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25 推し活は続くよどこまでも

 生配信で結斗(ゆうと)くんが僕という恋人の存在を明かし、それがあの人気アイドル高代光(たかしろひかる)の双子の兄だと公表してから、僕たちのまわりは慌ただしくなった。久し振りの人や、誰? という人まで、多方面から連絡が来た。そしてやっぱりマスコミからしつこいくらいの取材申し込み。それでも申し込んでくるだけまだマシなんだと思う。中にはこっそり隠し撮りで、週刊誌に無断で記事にされたりもした。  けど不思議だ。トラウマは完全に消えたわけじゃないのに、あのとき感じたような不安はなくて、心の中は穏やかな風が吹いていた。僕自身の成長というのもあるだろうけど、きっと結斗くんから受けた『プロポーズ』と、その後に二人で選んだ指輪が、心の安定剤になっているのだと思う。僕は、左手の薬指にキラリと光る婚約指輪を眺めて、ニヤニヤと口元をゆるませた。 「(なぎさ)、ちょっと来て」  だらしなくゆるんだ口元のまま、僕は「なぁに?」と言いながら結斗くんのそばへ駆け寄った。「なんだよ、ニヤニヤして」って結斗くんが言うから、僕は黙って左手薬指の指輪を見せ、にまーっと笑顔を見せた。そしたら結斗くんも同じように指輪を見せて、にっと笑った。指輪を身に着けてから、ずっとこの調子だ。  結斗くんは、最近は舞台以外でも仕事が増えた。伊藤(いとう)さんからの連絡をきっかけに、日本での仕事も増えている。伊藤さんは、結斗くんが事務所をやめたあと、以前から誘われていた事務所に移ったらしい。気の知れた仲間の立ち上げた小さな事務所だけど、とてもやりがいがあると言っていた。  前々から結斗くんとまた一緒に仕事をしたいと思っていたらしいけど、なかなかタイミングを測りかねていたところに、今回の結斗くんの生配信を見て、連絡をくれたそうだ。  結斗くんに呼ばれた僕は、新しい仕事の話かな? ってワクワクしながら待っていたら、僕のことをじっと見てクスリと笑った。 「ちょっと忙しくて遅くなっちゃったけど、婚約の報告をしようと思うんだ」 「え? でも連絡先を知っている人にはもう伝えたよ?」 「うん、今度は、Titterに写真だけ載せようと思うんだ」 「一般の人に向けての報告かぁ」 「そうそう」  幸せいっぱいだし、トラウマも鳴りを潜めているけど、やっぱり顔出しは緊張するなぁ……ってそう考えていたら、結斗くんは僕の頭をポンポンっと撫でた。 「今は、顔出しはしないよ。手だけの写真を撮って、載せようかと思ってるんだ」 「手だけの写真?」 「指輪が見えるように、二人でピースなんていいかもしれない。なんか芸能人ぽくない?」 「あはは、結斗くん、芸能人でしょ」  僕たちは笑いながら、何度か写真を撮り直し、満足のいく一枚が撮れた。ピースした手を仲良さそうに寄せ合っている写真だ。窓からの光が指輪にあたってキラキラと輝いている。 「俺たち、婚約しました。……こんな感じかな?」 「えっ? 短すぎない?」 「SNSでの報告は、自慢だと取られかねないから、シンプルが一番さ。大切な人たちにはもう報告済みだしね」 「うん、そうだね。……中には、傷ついてしまう人もいるかもしれないんだよね……」  終始幸せでニコニコしていた僕は、結斗くんファンの反応を想像して、表情を曇らせた。 「大丈夫。幸せオーラは、みんなを幸せにするよ。俺たちが心から幸せだと思っていれば、今複雑な気持ちになってしまっている人にも、伝わる日が来るよ」 「うん、僕、今とっても幸せだよ。会ったことのない誰かにも、この幸せが伝わりますように。そして、いじめから引きこもりになってしまった僕でも、こんなに幸せになれるんだって、いつか伝えたい」  僕はそこまで言って、あることを思いついた。 