった。 目と目が合いイルギスはすっと視線を下に落とした。 その顔を見つめたまま自分まで動けなくなる。 見惚れていたエイトはハッとしてイルギスに声をかける。 「どうかしたのか?イルギス」 「…………」  ――イルギスは全く動かない。 「帰らないのか?」 「……………」  ――再び沈黙。 「イルギス?」 「……す、すまない。なんでも、ないんだ…」  たどたどしい喋り方でイルギスは答える。 しかし、なんでもないと答える割にイルギスの身体はカタカタと震えていた。 エイトは扉の把手を握ったまま動かないイルギスのその腕をガッと掴む。 「…!」  いきなりのことにイルギスは肩をビクリと跳ねさせ、上のほうにあるエイトの顔を見上げた。 「なんでもないと言う割に、なんでこんなに震えてるんだよ」  エイトは腕を扉の把手から離させ、イルギスの顔に近づけて震える自身の腕を見せる。 「――それは……」 「お前みたいなドール、初めて見た」 「何を、言っている」 「――まるで“人間”みたいだ」 「……人間なわけない。さっきも見ただろう」  さっき、というのは多分中を開けた時のことだろう。 確かにパーツとかのそういう機械的な部分を見たし、触った。 「そういう、話じゃなくて…お前のその感情的な部分だ」 「……」  そう、普通の機械人形には感情に似たプログラムがあることは知っている。 しかし“似ている”だけに過ぎない。 それは作られた――プログラムされたものなのだから。  ――だけどイルギスからは機械的な、プログラムのような感情には感じなかったのだ。 まるで何かを怖がっている、ような…。 「…そういうプログラム、だろう」 「そういうもの…なのか……」  エイトは納得いかないという風にイルギスの顔をまじまじと見る。 「……」  イルギスはふいっとエイトの視線から顔を逸らした。 そして、またしても沈黙した。  エイトは先程見たイルギスの表情が――零れる涙が忘れられなくなった。 いつもならこんな気持ちになることはなかったのに、エイトは気づかないうちにこう口にしていた。 「なら、送ってやるよ」 「…なに?」  イルギスに聞き返されたときに、エイトはようやく気が付いた。 ――なんでこんなこと言ったんだろう? だが、どうしても放っておけなかった――のだろう。 「お前だけで帰れないんだろう?」 「…か、帰れる」  イルギスはむっとした態度だが、どうみても嘘をついているのが丸分かりだった。 「嘘つけ。じゃあ、そこから出てみろよ」  エイトはそういうと今までずっと掴んでいたイルギスの腕を放し、顎でクイッと玄関の扉を指す。 イルギスは顔を下げ、玄関に向き直り把手へ手を伸ばす。 ――手を掛ける。 しかし、扉が開かれることはなかった。 「ほら見ろ。また手が震えてるぞ――何か怖いんだろう?」 「………」  イルギスは下を向いたまま、再びカタカタと震え始める。 何に恐怖しているのかは分からないが、エイトはそうだと感じた。 「理由が言いたくないんならそれでいいが…早く帰らないと深夜になっちまう」 「……わかった。お、送って欲しい」 「じゃあ、行くぞ。道案内してくれ」 「あ、あぁ…」  エイトはイルギスの震えた腕を取り、玄関の扉をガバッと勢いよく開きイルギスの腕を引き、バタンと大きな音を立て扉が閉まり街灯の灯る道を歩き始めた。  階段を降り、裏路地は通らず中央通りの道を歩く。 行きよりも暗い街並みはまるで別世界を歩いているような感覚に陥る。 腕を引かれどんどん道なりに進んでいき屋敷に到着する頃には、すっかりイルギスの身体の震えも収まっていた。 鍵を差し込み扉を開き、玄関の中へ入りイルギスはエイトに礼を告げる。 「…こんな遅くに悪かった」 「どういたしまして。しかし、明日お前だけで来れるのか?」 「……」  イルギスは答えられずに下を向いてしまう。 「じゃあ、レムに連れてきてもらえないか連絡しといてやる。それが無理だったら俺が迎えに来てやる」 「そ、そこまでしなくても……行けない、ことは……」  次の言葉に繋がらずとうとう口を閉じてしまう。 「お前だけで来れるまでは迎えに行く。ちゃんとお前を直したいんだ」 「そう…か…」  弱みを握られたような気分でイルギスは押され、そのまま無口になる。 「お前の整備には時間がかかりそうだからな。毎日でも来てもらわないと捗らなさそうだ」 「……」  エイトは『じゃあまた明日な』と一言告げて屋敷の扉を開き帰っていく。 