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第3話

◇  送ったメッセージに返事はない。  しかし、陽一はそれでもよかった。  連絡先は、ずっと前から知っていた。  高校を卒業して、離れ離れになって、互いの生活が変わっても。  変わらないものがあるとすれば、それは──晴への想いと、彼の連絡先だけだ。  変わっていなかったことも、確認しようと思えば、いつでもできた。  けれど、それをしなかった。  いや、できなかったのだ。  忘れたふりをするのは簡単だった。  思い出すと痛むから、忙しさや日常に紛れて、心の奥へとしまいこんで。  それでも──ずっと、晴を忘れることはなかった。  十年──。  文字にするとたった二文字なのに、あまりに長くて、届かない距離のように感じていた。  東京に戻った彼に、ふと思い立って打ったメッセージ。  『無理せずにね。いつでも帰っておいで』  たったそれだけの言葉に、何度も何度も指が止まった。  打っては消して、書き直して、言い回しを悩んで……。  結局、シンプルな言葉を並べるだけに終わったが、送信ボタンを押すまでに、どれだけ時間がかかっただろう。  本当は、伝えたいことなんて山ほどあった。  でも、重たくなりすぎるのも、どうかと不安になって。  画面には、変わらず既読のマークだけ。  何分経っても、通知は鳴らなかった。  それでも──見てくれた。それだけで、十分だと思えた。  あの卒業式の日。  呼び止める勇気も、手を取る勇気も、何も持てなかった自分が、ようやく一歩だけ踏み出せた。  そして、ようやく届いた想いが、まさか晴のそれと一致していたなんて──思いもしなかった。  今は、それが何よりも嬉しい。  ずっと、高校生の頃を忘れられなかった。  何よりも輝いていた、あの時間。  教室の窓から見える夕陽。下駄箱の前で交わす何気ない会話。  隣を見れば、いつも晴がいて。  ただ、それだけで、あたたかくて、幸せな日々だった。  もう十年も待った。  それならきっと、またもう一度くらい、待てる。  東京に戻った彼を、急かすことなく、焦らせることなく。  いつの間にか、待つことは得意になっていたから。  陽一は、スマホを伏せて目を閉じた。  ゆっくりと息を吐くと、胸の奥に刺さっていた小さな棘が、少しだけ溶けていく気がした。  ──次に会う時は、恋人になってと、伝えたい。  春の風がカーテンを揺らす。  部屋の静けさに包まれて、ただ静かに、心がほどけていくようだった。

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