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第33話 「おはよう」

「……おい。桜」 (あれ、俺の名前……何で?)  とんとんと肩を優しくたたかれて目が覚めた。桜は大きく伸びをして毛布から這いずり出る。曖昧な視線の先には真柴の姿が見えた。はっとしてスマホに駆け寄りアラームを確認する。幸いまだplay時間は15分ほど残っている。 「すまない。よく眠っているようだったから起こすのが気が引けてしまった」  そう言うと真柴が桜をじっと見つめて顎に手を置いて何か思案している表情を浮かべた。 「こんなに深く安眠できたのは久しい。助かった」  バイブをトートバッグにしまっていると不意に真柴が呟いた。 (え。今、感謝された?)  振り返って見ると真柴は「ん?」とやはり顔色の読めない表情のままだ。 「……ああ。すまない。俺はそんなに口数が多いほうじゃなくてな。友人からは『良くいえば寡黙、悪く言えば無口』と言われている」 「そっ、そうなんですね」 (なるほど……。だから無口仏頂面で機嫌が悪そうに見えたのか)  桜は納得がいって心がすっきりと晴れる。 「僕も普段は友達から『生意気でツンデレ』って言われるので、自分の特徴って他人から見ると不思議ですよね」  言ったあとで「あ」と桜は血の気が引いた。 (やばい。お客様用のキャラクターと普段の自分のキャラクターの違いを自分からばらすみたいなこと……)  びくびくとしながら真柴を見ると目元を緩めて「ふうん」と頷くだけだった。  玄関先で荷物を持って忘れ物がないか確認していると真柴が壁に背を預けて無表情のまま言った。 「じゃあ今度指名するときは生意気でツンデレの桜が見れるとありがたい」 「へ?」 「またな」  ぱたん、と閉じられたドアを桜は不思議な気持ちで見つめていた。 (なんかすごい不思議なお客様だったなあ。真柴睦月……)

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