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第52話

 せっかくだから他の場所も掃除しておくか。  無類のキレイ好きの桜は、まるで家政婦のようにテキパキと掃除をこなしていく。  ゴミ袋と雑巾を片手にキッチンやトイレそして窓を掃除した。  引越しして間もないのだろうか。いたるところにダンボールや新しい家具が開かれもせずに放置されている。  最後に掃除に入った寝室には、大きなダブルベッドが置いてあった。既に何度か使われているようで、シーツがぐしゃぐしゃによれていた。 シーツをしわができないようにのばしていると、ふとベッドサイドに置かれた写真たてに目がいく。 置かれた、というよりなぜか下向きに倒された状態なのが気になって手を伸ばそうとした。 「桜。どこにいる?」  廊下から真柴の声が聞こえて、伸ばしかけていた手をさっと引いた。  勝手に人の物あさるはよくないよな。  掃除道具を両手に抱えて桜は寝室をあとにした。 「もう掃除が終わったのか。さすがだな」  真柴は見違えるように綺麗に片付いた廊下やリビングを見て、僅かに目を輝かせているように見えた。 「褒めすぎても何にも出ないよ」  謙遜するように言うと、桜は真柴に渡されたミネラルウォーターに口をつけた。 「あとは洗濯物が終わるのを待つだけか。ハウスキーパーの仕事はお前に合っているようだ」 「……ありがとう」  こんなに真柴が褒めてくれるとは思わなくて、桜は嬉しいような少し気恥しいような2つの感情に揺れた。  ひいらぎ荘では家事をするのは当たり前だったし、おこめや姫くんはもちろん褒めてくれてたけどここまでしっかり目を見て褒めてくれたのは真柴が初めてだった。 「少しお茶にするぞ」 「仕事は?」  桜が遠慮がちに尋ねると、真柴は微笑んだまま桜の背中を軽く押した。そのままリビングのソファに座らされる。 「少し待っていろ」  そう言うと真柴はキッチンへ姿を消した。ただ待っているのも落ち着かなくて、桜はソファにごろごろと沈んだり浮かんだりしていた。 「そのソファ気に入ったか」 「っ!?」  桜は瞬時に起き上がって声のしたほうへ体を向けた。  まさか見られていたとは思っていなくて、桜はいたずらがばれた子供のような気持ちになり身体を小さくする。 「ああ、別に怒ってない。むしろ気に入ってもらえてなによりだ」  そう言って、真柴は机にティーカップを置いた。  トポトポとポットの中の液体がカップに注がれていく。湯けむりが上っていくと同時に、独特な匂いが桜の鼻をついた。 「ハーブティー?」 「ああ。これは師匠のところで作ったハーブを使ったハーブティーだ。さぁ。冷めないうちに飲んでみろ」 「うん。ありがと。いただきます」  真柴に勧められるがまま、ティーカップに口をつける。  おそるおそる一口飲んでみた。ほどよく温かい液体が舌を滑り喉の奥へ落ちていく。  ふわっとハーブの香りが鼻から額に突き抜けるような爽やかさを感じた。その感覚が面白くて桜は何度もカップに口をつける。  そして、あっというまにカップの中は空になってしまった。  そんな桜の様子を真柴は静かに眺めていた。  桜が「おかわりが欲しい」と言えないのをわかっている真柴は、気を利かせて桜のティーカップに2杯目を注いだ。  そういえばさっき真柴が言ってた「師匠」って何だ?  そんなふとした疑問もハーブティーを飲んでいたら、そんなに重要なことじゃないように思えて「まあいっか」と頭の片隅に留めておくことにした。

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