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07 律の家とあの日の言葉

月島湊(つきしまみなと)先輩」  (りつ)は改まっておれの名前を呼ぶと、真っ直ぐな瞳をこちらに向けた。 「僕からの話、聞いてくれますか?」 「あ、ああ……」  律の話を聞くというより、さっさとこちらから話をして、すぐ帰るつもりでいた。本当は、もうずっと距離を置いたままにしようと思ってたんだから。  だけど、こうも改まって名前を呼ばれまっすぐ見つめられたら、逃げてないでちゃんと律の話を聞いてやらなきゃって思った。 「先輩、ありがとうございます。……あの、屋上に呼び出しておいてなんですけど、すみません、夕方にもなると屋上って寒いですよね。場所を移動しましょう。先輩が風邪引いたら困ります」 「……え?」  覚悟を決めて、律からの報告を聞こうとしたのに、ここから移動??  さっきまで無理をしていたんだろうな。律を見たら、腕をさすさすとさすっている。たしかに、日が落ちてきて寒くなってきている。  そんな緊張感の緩んだ律を見ていたら、思わずぷっと吹き出してしまった。さっきまでの緊張はなんだったんだろう。  律は、こういう変なところで抜けていることがある。普通、少女漫画に出てくるような胸キュンチュなんて、本気で再現すると思うか? それなのに律は大真面目だった。頭はいいのに、抜けているところがある。言い方が悪いけど、愛すべきバカだ。 「そうだな。たしかに寒くなってきた。……いつものファミレスでいいか?」 「いえ、僕の家はどうですか? ……ちょっと、外では話し辛い内容もあって……」  ああ、緊張の糸が切れて忘れかけてたけど、これから律のプライベートな話をするんじゃないか。 「わかった。律の家に行こう」 「ありがとうございます!」  湧に連絡だけ入れて、律の家に向かった。  律の家に行くと、お手伝いさんが紅茶とケーキを持ってきてくれた。 「こんな時間ですけど、もしよかったら食べてください。あとで、夕飯も食べていってください」 「ああ、ありがとう」  そんなに長居するつもりはなかったのだけど、学校の帰り道に約束を取り付けられてしまった。やっぱりおれは律に甘いらしい。  大切な話を控えているけど、とりあえずケーキを頂くことにした。 「ご両親は?」 「仕事です。今は海外に飛んでるようで、半月ほど顔を合わせていません」 「そうか。ご挨拶したいと思ったんだけど、いないならしょうがないか」  律の両親は仕事で家を空けることが多い。小さい頃にも(ゆう)と何度か遊びに来たけど、ご両親に会えた記憶はほとんどなかった。だから兄弟のいない律は、おれを兄のように慕い、懐いてくれてるんだと思う。  律から話があると言われてるのに、おれから切り出すのはちょっとずるい気がするけど、これはやっぱり言っとかないと。そう思っておれは先に話をさせてもらうことにした。 「なぁ、今日もさ、胸キュンシチュを試してたけど、もう練習はやめて本命に実践したらどうだ?」 「……もう、実践してます」 「え?」  そうですねという同意の言葉が出てくると思ったのに、律は想定外の言葉を放った。あれだけおれにべったりついて回っていたのに、いつ本命に実践する時間があったんだ? 「僕の好きな人……振り向いてもらいたい人に、実践してます」 「……どういう……ことだ?」 「いつ気付いてくれるかなって、ずっとドキドキしながら待ってました。……でも、なかなか気付いてもらえなくて」 「だって、実践してた相手って、おれで。……でもお前が好きなのは、あの女の子で……」  律の言ってることと、おれの最近の出来事と照らし合わせようとするけど、理解が追いつかない。こいつは何を言ってるんだ?  律の好きなのはあの子で、告白も成功して、両思いになって……。 「僕の好きな人は、ちょっと鈍感なんです。……そこが可愛いところなんですけどね」 「鈍感って!」  律の言葉は、おれが言われたわけではないのに、なぜか言い返したくなってしまう。鈍感ってなんて言い草だよって。 「僕があんなにアピールしてるのに、なかなか気付いてもらえなくて。……だから、クラスメイトを利用させてもらいました。ヤキモチやいてくれるかなって」 「クラスメイト? やきもち?」 「あの転校生は、僕に恋愛感情なんて一切ないんですよ。興味があったのは、僕の頭脳らしいです。呼び出されたからなにかと思ったら、勉強教えてもらえないかって言われました」 「あの時の……!?」 「やっぱり見てたんですか。おかしいと思ったんですよ。急に避けられたから」 「別に、避けたわけじゃ……」 「ずっと練習だと勘違いしてるし、誤解して距離を取ろうとするし、焦っちゃいましたよ。──でも、今日話を聞いてもらえてよかった。湧には感謝しないとですね」 「そうだ! お前、鬼電しすぎだ! 湧が困ってたぞ!」 「先輩が出てくれないからじゃないですか」 「それは、おれはお前とあの子が……」  ──と、そこまで言ってはたと言葉が止まった。  この会話だと、まるで律のいう鈍感な人っておれみたいじゃないか!  律が恋愛相談をしたあの日の言葉が蘇る。 『ずっと気になっていたんですけど、やっぱり僕の気持ちを知ってほしいなって思って……』  脳内で何度も何度も律の言葉を繰り返した。考えれば考えるほど、ひとつの答えしか導き出せなかった。  律の好きな人は、おれ、なのか? 「僕の好きな人は、月島湊先輩です」  おれの脳内の声と、律の声が重なった。

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