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06 靴箱と屋上

 一月最終日。  おれは(りつ)に会わないように、登校時間をずらして早くに学校に来た。  自転車のトラブル以降、律がおれの登校時間に合わせるようになって、そのうちなぜかそれが当たり前のように一緒に登校するようになった。  今までは別にいいと思っていたけど、律と距離を置こうと思っている今はだめだ。早朝からばったり会ったら、逃げられずにまた簡単に言いくるめられてしまう。  簡単に決意が揺らぐことのないように、自分自身にしっかりと気合を入れた。  ──と思っていたのに。  神様はおれを弄んでいるのだろうか。  目の前には、おれの靴箱をこっそり開け、何かを入れている律がいた。  流石にこれは無視できない。俺から声をかけて問い質さなければ。 「おい、律。なにやってんだよ?」  なるべく低く、なるべく機嫌の悪いような声を出した。いつものおれなら、こんな声は出さない。平和主義で喧嘩腰は嫌いだ。  でも今回は事情が違う。距離を置きたいと思っている律が、勝手におれの靴箱を開け、何かを放り込んだ。  その何かを確認するべく、ズカズカと靴箱の前まで行くと、隠そうとする律を押しのけて中身を確認した。 「律、なんだよこれ。まだ胸キュンシチュの練習をおれでやってるのか?」 「え……? ち、違います!」 「じゃあなんでだよ? お前は、あの子と上手くいったんだろ? 告白したいと思っていた相手に、告白されたんだろ?」 「ちょっ、先輩なんのことを言って……」  戸惑う律は、本当になんのことを言っているのかわからない様子だ。  あの告白の場面におれがいたとは思わないだろう。……覗き見みたくなってしまったのは申し訳ないけど。  胸キュンシチュの練習だろ? と、証拠を叩きつけるために、律の入れた手紙を開けて読むことにした。 『月島湊(つきしまみなと)先輩へ。放課後屋上に来てください。お話したいことがあります。一年A組 東雲律(しののめりつ)』  ほらやっぱりそうだ。ご丁寧におれの名前まで書いてある。ここまで忠実に再現しようとしなくてもいいのにな。  おれはゆっくり手紙をしまうと、律を見た。怒っているような、泣き出してしまいそうな、そんな複雑な表情をしていた。  昨日電源切ってまで無視したことを怒ってるのだろうか。それとも悲しんでるのだろうか。──おれにはわからない。 「先輩、お話があるのは本当です。放課後、屋上に来てください。すみません、僕、係の仕事があって行かなきゃいけなくて。……絶対ですからね、来てくださいね」  必死にそう言うと、何度も振り返りながら階段を登っていった。  昨日、(ゆう)に『一日だけでいいから登校して、話聞いてやってくれ』と言われた。  うんと頷いてしまった以上は、約束を破る気はないけど正直気は重い。  さっきはおれの言っている意味がわかっていない様子だったけど、おそらく話というのはそのことだろう。  好きな子と両思いになりました。ご協力ありがとうございましたってやつだ。  律は真面目だから、おれと湧に報告と御礼をしたいんだろうな。……ほんと、律儀なやつだ……。  それに比べておれは何をやっているんだろう。勝手に、律に裏切られたような気持ちになってしまったんだ。  幼馴染ということで恋愛相談され、意中の子にアタックするための練習相手になり、見事に両思いになったのになぜか律はそのことをすぐに報告してこなかった。  さっき問い質した時は、おれが知っていたことへ驚きとっさに誤魔化したのだろう。  でもなぜこんなにイライラするのかは、自分でも良く分からなかった。  おれは、はぁーと大きく息を吐くと、自分の教室へと向かった。 ◇  放課後。おれは約束通りに屋上へ向かう階段を登っていた。  薄情者と言われても良いから、もうこのまま引き返そうか。おれがこの学校を卒業して会わなくなれば、すぐ忘れるだろう。  屋上手前の踊り場に出た。この前律と女の子がいた場所だ。その前までは、おれと律のお昼の場所だったのに……。  はぁーとまた大きなため息をついたあと、屋上の扉のドアノブに手をかけゆっくりと回した。  扉を押すと、ギギギーっと軋む音がする。  今度はため息ではなく、大きく深呼吸をしてから屋上へ出た。 「湊先輩! 来てくれたんですね!」  とても嬉しそうな声がしたのでそっちを見ると、大きな尻尾をぶんぶんと振っている……ように見える律がいた。  特に時間を決めていたわけではないから、一体いつからいたのだろうか。 「いつから来てたんだよ。体冷やすだろ」  今日は比較的寒さが緩んでいるとはいえまだ一月だ。思わず律を心配する声をかけてしまった。  そしたら、目の前の大型犬律は、わふっとでも鳴いて喜びを身体全体で表すのだろうか。更に激しくふる尻尾が見えたような気がした。 「大丈夫です! さっき来たばかりです! 先輩こそ寒くないですか?」 「ああ、だいじょうぶだ。……それよりもさ、もう、おれで胸キュンシチュの練習はやめないか? そもそも、律の好きな子に振り向いてほしくて提案された作戦だろ? もう必要ないじゃないか」  おれは、雑談している時間は必要ないと思って、単刀直入に本題に入ることにした。

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