「…………はぁ」  扉が閉まると同時にイルギスは溜息を吐きその場にしゃがみ込み、しばらく動くことができなかった。  イルギスは自分の役割があるため、一日の内あまり時間が取れず小さく区切って整備することになった。 それから1週間経った頃。 3日間はレムやエイトに送り迎えされていたが、だんだん外に出ることに慣れてきて身体が震えることがなくなった。 5日目からイルギスだけでラテーナまで行けるようになっていった。  そんな8日目の帰り道。 いつもより少し遅くなり外はもう真っ暗。 エイトは『外は暗いから送っていくか?』と自分だけでも帰れるようになった今でも聞いてくれるのだが、イルギスはこれまで通りに『帰れる』と一言で断った。 いつもは昼間のうちに終わっていたため暗い夜道をイルギスのみで帰るのは初めてだった。  外に出るとやはり陽は落ちており、街灯と民家の光だけがこの街を照らしている。 その道なりに続く街灯に沿って歩道を歩く。 暗すぎずかといって明るいわけでもない、そんな道を歩き街の中心に近い自分の屋敷へと歩を進める。 (こんなに遅くなってしまうとは…)  イルギスは心の中で小さく呟く。 それというのもイルギスは夜の街が好きではなかった。 ――夜空には満点の星々が輝く。 そんな綺麗な星も足元を見ながら俯き歩くイルギスには関係がなかった。 ある程度トボトボと歩いていたその時――。 ――ドンッ。 前を歩いていた数人の男の一人に肩がぶつかってしまう。 下を向いて歩いていたのがいけなかった。 「…ッすまない」  イルギスはぶつかった衝撃に驚き、慌てて相手に頭を下げた。 「チッ…いってぇ……コイツ、“ドール”か…?」  ぶつかった男は当たった肩を摩りながら、その強い衝撃にイルギスが機械人形だと瞬時に理解する。 イルギスを上から下まで見渡す。 その男の連れ二人が『どうした』と振り返り男の傍に近寄る。 「……。す、すまなかった」  イルギスは問いかけには答えず俯き、そのまま謝罪し逃げるようなにその場から離れようとする。 しかし、男の一人がイルギスの腕を掴み引き留める。 「待てや、そんな謝罪で済むと思ってんのか?」 「そうだな、ドールの分際で逃げようとしてんじゃねえよ」 「……ッ」  強い力で腕を掴み込まれ、顔を顰める。 「なんだ?ドールのくせに痛いのかぁ?面白れぇじゃん」  ――別に痛くはなかった。 ただ不快なだけだ。 振り払おうと腕に力を入れるが、振り解けない。 機械人形でも自分よりも体格の大きい人間には力では敵わない。 機械人形の身体能力は、特別な役割がない限り人間の平均値かそれ以下で設定されることが多い。 だからここにいる自分より高身長の三人には敵うはずがなかった。 「は、はなせ…!」 「あぁ?放せだ?てめぇからぶつかってきたのに命令してんじゃねえよッ!」 「……ぐっ」  男はイルギスの肩を掴み、建物の壁に勢いよくその身体を叩きつける。 イルギスは叩きつけられた拍子にキッと男を下から睨みつける。 もう一人の男がイルギスの顎をグっと掴み上を向かせる。 「眼鏡掛けてっからよく見えなかったけど、結構カワイイ顔してんじゃん」 「お、マジだ」 「目付きは悪いが、顔は綺麗だな」 「…な」  イルギスは口から出た言葉を紡げず、身動きができなくなる。 「何なら、ぶつかった“お礼”でもしてもらおうじゃねえか」 「…ッ…やめ…!」  イルギスの抵抗の声も虚しく、男たちに裏路地の奥へ奥へと引きずられていかれた。  暗い暗い路地裏。 人ひとり通らない奥地へ連れてこられたイルギスは必死に逃げようと抵抗していた。 だが三人の男に押さえつけられ、その抵抗は虚しく逃げることもできない。 何度も逃げようと藻掻く為、遂には目の前の男に顔を殴られた。 その拍子に眼鏡と帽子が吹き飛ばされ、頬には殴られた跡が付く。 痛くはないがその衝撃に目を回す。 「へっ…大人しくしてりゃ、壊れずに済むぜ」  そう言いながら男は乱暴にイルギスのコートを剥ぎ取り、下に着ているワイシャツを破くようにはだけさせる。 「……ヒッ」  上半身が外気に晒され男たちの手が胸や腹筋辺りをベタベタと触られ、ビクリと身体が跳ねる。 ――イヤだ。 そう思っていると男の一人がイルギスの胸の突起へと手を伸ばす。 ――怖いッ。 突起を摘ままれた瞬間、あまりの恐怖に右腕を振り上げ力の限り身を捩った。 振り上げたその右腕が目の前の男の頬に当たる。 