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05 告白と距離

 一月も終わりに近づこうとしていた。おれたち三年生は二月から自由登校になる。  だから(りつ)に、おれ相手の練習はもう終わりにして、そろそろ本命に実践しろと言いに行くつもりだ。  おれは屋上の手前にある、階段の踊り場へ向かった。  普段あまり人が来ない穴場で、ひとりゆっくり弁当を食べるには最適な場所だった。  なのに最近はなぜか、そこで律と一緒にお弁当を食べている。  人の気配がしたので、先に律が来てるのかな? と思ったら、何やら話し声が聞こえてきた。  ……え? 女の子の声?  おれは見つからないように、ギリギリ様子をうかがえる場所で立ち止まった。 「あ、あの……。いつも、律くんには優しくしてもらって……」 「転校してきたばかり、だし」 「でも、それだけじゃなくて……。私、律くんと……」  これは──。  おれの心臓はドキリと跳ねた。  この様子からすると、おそらく律の想い人はこの子だ。  (ゆう)が言っていた。高校一年生の夏休み明けという変な時期に転校してきた子がいて、律はその子のそばにいるのをよく見かけると。  相手の子の言葉からも想像するに、ふたりは両思いではないか。こんなところで、おれが邪魔するわけにはいかない。  そーっと静かに足音をたてないように、急いでその場から立ち去った。 ◇  それから間もなくして、律から怒涛の連絡が入った。でもおれは応答する気持ちにはなれず、未読スルーと着信無視。  続いて、湧からも何件か連絡が入っていた。学校では無視して会わないように出来たけど、流石に兄弟だから家で顔を合わせないわけにはいかない。  湧にはあっさりと捕まった。 「兄貴、なんで律からの連絡無視するのさ?」 「んー? いや、他の用事を優先させてたらさ、後回しになっただけじゃん」 「でも兄貴が律を後回しにするなんて、珍しいね?」  さすが弟。容赦なくグイグイ聞いてくる。  適当なことを言っても離してくれなそうなので、ここ一ヶ月ほどのことを簡潔に話すことにした。 「──って感じでな、律はおれを練習相手にしてるわけ。もうそろそろ本命に実践しろって思うんだよ」 「あー。律はそんなことをねぇ……」  湧はウンウンと頷きながら、ふっと笑った。 「なんだよ? 律みたいに顔の良いやつが、おれの理想の胸キュンシチュを仕掛けてくる。それがどんな気分かわかるか?」 「へー。どういう気分なの?」 「ど、どういうってな! とにかく、もうおれは練習に付き合う気はないの! それを言おうとして……」  そこまで言って、あっと口が止まった。  これは流石にプライバシーの侵害になる。おれはモゴモゴと言い淀むと、バッと立ち上がった。 「もういいだろ。ほら、部屋から出ろよ。おれは勉強があるんだ!」 「はいはい、出ていくから。押さないでよ~」 「律に余計なこと言うなよ!」  そう言っておれは湧を部屋の外へ追い出した。  律に余計なことを言うなよってそのセリフが、そもそも余計なことなんだと気付いたのは、お風呂の中だった。 「あー。何冷静さを失ってんだ、おれは」  湯船の中で、お湯をちゃぷんと手で弄びながら、ひとりごちた。  学校でのあの子の言葉の続きを想像してしまう。それを聞いた律はなんて答えたんだろうか。もちろんOKだよな、両思いなんだから。  律は練習とはいえ、おれにめちゃくちゃ優しくしてくれた。勘違いして、絆されそうになるほどには。  だから、これ以上律のそばにいちゃだめだ。冷静な判断ができなくなる。  ──律と距離を置かないと。  幸いなことに、あと数日で自由登校になる。授業はもうないし、出席日数も足りている。  中学生時代の苦い思い出が脳裏をよぎる。  もうあんな思いはしたくない。 「もう、律のことで心乱されるわけにはいかない……」  おれは、体調不良ということにして、あと数日学校を休むことにした。  そう決めたら、少し心が軽くなった気がした。  スマートフォンに目を落とすと、律からの怒涛の連絡が届いている。 「もう、これ以上おれに構うなよ。あの子と仲良くな」  おれはスマートフォンに向かってそう呟くと、すべてを拒否するように、電源を落とした。  それから一時間もしないうちに、扉の向こうから、湧の音をあげる声が聞こえてきた。  『おかけになった電話は電波の届かない~……』というアナウンスが流れたのだろう。律から湧へ鬼電がかかってくるようになったらしい。   「兄貴ぃ……電話出てやってくれよ~。律が話したいことがあるって言ってんだよ~」 「おれはない。今日は体調が良くないから、さっさと寝る。もう話しかけてくんな」 「えー、さっきまで普通だったじゃないか~」  湧には悪いけど、もう返事をせずに無視を決め込むことにした。  律も律だ。仲良くしてる幼馴染がちょっと距離をおいたくらいで、ワーワー騒ぐなよ。おれは気を利かせて、距離を置いてんだ。もうこれ以上、心をかき乱さないでくれ。 「明日だけでいい。一日だけでいいから登校して、話聞いてやってくれ」  半分泣きそうな湧の声に、いとも簡単に決意が揺らいだ。強気の態度でいられないのが、おれらしいと言えばおれらしいのだけど。  懇願する湧の言葉に根負けしたおれは、「わかった」そう一言だけつぶやいた。

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