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第2話

◇  玄関のドアを閉めた瞬間、バタンと音がして、晴は少しだけ肩をすくめた。  久しぶりの東京。  戻ってきたのは自分なのに、部屋の空気はどこかよそよそしくて、「おかえり」と言われないのは当たり前だが、やはり少し寂しさを感じた。  誰もいない部屋に「ただいま」を言うのは、なんとなく照れくさい。  でも、ここが自分の場所なんだと、思い出すように息を吸って、吐いて。無理やりでも気持ちを切り替える。  ──負けたくない。逃げたくない。  帰ったら、もう一度ちゃんとやるって決めたんだ。  服を着替えて、ソファに座り込む。  背中を預けて天井を見上げると、いろんな想いがじわじわこみ上げてきて、胸の奥がくしゃっとなった。  怖い。  ちゃんとやれるかどうか、また自信をなくすんじゃないかって思う。  でも、負けるのは悔しい。  申し訳ないと思わなくていいようにしたい。陽一にも、家族にも、自分にも。  そのとき、スマホが小さく震えた。  画面には、陽一の名前。通知をスワイプして、メッセージを開く。 『無理せずにね。いつでも帰っておいで』  その瞬間、胸の奥がじんわりあたたかくなった。  ただそれだけの言葉なのに、まるで全部見透かされてるみたいだった。今の気持ちも、不安も、頑張ろうとする強がりも。  帰っておいでと、言ってくれる人がいる。  そこに帰ったっていいって、思わせてくれる人がいる。  それだけで、どれだけ救われるんだろう。  晴はスマホをぎゅっと握りしめて、目を閉じた。  もうちょっとだけ、ここで頑張ってみよう。  そう思える自分でいられるように。  指が勝手にメッセージアプリを開く。陽一の名前をタップして、『ありがとう』と打ちかけた。  でも、その手が途中で止まる。  まだ、何もできていない。  返信するのは、もう少し、自分のするべきことができてから。  晴は打ちかけた文字をそっと消して、スマホを伏せた。  窓の外から差し込む光が、ほんの少しだけやさしい。  次、地元に帰るのは少しでも前に進んでからだ。  まだ、陽一との関係は曖昧である。  しかし、ただの同級生ではなくなった。  今度会った時は、この関係にきちんとした名前をつけたい。  そう心に決めて、立ち上がった。 「よーし。まずはオーディション!」  数打ちゃ当たるというわけではないが、やらなければ何も始まらない。  所属させてもらっている事務所のマネージャーさんに連絡をして、とにかくやる気を伝えた。  でも、やはり、心の中でちょっとだけ不安もあった。今度こそ、ちゃんと結果を出さなければ。  春の風が頬を撫でる。  新たな出発を祝うかのように、そのやさしい風が背中を押してくれる気がした。

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