「…ッてー……てめぇ、大人しくしてろっつてんだろ!」  そういうと男はイルギスの右腕を掴み、壁にドンドンと力任せに打ち付ける。 ビキッビキッ…打ち付けられる度に右腕の関節部分にヒビの入る音がする。 打ち付けられていることに気を取られていたら、もう一人の男が近くに投げ捨てられていたであろう少し短めの鉄パイプを手に持っていた。 「こっちでやったほうが楽しそうだぜぇ!」 「………っ」  重力に任せ力なく垂れる右腕目掛けて鉄パイプを振りかぶる。 ――バキッ。ガツン。ビリビリ。バチバチ。 右腕はベコベコに凹凸し穴の開いた所からはコードが所々切れパチパチと小さな火花が散っている。 「へへ、こんだけ壊されても痛くないんだもんな。ちょーおもしれぇー!」  もっと壊したそうに鉄パイプをか建物の壁にカンカンと打ち付けながらそう言う。 ――あぁ、右腕が…動かせない。 イルギスは俯き唇を噛み締める。 目の前の男はさっき遮られた胸の突起部をグリグリと触る。 イルギスはビクビクと強い不快感に耐えた。 三人目の男がイルギスの腰のベルトに手を掛けた。 ガチャガチャとバックルを外し一気に下半身を露わにさせた。 「お、コイツ“愛玩人形(ラブドール)”だぜ」 「マジだ、ニセちんこ付いてんじゃーん」  何をされるか分かってしまったイルギスは今までにないくらい必死に身を捩る。 ――イヤだ。イヤだ。イヤだ。 ――ラブドールなんかじゃない! 「大人しくしろッ!」 ――怖い。怖い。コワイ。 「もっと壊されてぇみてぇだ。やってやれよ」 「オーケー」 「押さえとくぜ」  二人がイルギスを壁に押さえつけ、さっきの男が鉄パイプを再び握りどこを壊そうかと身体を舐め回すように見る。 「逃げれないように“足”にしとくか~」  ニヤニヤと楽しそうに鉄パイプを振り上げる。 右腕と同じように“左足”をガンガンガンガンッ、ベキベキ、バキバキと大きな音を鳴らして破壊していく。 もう左足が言うことを利かなくなる。 壁伝いに凭れ掛からなければ立っていられないほどになってしまう。 ――もう、本当に、逃げられない。 ギュッと瞼を閉じ、もう全てを耐える覚悟を決める。 乳首を触られ、腹筋を撫でられ、腰骨をなぞられ――もう誰かわからない男が下半身の蕾へ手を伸ばしてくる。 立っていられなくなり身体がずるずると壁伝いに落ちていく。 四つん這いの形に地面に押さえつけられる。 ぐちゅぐちゅと指が蕾へ挿し入れする音と男たちの荒い吐息だけが耳に響く。 イルギスの口の前に男の一人が屹立を押しつけ『しゃぶれ』とぐいぐいと口の中に押し込む。 「…ん…ぐっ…んんっ!」  無理矢理に喉の奥へ奥へと男は屹立を押し入れる。 何度も喉奥へズンズンと出し入れされ、もう一人の男が横からイルギスの乳首と何の反応も示さない下半身の中心をぐにぐにと揉みしだく。 「なんだよ、“空っぽ”じゃん」 「ラブドールなら、精液くらい補充しとけよ」  “愛玩人形(ラブドール)”は性行為のためだけに作られたドールだ。 疑似性器があり疑似精液を補充すれば、勃起・射精が可能になる。 ラブドールの疑似性器はプロトタイプを元に設計されている。 プロトタイプは管理局のドールだ、一般人がプロトタイプの裸を目にする機会はない。 だからラブドールと間違えられても仕方がない。  気づかないうちに蕾に突き立てられていた指が後ろの男の張り詰めた屹立に変わり、ゴツゴツと奥に打ち付ける。 口に突っ込まれている物を男が喉に更にぐいっと押し入れイルギスの頭を両手で固定し、そのままイルギスの口の中に男は射精した。 男はイルギスがその白濁を飲み込むまで頭から手を放してくれなかった。 後ろで腰を打ち付ける男も最奥へその屹立を突き立てイルギスの中でビクビクと痙攣し中へ白濁をぶちまけた。 ――あぁ、あぁ……気持ちが悪い。 前からも後ろからも白いどろりとした残滓を垂らしイルギスはべしゃりと地面に崩れ落ちる。 「次、後ろ変われよ」 「じゃあ俺前もらうわ」  嫌なやり取りが頭上で行われ左腕を引っ張られ無理矢理四つん這いに戻される。 もう誰がどこを触って誰に突っ込まれているのかわからない。 ただこの行為がまだ続くであろうことはわかった。 何度も穿たれ、何度も体液を引っ掛けられ…。 ――あぁ……もう、ダメだ…。 イルギスは強制的にスリープモードになり、気を失った。

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