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【番外編 テオ】
あの時「どうして」とは思わなかった。
ただ、「やっぱりな」と、そう思った。
早朝の57Stバスストップに、カミロの姿はなかった。
空気は白く煙って、街はまだ眠っていた。濃い霧のせいで、あいつの姿が見えないのかもしれない。よく見えないけど、もうバスに乗り込んでいるかも…と、カミロが乗るはずのバスストップから、発車するまでそんな淡い期待も、あの時していた。
でも来なかった。
やっぱり、あいつは俺と一緒には行かなかった。
空港から『B355』と表示されたバスに乗り、ダウンタウンへ向かう。三年ぶりの帰郷。ぼんやりと窓の外を眺めながら、あの日と同じ景色を辿る。
……うん、いや、同じじゃないな。
オリンピックをきっかけに街は変わった。空港も、バスから見える通りも、建物も、新しくなっている。
ダウンタウンが近づく。
高層ビルが増えた分、空が狭くなった気がする。けど、陽はあの頃と同じ角度で射している。
カミロは今、あの洒落た店の2階で働いているらしい。
Jの紹介で、オーダーメイドのスケートボードを作っている。彼の作るボードは、今や世界中のスケーターたちにとっての憧れになっている。
だから仕事が忙しいらしく、メッセージの返信は少ない。既読スルーなんて、しょっちゅうだ。
ピコン、とスマホが鳴る。
『空港ついた?』
「はぁ?」
思わず、バスの車内にちょっと大きな声が漏れた。飛行機の到着時間、ちゃんと伝えてたはずだろ。…既読スルーされたけど。
久しぶりのメッセージなのに、これだけかよ。もっと、こう……あるだろ。
『とっくに着いてるって。お前、俺の到着時間見てなかった?もうすぐそっちに着くから』
『は?』
くくっと笑いが漏れる。スマホの画面を見ながら、喉の奥で声を噛み殺す。
『B355に乗ってる。次ダウンタウン。カミロ、忙しすぎて時間感覚ズレてんぞ』
『店わかるか?外に出て待ってるから』
『大丈夫だって。昔、二人でJを尋ねたあの店だろ?忘れてないよ』
『そうか、待ってるよ。LEGEND.』
LEGEND.の後ろには黒いハートが添えてある。揶揄い混じりの、でも最大級の賞賛。それだけで、胸の奥が熱くなる。
プロになってから、いくつもの大会で優勝した。夢だったオリンピックの出場権を手にし、ようやく、あの日の続きを取り戻しにきた。
いつか……お前を連れ出す…
なんて言えなかったけど、
それでも、あの頃そう思ってた。
待ってろよ。
三年分の、言葉にできなかった想いを持っていくんだから。
end
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