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24 生配信で……

 結斗(ゆうと)くんと出かけた時に見かけた日本人観光客が、あのあとSNSに投稿したのだろう。瞬く間に、結斗くんの目撃情報はネットで拡散された。けれど、その中で混乱を極めたのは、一緒にいたとされる『高代光(たかしろひかる)』の存在だ。投稿された同時刻に、高代光は生放送番組に出演中だった。だから、日本から離れたノヴァリアで目撃するのは不可能になる。ではあれは誰なんだ? 過去の熱愛報道の記事を引っ張り出し、検証する人も現れた。 「この人いい線いってるな。感が鋭いんだろうなぁ」  文字を中心としたSNSの『Titter』や動画配信サイトの『YooTube』を眺めながら、結斗くんは楽しそうに笑った。僕にはそんな余裕はなく、胸に手を当て神に祈るようなポーズをしながら、結斗くんの隣りに座った。  僕たちはこれから、真実を話す。僕は顔出しまでして話すのはまだ怖いから、カメラの前に顔を出すのは結斗くんだけだ。 「じゃあ、始めるよ。どのくらいの人が気付くかな」  結斗くんは再び楽しそうに笑った。  観光客に見られてすぐ、Titterに投稿され、拡散され、昨日の夜にはもうトレンドに上がり、検索サイトで『葛城結斗』に関連するキーワードが急上昇している。そのタイミングで、結斗くんはTitterとYooTubeにそれぞれ新規アカウントを作った。  日本で活動していたときの葛城結斗のSNSアカウントは、ファンクラブの掲示板と同じく、四月末日で削除されている。それ以降は、個人のアカウントは開設していないから、どのくらいの人が気付くだろうと、結斗くんはワクワクしているように見えた。  双子の弟で人気アイドル、熱愛報道の騒ぎにも巻き込まれた(うしお)にも、事情を説明して意思を確認した。今回のことだって、観光客に高代光だと思われ混乱を招いているんだし、潮も無関係ではないんだ。それに、兄弟はいないと公式プロフィールに書いてあるのに、実は双子の兄がいるとなると、なにか問題は起きるかもしれない。潮の活動に影響を与えるのを懸念して相談をしたけど、潮は僕たちの思うようにすればいいと、背中を押してくれた。 「配信、スタートだ」  事前にTitterで予告投稿をし、このYooTubeアカウントへのリンクも張ってある。お気に入り登録も徐々に増えはじめ、おそらく今、画面の前で待機している視聴者もそれなりにいそうだ。今回の目的はあくまでも僕たちの告白、あの熱愛報道のときの事も含め真実を話すこと。結斗くんの今後のお仕事のためのファンを増やすとか、僕の動画配信ページの視聴者を増やすとか、そういう目的ではないので、視聴者が少なかろうが問題はない。アーカイブも残すので、いずれ沢山の人の目に触れるだろう。それで十分だ。 「こんにちは。お久しぶりです、葛城結斗です。活動拠点を海外に移してから、三年ほど過ぎました。俺たちは充実した日々を送っています」  結斗くんは、カメラに向かって、ゆっくりと話し出した。日本の事務所をやめてから、恋人がいるということは公表している。だからこの配信を見ている人は、俺たちと言った意味を理解しているのだと思う。 「今日この配信を決めたのは、皆様にお伝えしたいことがあるからです。昨日の夜から拡散されている、高代光と思われる人物と一緒にいるところを見たという内容ですが、あれは高代光ではありません。俺の恋人で、高代光の双子の兄です。以前熱愛報道が出たときの相手も、同一人物です。あの時は事務所に所属し俳優活動を続けていたため、真実を話すことは叶いませんでした。嘘を付くような形になってしまってごめんなさい。恋人は一般人のため、詮索しないでいただけると嬉しいです」  この配信を見ている人の顔は見えないけど、今、すごく驚いてるんだろうなと容易に想像できる。公表してスッキリしたという気持ちもあるけど、きっとまたマスコミとか来るだろうし、あることないこと噂されてしまうかもしれないと思うと怖かった。また潮にも迷惑をかけてしまうかもしれない。でもこれは、結斗くんと二人で決めたことだし、潮も背中を押してくれた。僕にとってもひとつの区切りになるだろう。  結斗くんは僕への配慮の言葉を言ったあと、僕の方を見てニッコリと笑った。配信を見ている人には、隣に恋人が座っているのが分かっただろう。 「日本から離れたこの地で劇団に入り、舞台を中心に活動してきました。これからも続けていきたいという思いは変わりませんが、母国日本での仕事もやっていきたいなという気持ちもあります。なので、近い内に皆様に良いお知らせができたら嬉しいなと思っています。今後の活動については、TitterやYooTubeでお知らせしていく予定です。現在所属している劇団の舞台情報なども含め、発信していきたいと思っていますので、チェックしていただけたら嬉しいです。これからも、どうぞよろしくお願いいたします」  結斗くんはそう言うと、深々と頭を下げたので、その隣で僕も一緒になって頭を下げた。そしてそのまま配信を終了した。 「やっと伝えられたな」 「うん……」 「大丈夫。何があっても俺が守るから」  不安そうにしている僕を見て、結斗くんはぎゅっと抱きしめてくれた。今もなお心の奥に残るトラウマへの恐怖心は、そう簡単になくなるわけがないのは、結斗くんも分かってくれている。それでもこうやって少しずつ前に進んでいるんだ。ちゃんと気持ちの整理もつけながら、結斗くんの隣を歩いていこう。きっと大丈夫。 「一歩ずつ進めばいいと言ったけど、たまには立ち止まったり、ちょっと戻ったりしてもいいんだ。予定と違う道を歩いても、目指す道にいつか戻ってくればいい。今までできなかったことを、これからたくさんやっていこう。俺と一緒なら、それができるんだ。すごいだろ?」  結斗くんは、少しだけ不安げな顔を見せたのが嘘だったかのように、もういつもの結斗くんに戻っていた。自信たっぷりにそう言うと、にっといたずらっ子のように笑った。 「あー、めちゃくちゃ連絡きてるなー」  スマホから聞こえるバイブ音を無視していた結斗くんだったけど、さすがに連続で鳴るので諦めてスマホを手に取ることにしたらしい。画面を見て苦笑いをした。 「もう少し、渚との時間を堪能させてくれよ」  そうブツブツ言いながらも、あちこちチェックしているようだ。こちらに来る時に、仕事関係の連絡先を登録していた人には、一人一人丁寧にあいさつをしてからスマホは解約したので、今登録してある連絡先はごく一部の人間だけ。だからきっと、スマホに来る連絡はおおかた配信見たよーという連絡のメッセージだろう。  僕がその間にパソコンを立ち上げて様子を見たら、TitterやYooTubeには、読みきれないほどのコメントが来ていた。アンチのコメントも来るかもと覚悟したけど、ほとんどが好意的なコメントでほっと胸をなでおろした。  無言でスマホをチェックしていた結斗くんが「あっ」と小さな声をあげた。「どうしたの?」と僕が聞くと、「伊藤さんだ……」と懐かしそうに目を細めた。伊藤さんにはたくさんお世話になったので、仕事関係者の中で唯一連絡先を交換していた。その伊藤さんから何の連絡だろう? 僕は結斗くんが顔を上げるのを待った。 「また、一緒に仕事をしたいって」  嬉しさが込み上げてくるのを止められない様子が、とても良く伝わってくる。僕も、自分のことのように嬉しい気持ちになった。

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