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08 正解とトラウマ

 おれの考えている正解と、(りつ)の教えてくれた正解が一致した。 「ええええー!?」  思わずおれはまぁまぁ大きめの声で叫んでしまった。律の家がだだっ広い一軒家で良かった。多分誰にも迷惑はかけてないはずだ。  目を大きく開いて、目を白黒させるおれを見て、律はくすくすっと笑った。  そしておれの手を取り、手のひらにチュッとキスをした。 「(みなと)先輩、大好きです。子供の頃からずっと好きです」 「お、おう」 「僕が振り向いてほしくて、胸キュンシチュを実践したいのは、先輩だけです」 「お、おう」 「僕のトラウマを解消してくれたのも、ストーカー行為をしたくなったのも、先輩が初めてです。最初で最後です」 「お、おう?」 「僕が先輩を好きになった理由、聞いてもらえますか?」 「わ、わかった」  律がおれを好きという事実がまだ受け入れられない状態で、どんどん話は進んでいく。頭ではまだ理解しきれていないのに、心臓の鼓動はどんどん大きくなっていた。心と体がなんかチグハグだ。  だから、律の話をしっかりと聞いて、心の中を整理しようと思う。何やら物騒なワードも聞こえてきたけど、それについては追々ということで……。 「僕の家庭事情、先輩は知ってますよね」  そう言って、律は話しだした。  忙しい両親の代わりの家政婦さんはとにかく怖い人で、ちゃんと話せなくて怒られて、怒られるのが怖くてもっと言葉が出なくなっての悪循環だった。  それがトラウマになって、幼稚園でも言葉が出ずに、煙たがられていじめられて孤立してしまった。 「僕は幼稚園に行くのがすごく嫌で、遠足なんてもっと嫌でした。両親は忙しくて参加できないし、先生は他の子を見なくてはならないし。あの日も僕は隅っこで大人しくしていました」 「ああ、覚えてる。おれ、小学生だけどちょうど休みの日だから、湧の遠足について行ったんだよな」 「そんな僕に手を差し出して『一緒に遊ぼう! 僕たち今日から友達だよ』って、太陽のような笑顔でそこから連れ出してくれたんです。こんな僕でも友だちになってくれる子がいるんだ、こんな僕でも一緒に遊んでいいんだって、すごく嬉しかったんです。僕のトラウマは、先輩のこの言葉で少しずつ解消されていったんです」 「え? そんな言葉で?」 「先輩にとっては、当たり前にかけてきた言葉なのかもしれないけど、僕の人生はその言葉で救われました。……その日から先輩は、僕の憧れで、大切な人になりました」  おれのあんな何気ない言葉で、律は救われたというのか。いまだに気持ちの整理はできないけど、でも、真っすぐでキラキラした瞳を向けられると、おれの心まで明るくなっていく。 「僕の人生の殆どが、先輩で出来ています。先輩が大好きすぎて、先輩を感じていたくて、先輩にお借りしたタオル、洗わずに大切に持っています」 「はっ? ちょ、それは流石に洗えよ!」  せっかく感動の話を聞いていたのに、何やら雲行きが怪しくなってきた。そういえばさっきストーカー行為がなんとかって言ってたような……。 「小学生の時に、湧の代わりに持ってきてくれた連絡帳とか、幼稚園の時の遠足で作ってくれたシロツメクサの指輪とか、……これは押し花にしてもらいましたが。先輩が美味しいと言っていたお土産の包装紙とか、先輩の隠し撮りとか、学校の発表会の時の音声録音とか、まだまだコレクションありますよ?」 「えっと……」 「先輩の後をつけて、よく行くコンビニとか本屋のチェックしたり、この高校選んだのだって、先輩がいたからです。一年だけだけど、一緒に通いたくて受験したんです」 「おかしいと思ったんだよ。律お前、学年トップだったろ? なのになんでこの学校に入学したか不思議だったんだよ」 「先輩より早く登校して、先輩の机に座って、先輩の荷物触らせてもらっていいにおいするし……」 「おれのいないところで、そんなことしてたのか?」  ストーカーという単語を聞いた時から嫌な予感はしたが、律の口から出てくる内容はますますエスカレートしていく。  でもなぜか、怒るとか気持ち悪いとか、そういう感情は全く湧き出てこなかった。笑いながらお前キモイなってツッコミを入れられそうなくらい、おれの心は晴れやかだった。 「謝らなきゃいけないことがあるんですけど……」  意気揚々と話していた律が、急にしおらしくなった。なにを今更。ここまでのキモいことをしておきながら。 「もうこの際だから、全部暴露しろよ。受け止めてやる」 「先輩、優しいです。ありがとうございます。……えっと、あの自転車の空気なんですけど、あれ細工したのは僕です。傘をバックから抜き出して机に入れておいたのも僕です。早朝の机の匂いを嗅いで英気を養っていたのも僕です」 「そっかそっか。あの偶然にしちゃあよくできてたあの胸キュンシチュはそういうことか。……でも律、机の匂い嗅ぐのはちょっとやめとこうか? まさか流石に舐めてはいないよな?」  おれの問いかけに一瞬止まる律。おい、マジか。  こんなにおかしな事実を目の前にしても、もう逆に楽しくなってしまった。ここまでしておれと一緒にいたいんだなって思うと、変な笑いが込み上げてくる。  ははは、おれも大概だな。

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