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02 リストと自転車

(みなと)先輩。これ、リストにしてみたんですけど……」 「おっ? この前のやつか」 「そうですそうです、先輩が考えてくれたシチュエーションです」  恋愛相談を受けた数日後、おれ達は今日も同じファミレスで同じメンバーで、この前の話の続きをする……はずだった。  けれど今ここにいるのは、おれと(りつ)の二人だけ。(ゆう)はどうしても外せない用事が出来てしまったらしく、今日はいない。  律の差し出したリストには、おれが先日少々興奮気味で語った『少女漫画でよく見る、女の子がキュンとするようなシチュエーション』のメモが書かれていた。  ・重い荷物を持つ  ・放課後の図書室で高いところの本を取る  ・好きな本の話で盛り上がる  ・雨降りに相合い傘(濡れるのを気にせず傘を傾ける)  ・通学中のトラブルで助ける(そのまま自転車二人乗り)  ・満員電車で庇う  ・靴箱にラブレター  ・屋上で告白  実践するには難易度の高い偶然の出来事も混ざっていて、律の作戦のためというよりも、自分の好きなものについて熱く語ってしまっただけのような気がする。申し訳ない。 「リストの中からいくつか出来そうなのを選ぶといいよ。あとはお前が勇気を出すだけだ。がんばれよ!」  あの日おれが思いついた作戦は、ネーミングこそダサいと湧に一括されたけど、内容としては悪くないと思うんだ。  少女漫画が好きな子は多いだろうし、そんな胸キュンシチュに実際遭遇したらどうだろう。きっとあっという間に律を好きになるに違いない。  もともと律のスペックはレベルが高い。ちょっとコミュ障なだけで、そのへんをどうにか頑張ればあとはスムーズに物事が運ぶだろう。  おれは律に向かって、背中を押すような気持ちでガッツポーズをした。    律はおれにとって、弟の友達で、幼馴染で、可愛い後輩でもある。  お前の恋が成就するといいな……そう願っているはずなのに、何故か心のずーっと奥の方がチクリと痛んだ。  少女漫画のような胸キュンシチュを実践するには、タイミングを見図らないといけない。いかに自然に偶然を装うかが勝負だ。  そのためには、ストーカーばりに好きな子を見張っていなければならないのに、何故か律はおれの前にばかり現れた。  思い返せば、律が胸キュンシチュリストをおれに見せた次の日から、何かおかしかったように思う。 ◇  「うわぁ……、まじかよ」  いつものように駅まで自転車に乗っているときだった。  家を出た時からなんとなく変な感じがしていたけど、今日はいつもより時間ギリギリだからこのまま行こうと家を出た。  ところが、やけに振動が大きいなと思ってコンビニ駐車場で確認したら、どうやら空気が抜けているらしい。  家まで戻れる距離だけど、今日はもうそんな時間はない。どうするか、引きながら走るか?  ブツブツと小さく口に出しながら思案していると、突然後ろから肩を叩かれた。 「湊先輩、おはようございます! どうしたんですか?」  聞き馴染みのある声に振り返ると、やっぱりそこにいたのは律だった。  おれの顔と自転車を見て瞬時に判断したらしく、自分の自転車をそこに停め「ちょっと待っててくださいね」と言ってコンビニに入っていった。  そしてすぐ戻ってくると、今度はおれの自転車をコンビニの裏に引いて行き、手ぶらで戻ってきた。 「従業員用の自転車置き場に置かせてもらいました。さぁ先輩、後ろに乗ってください」 「え? 乗って……?」 「遅刻しちゃいますよ? ゆっくりしてる暇はないでしょう。ほら早く」 「あ、ああ」  半ば押し切られるような形で、律の自転車の後ろにまたがった。 「落ちると困るので、しっかり掴まっていてくださいね。僕にピッタリとくっついていいんですよ」 「わ、わかった」  確かに、人が乗るように設計されているわけではない荷台に乗るのだから、しっかりと掴まらないと危ないだろう。  おれは遠慮がちに律の肩を掴んだ。 「先輩、それじゃ危ないです。僕の腰にしっかりと腕を回してください」 「こ、こうか?」 「そうです。じゃあスピード出すので、気をつけてくださいね!」  なぜだろう。律の声は弾んでいた。  ああ、そうか。好きな子と自転車の二人乗りをしているシーンを想像して、嬉しくなってしまったんだろう。  おれにもその気持ちはわかる。このシチュエーションは、おれが少女漫画でときめいたお気に入り上位に入るシーンだ。  意中の人に助けてもらっただけではなく、ピタッと密着して身を委ねる。読むたびにおれも主人公と一緒になってドキドキするんだ。  けれどおれの場合は、男に感情移入するのではなくて、いつも女の子の目線で物語を追ってしまう。  それが普通ではないと薄々感じ始めたのは、小学校高学年になる頃だった。  それまでは女の子に混ざって少女漫画の話で盛り上がっていても、まわりは何も言わなかったし、女の子が好むようなものを好きな男の子もいるだろうとそんなには気に留めなかった。  けれどその違和感が決定的になったのは、中学生に上がってからだった。  中学時代の出来事を思い返すと、声をはずませる律とは対照的に、おれの心はずっしりと重くなった。

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