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第58話 リッチなお風呂

 その晩、さっそくハウスキーパーとしての仕事を十分に果たした桜を真柴はこれでもかと褒め尽くしてきた。  悪い気分はしないのだが、先程エレベーターで会った大沼と会話をしてから真柴の様子はやはり変だ。変に饒舌になったかと思えば、何か思い詰めるように無言でスマホを見ている。 「やはりハウスキーパーの仕事を桜に頼んだのは正解だったようだ。今日は疲れたろう。俺が寝る支度ができたら声をかけるから、それまでは今沸かした風呂に入ってくつろいでくれ。まあ、まだ初めての家で慣れないこともあるだろうしな」 「わかった。風呂、お先に。ありがとな」  桜がぶっきらぼうに感謝を伝えると、真柴は満足そうに微笑んで廊下の壁に背中を預けていた。  ほら。こんなふうになんか急に口数が増えたりしてる。やっぱなんかおかしい。  桜はお風呂の湧いたメロディーを聞きつけてから浴室へ入る。1日掃除をしたからちょっと汗くさいかもしれない。  アイボリーのロングTシャツと灰色のパラシュートパンツを脱いで洗濯かごに入れる。一応、淡い色と濃い色とで色分けをして色移りがないように気をつける。得に、真柴と自分の洗濯物が混ざらないほうがいいと思ったから、後で洗濯かごを追加で別の物を用意してもらうように伝えるつもりだ。 「わー。めっちゃラグジュアリーな風呂だな」  ラブホかよ。と思うほどのリッチな広いバスタブに、どでかい鏡。全身くまなく観察できる。そこには擦り傷だらけの自分の姿が映った。  清水に痛めつけられた傷口はしっかりと止血されていたが、まだ赤黒い跡がついているところがちょこちょこ目立つ。  でも、気にしても仕方ないし。  桜は過ぎたことは過ぎたこと、と捉えて今に意識を集中させた。 「すげえハイブラのシャンプーにリンスにボディーソープだな」  シャンプーなどにハイブラのジャンルがあるとは薄々聞いていてSNSでもバズっていたのを見たことがある。確か今桜が3プッシュしたシャンプーは1個5000円すると言われている。  住み込みで働くんだから、シャンプーくらい贅沢に使ってもいいだろう。  むふふ、と内心自分のQOLが爆上がりしているのを感じてご機嫌で鼻歌を歌っていると、不意にバスタブの縁のボタンに目がいった。シャンプーで泡立てた髪の毛を一度お湯で流してからそのボタンを押してみる。すると、ごぽごぽとバスタブの底から無数のバブルが出てきた。 「やば……! ジャグジーになるんだこれ」  目の前のリッチな光景に満足しているとその隣にも別のボタンがあったため好奇心で押してみた。すると、今度は浴室内のライトが一度消えたと思ったら、ピンク色に点灯し数十秒ごとに水色、黄色、緑色に変わっていった。 「いやこれもう実質ラブホの風呂じゃん」  目を輝かせてバスタブを見つめながら今度はハイブラリンスを手に出して匂いをかいでみる。華やぐフローラルな香りが広がり、気持ちがリラックスしていく。丁寧に髪の毛に塗り広げてから、そのまままだお湯で流さずにボディーソープを手のひらに出してみる。 「わ。泡で出てくるタイプ」  泡立てる手間が必要ないので楽ちんだ。 「最高っ」  身体を清めてリンスも綺麗にお湯で洗い流し終えてから、お待ちかねのバスタブに足を入れる。足裏に心地いいバブルの圧があたり身体がほぐされていく。 「あー。このジャグジーでワインでも片手に癒されたい……」  今まで叶えたことのない夢を立て続けに叶えることができて調子に乗ってしまう。  一応、他人の家だとわかっていてもこれから毎日このお風呂を好きに使っていいという特権は抱き枕兼ハウスキーパーの自分だけだという特別感がさらに桜の気分を良くさせる。 「悪くないじゃん! こんな最高逆転人生」  桜は乾杯するように笑顔で手を持ち上げた。

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