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第32話 バイブを健全な目的で使う人に初めて出会った
「……そうか。聞いて悪かったな」
真柴はふ、と目尻を下げるとベッドの上でうつ伏せになり枕元に置いてあるバイブを指で示した。
「これで頼む」
「……はい」
真柴が静かに黙ってしまったので桜はおそるおそるバイブのスイッチを入れて背中に押し当てる。肩周りの筋肉が発達していて逆三角形になっている。ヴヴヴという無機質なバイブの音だけが部屋に落ちる。上半身をほぐし終えたところで桜は真柴の太ももの付け根にバイブを押し付けた。するとビクンと真柴の腰が跳ねた。
「あっ。ごめんなさい。痛かったですか?」
桜の問いかけに真柴は静かに身体を起こして答える。
「十分バイブで身体がほぐれたからもうおしまいにしていい。それよりもこっちに」
真柴が毛布に半身を隠しながら桜を手招いている。そろそろと猫のように毛布の中へ入り込むと、最大近距離で真柴の顔と向かい合わせになった。寡黙な瞳で顔を見つめられるとさすがの桜も緊張してしまう。
(って何緊張してんだよ。俺)
桜は真柴の独特なペースにのまれて自分の仕事を忘れそうになる。
「アラームをかけたから90分後に起きる」
「えっ? あのplayは?」
寝る支度を始める真柴に違和感を覚えて聞いてみるも既に眠たげな様子だ。
「playはしなくていい。この店には添い寝サービスがついてるだろう。それを利用するだけだ」
そう言い切ると目を閉じて夢の世界へと旅立ってしまった。
「……まじか」
添い寝だけのサービスを求められたことが初めての桜は衝撃のあまり本音が洩れてしまった。性的なplay、サービスを要求してこないお客様は真柴が初めてだった。90分の間とりあえずベッドには入っておこうと思い気を張っていると、隣で眠る真柴の体温が伝わってきて思わず船を漕いでしまう。毛布にくるまれてあたたかいのも相まって桜も眠気に勝てずにそのまま眠り込んでしまった。
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