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04 図書室と電車

 (りつ)と相合い傘で帰った日から、二日間ほど雨が続いた。雪の降る地域なら積雪するだろうと思うような冷たい雨だった。  やっと晴れた今日、コンビニに置きっぱなしの自転車を取りに行き、修理してもらおうと思っていた。  けれど、数日間自宅マンションの工事が行われることになっている。きっと落ち着かないと思うから、学校の図書館で課題をやってから帰ることにした。  移動の途中、テニスコートを見るとテニス部が部活をやっていた。後輩たちよ頑張れーと、心の中でエールを送りつつ図書室へ向かう。  終わらせないといけない課題はあるけど、先に借りたい本を探すことにした。  友達に勧められたライトノベルで、異世界転生冒険の話だ。タイトルは「転生して魔王になったけど、勇者たちが怖すぎる件」読み始めたらすっかりハマってしまった。  借りたい本を見つけ手を伸ばすけど、残念ながら平均身長よりも小柄なおれの手はその本に届かない。  つま先立ちになり頑張っていると、すっと上から手が出てきて難なく本を取り出すと、はいどうぞと手渡された。 「先輩その本好きなんですか?」  声のした方に視線を向けると、そこには部活動中のはずの律が立っていた。  おれより頭ひとつ分背の高い律なら、本棚の一番高いところにも容易に手が届くだろう。男としてちょっと悔しかったけど、素直に例を言った。 「ありがとう、助かったよ」 「いえ、先輩のお役に立てて嬉しいです」 「でもなんでここに? 部活中だろ?」  さっきここに来る途中で、テニス部が試合形式の練習をしているのが見えた。ダブルスならペアもいるし、部活を抜け出してきたのなら迷惑がかかってしまう。  おれは、先輩として忠告する意味も込めて問いかけたのに、律はどこ吹く風といった感じだ。 「廊下を歩いてる先輩を見かけたので、今日の練習はキリの良いところで終わらせてきました」 「は? だめだろ、そんな勝手なことして」 「大丈夫です。──先輩、僕もそのシリーズ好きなんですよ」  律はニッコリと微笑むと、おれの問いかけから話をそらすように、話題を変えた。  うーん、この笑顔におれは弱いんだよなぁ。まぁ、優等生の律が大丈夫だというのなら大丈夫なのだろう。  幼い頃から知っている律に甘い自覚はある。おれも大概だなーと思いつつ、部活動の追求はそこでやめた。  その後おれと律は黙々と課題を進めていた。  ここは図書室だから私語は慎まなければならない。  集中して課題をやっていると、すぐ近くに気配を感じて顔をあげた。  ──!!  うわ、びっくりした。イケメンがおれの視界いっぱいに広がっている。  眩しすぎて直視できないっての。  バクバクと高鳴る心臓をごまかすように、急いでノートなどをバッグに押し込んだ。 「もう帰るかな! 律、お前も気をつけて帰れよ!」  ガタガタっと立ち上がり、急いでその場から去ろうとしたら、腕をガシッと掴まれた。 「先輩、何急いでるんですか。一緒に帰りましょうよ」 「いや、一人で帰れるし」 「でも先輩、自転車まだコンビニに置きっぱなしでしょ? そこまで送ります」  そうだ。雨が続いてしまったから、空気の抜けた自転車はまだコンビニに置きっぱなしだ。  駅から歩いて帰れないわけでもないし、律の一緒に帰ろうというお誘いを断ることはできる。  けど、目の前でくーんと耳を垂らしている律を見ると、断るのがしのびなくなってしまった。   「わ、わかった。……帰るか」  おれは、なぜか熱を帯びた顔に気付かれないように、律よりも先を歩いて図書室をあとにした。 ◇  はじめは、なんのことはない、ただの偶然だと思っていた。  次第に、律がおれ相手に予行練習をしているのだと思った。  そんな日が続き、今はこの状況だ。  おれと律は帰りの電車に揺られている。  そしておれは、律に守られるように、ドア側に押しやられている。  いやまて。たしかにおれはさっきバランスを崩したよ? 律に支えてもらったよ?  だからって、おれをドア側に立たせて、まるで壁ドンのような形でおれを守らなくても良くないか? 「なぁ、律? そこまで忠実に胸キュンシチュを再現しなくてもいいんだぞ?」 「何言ってんですか。また先輩がふらついたら困るので、僕が守ります」 「だーかーらー! 好きな子相手にやってやれと言ってるだろ?」  おれは、頭ひとつ分背の高い律を見上げるようにしながら訴えるけど、律は急におれから顔を背けた。  ほら、本当は嫌がってんじゃないか。  律の態度に申し訳なくなって、律から離れようとしたら、おれにしか聞こえないような小さい声が聞こえてきた。 「上目遣いとか、可愛すぎます」 「はっ?」  おれは、律が何を言っているのか全く理解が出来ずに、普通の音量で聞き返してしまった。 「いえ、なんでもないです。気にしないでください」  率は顔を背けたままで返事をするから、きっと、これも練習なのかもしれないとおれは思った。  好きな女の子の可愛いところを褒めてあげたい練習。でも相手がおれだから間違えたって思っちゃったんだろうな。  でもおれは、律に恋愛相談を受けたあの日から、何重にも鍵をかけたはずの心の扉が、少しずつずれ始めているような気がした。

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