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外伝3 あの日の裏話
合宿の部屋は、五人で雑魚寝だった。女子部屋に遊びに行けず飲みまくっていた藤木はそうそうに寝落ちしてしまったし、僕も大分酔いが回っていた。櫻井はそもそも酒が強いし、木島は顔にでない。進藤は――あまり知らないけど、多分まだ余裕そう。
「滝、大丈夫?」
木島が船をこぎ始めた僕の肩を叩く。曖昧に頷いて、布団に寝転がる。
「そろそろお開きにしようか」
「だな。もう酒もねえし」
どうやら全員、寝ることにしたようだ。酔っぱらった頭に、布団に潜り込む衣擦れの音が、遠くに聞こえた。
「滝くん、眼鏡外した方が良いよ」
と、進藤が僕の顔から眼鏡を外してくれる。あまり交流のない彼だが、面倒見が良いらしい。枕元に水を置いておくと告げて、自分の布団に潜っていく。
(明日、お礼……)
お礼を言わないと。そう想いながら、深い眠りに落ちたのだが―――。
◆ ◆ ◆
「……っん」
甘い声と、衣擦れの音。息づかいの淫靡な声に、薄く目を開ける。
「―――…?」
まだ覚醒しきらないままに、声の方を振り返り、ビクリと肩を揺らした。
「っ、ハァ……、あっ……」
濡れた音が響いて、驚いて声をあげそうになった。
「―――!」
すんでの所で声がでかかったのを、大きな手が僕の口を塞いで止めてくれる。驚いて目を見開く。
闇の中、進藤が赤い顔で眉をしかめていた。進藤は僕を見て、人差し指を唇に当てて見せる。僕は静かに頷いた。
木島と櫻井がなにをしているかは、想像がついた。二人の関係にも驚いたが、それ以上に、こんなところで始まったことに驚く。合宿中だし、その上、僕らが寝ているというのに。櫻井は豪胆なところがあるけれど、繊細な木島が同意しているのにも驚く。
(マジかよ……)
そんな雰囲気なかったのに。櫻井は何人か彼女が居たはずだ。木島は浮いた話がなかったから、逆に納得した。そんな素振りを感じたことはなかったが、木島はただ黙って、櫻井を見ていることがあった。その時の視線の意味を、今更気がつく。
(それは何というか……)
濡れた音と、衣擦れの音。吐息の音が、やけに響く。
進藤の手が、そっと離れる。あきれた顔をする僕に、進藤は苦笑いした。
二人の行為は夜更けまで及び、僕らはその間赤い顔をして眠れずにいた。爆睡している藤木がうらやましい。
やがて、夜明け近くに二人は、のそのそと起き上がって部屋を出ていった。
二人が居なくなったのを確認して、溜め息とともに起き上がる。
「ハァ……」
「はは……。長いよ」
「本当に。あの二人、出来てたの?」
帰ってきたらからかってやろうかと思いながら、枕元のペットボトルに手を伸ばし水を飲む。一口飲んで、進藤に手渡した。進藤は一瞬だけ躊躇ったが、そのままペットボトルに口をつける。
「そういう訳じゃないみたいだよ」
「え? どういうこと?」
「まあ、複雑っぽい。ホラ、櫻井って、ちょっと天の邪鬼?」
「ああー……」
何となく進藤と雑談になり、彼が木島から恋愛相談を受けていたと知った。どうして僕じゃないのかとは思ったけど、そういえば進藤はゲイらしいし、言いやすかったのかも知れない。最も、木島が率先して言ったわけではなく、進藤が気がついたらしいが。
進藤はどうやら、二人に進展して欲しくて、櫻井の前で木島にちょっかいを出したりしていたらしい。進藤いわく、「木島が見ていられなくて」だそうだ。話を聞けば、僕も少し思う所があった。二人の行為を見ている限り、想いはあるのだろうが、櫻井はそういう様子を見せないし、進藤のいう『天の邪鬼』という言葉には頷けた。何か起爆剤にでもなればと思っているらしいが、今のところは不発らしい。櫻井からは軽くあしらわれたようだ。
「まあ、もう少し牽制しようかなとは思ってる」
「進藤は――マジで好きなわけじゃないの? その、木島のこと……」
「んー。まあ、好き寄りではあるけど、木島がオレを好きにならないし」
「なにそれ」
「オレはゲイだけど、木島は櫻井だけだろ」
「そういうもん?」
「ノンケには手出さないよ」
クスリ、進藤が笑う。
何となく、進藤が今まで恋をしてきた相手は、ノンケが多いんだろうな、と思った。
狭い恋愛のコミュニティは、不便なのだろう。彼の場合、顔が良い分、大変そうだ。事実として、女の子からのアプローチもある。自分だけは大丈夫。ゲイでも気にしない。そんな女の子が、ごまんと居るのだろう。大学でも、女の子にモテているのを知っている。
「なんか、進藤って損するタイプぽい」
「はは。友達のためだし、損とかないよ」
本気でそう思って笑う様子の進藤に、僕は
(ああ、本当に『良いヤツ』なんだな)
と思った。
同時に――なんとなく、進藤との付き合いが、長くなるような予感がした。
「進藤、連絡先、交換しない?」
「え? あ――、ああ」
スマートフォンをかざし、連絡先を交換する。進藤は少しだけ、遠慮がちだった。多分、自分がゲイであることをオープンにしている分、どこか引け目があるのだろう。
「しかし……桜井は手強そう」
「オレもそう思う。でも、一途なのは、素敵だよね」
「まあ。でもな、生々しいの見ちゃったし」
「それな」
クスクスと笑い合いながら、なんとなく、目撃したのが自分一人でなくて良かったと思った。
「実を言うと、木島は良いヤツだし気にってるけど、好みのタイプではないしね」
「え? そうなの? ……どんな子が、好みなの?」
男性を好きだという人の好みのタイプというのが、僕には想像しにくくて、そう問いかける。僕自身は女の子の好みはそのまま胸の大きさで、大きければ大きいほど良いと思う質だ。そのせいでケンカにもなるのだが……。
進藤は少しだけ無言で、じっと僕を見た。それから、フッと笑った。
「んー……。櫻井?」
「それ、絶対に噓でしょ」
「あはは。どうだろ」
「櫻井はなんかモテるけどさあ」
「まあ、実際、ゲイにもモテると思うよ? 男性的な方が人気」
「そうなんだ。何か不思議な感じ」
「多分、木島はモテない」
「えー。綺麗なのに」
「細い子、人気ないから」
「そういうもんなんだ」
不思議と、進藤との会話は苦も無く弾んでしまった。気がついたら、今度、進藤がバイトしている喫茶店に行く約束をしたり、遊びに行く話までしていた。彼はこれまで僕の周りに居たどんな人とも、タイプが違う。
「そう言えば、櫻井たち遅いな」
「……どこかでしけこんでたりして」
「まさか。朝までヤってたのに?」
進藤の言葉に、そう言いながら、あの二人の様子ならあり得るかも知れないと、脳裏に過る。
「なんか、大変だな……あの二人……」
「本当に」
面倒なことになっていそうな友人たちを想って、僕たちは目を合わせて苦笑いした。
おわり
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多分、滝と進藤は社会人になっても普通に友達としてつるんでて、ある日急になにかあってくっつくんだろうなと思ってる。
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