「そうだ! 自分の経験を活かして、引きこもりの自立支援のためになにかしたい!」 「それは良いね。渚はプログラミングが得意分野だから、そのあたりを教えるというのも良いかもしれない」 「僕なりのやり方で、前を向こうと頑張った経験が、役に立つかもしれないんだね」  結斗くんといるだけで、僕はどんどん生まれ変わっている。一度は殻に閉じこもってしまった僕が、外の世界に出られるようになったのは、結斗くんのおかげだ。誰かのちょっとしたひと押しが、大きな勇気になるのを僕は知っている。 「いつか、実現できたら良いな」 「大丈夫。実現できるよ」  僕は、結斗くんの肩にそっと寄りかかった。明るい未来を思い描いていたら、陰ってしまった心も、再びポカポカと暖かくなってきた。  次の日。結斗くんは、伊藤さんたちとの新しい仕事の告知をした。ちょうど舞台のない時期に合わせ、日本で配信ドラマを撮るらしい。久し振りのドラマで、結斗くん自身もかなり楽しみにしているみたいだ。今回のドラマのお仕事は、伊藤さんの事務所だけではなく、結斗くんがお世話になった事務所も協力してくれるらしい。結斗の日本での再出発だと、みんなが言っている。  SNSでもあちこちで喜びの声が聞かれた。三年も音沙汰がなかったのに、こんなにもたくさんの人が待っていてくれたんだと、僕も胸が熱くなった。  そしてその告知に続いて、昨日撮った二人のピース写真と『俺たち、婚約しました』というシンプルな言葉を投稿した。 「ほんとだ、僕まで芸能人になった気分だよ」  投稿への反応を見て、僕はクスクスと笑った。結斗くんの新しい仕事の告知と、僕たちの婚約の発表。SNSはまるでお祭り状態だ。僕の気分も高揚してくる。以前の僕だったら、SNSで騒がれなんかしたら、すべての情報を遮断して即殻に籠もっていただろう。こんな穏やかな気持ちで過ごすことなんて、できなかったと思う。 「みんなにお祝いしてもらって、幸せ者だよ」 「そうだね。世界一幸せ者だ」 「でもね、僕もっと嬉しいことがあるんだ」 「もっと嬉しいこと?」  僕の言葉を結斗くんが不思議そうに聞き返すから、僕は満面の笑みで答えた。 「僕の推しの葛城(かつらぎ)結斗くんが、日本での新しいドラマのお仕事が決まったんだって!」 「え?」 「僕の推しはね、とても演技がうまくて、人の心を引き付けてやまないんだ。……僕も、真っ黒な世界から、引っ張り上げてもらった。大丈夫って言ってくれて、本当に大丈夫って思えたんだ。今の僕があるのは、葛城結斗くんがいたからだ。……だから、これからも僕は、全力で推し活をするよ」 「渚……」 「仕事の幅を広げたから、またサイン会とか、握手会とかもできるのかな? チケット争奪戦になっちゃうかな。全力で挑まないと! ……あ、またしおに結斗くんの限定グッズをチラつかされちゃうかもしれない!」 「そんなことしなくても、渚は俺の婚約者なんだから、特別だよ」  結斗くんは、僕に気を使っていってくれたのかもしれないけど、違うんだよ、そうじゃないんだよ。僕はオタクの血が騒ぎ出す。 「前と多少推し活マイルールが変わってしまったかもしれないけど、僕にとって結斗くんは、最高に推しがいのある推しなんだ。不正はせず、正々堂々と推しを推し続ける!」  僕は気合いを入れて、グッとガッツポーズをとった。  そんな僕の隣では、結斗くんが僕を見て、嬉しそうにウンウンとうなずいた。 「じゃあ俺は、気合い入れて渚のストーカーを再開しないとな!」 「ええっ!?」  僕たちは顔を見合わせると、ぷっと吹き出した。  これからの二人の未来は、きっと楽しいものになるだろう。   「推し活は続くよ、どこまでも!」  僕は楽しくなって、声高らかに宣言をした。 (終)

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