1 / 15

第1話

2階の自室、ベッドの上。 俺は布団にくるまってぬくぬくと眠っていた。 そろそろ起きなきゃ。 さっきスマホのアラーム鳴ったし。 あれ、俺、2回目のスヌーズを止めたんじゃなかったか。 いや、まずいだろ。 起きなきゃ・・・また・・・あいつらが・・・。 「ナオ、起きろ。いい加減俺だって我慢の限界だぞ」 ああ・・・すごい近くで声がする。 起きなきゃ・・・俺にとって良くない事が起こる前に。 「起きないの?ならもっとシしていい?ねえ、いいよね・・・」 耳元に甘ったるい声を流し込まれ、布団の中に潜り込んできた手が、パジャマの中に入ってくる。 素肌を(まさぐ)る自分のものでない体温に、びくっと覚醒した。 「・・・ょくないっ!」 眠気とともに、俺に覆い被さっていたやつらを押し退()ける。 ・・・と言っても、体格差もあってかほんの少し押し返せただけなんだけど。 「起きたか?ったく、何度寝する気だよ」 「ほら立って、顔洗いに行こ」 俺をベッドから無理やり引っ張り出しているのは、茜霧(あかぎり)(なぎ)と茜霧(なみ)。 ナギとナミは一卵性の双子で、隣の家に住んでる幼馴染だ。 双子はやっと立ち上がった俺の手を引き、洗面所に連れて行く。 「引っ張んなよぉ」 「引っ張らねぇと付いて来ないだろ」 「ナオ、抱き上げるのは嫌だって泣くし」 「泣いてねぇ」 俺の名前は青木(あおき)南風(なお)、今月から高校1年、ナギとナミは2年。 歳の差だけでは納得できない体格差があり、双子は昔からすぐ俺を抱き上げる。 中学生になった頃から断固拒否してるけど、油断するとすぐ・・・。 「ぅあっ!?」 「もたもたしてっからだ」 ナギに抱き上げられた。 ほんと屈辱・・・。 洗面所で下ろしてもらい、顔を洗って歯を磨く。 その間にナギは俺の髪を()かし、ナミはパジャマを脱がせにかかる。 「自分でできるってば」 「嘘つけ。寝癖付けたまま登校するつもりか?」 「早く着替えさせなきゃ遅刻しちゃうよ。ナオ食べるの遅いし」 そのまま双子によって制服を着せられ、今度はナミに抱き上げられて階段を下りた。 「だから、自分で歩けるって」 「抱っこした方が早いでしょ」 「俺たちの方が脚長いからな」 「俺の脚は短くないっ!」 双子は身長182cm、俺は158cm。 まだ諦めてはいない。 これからぐんぐん伸びるはずなんだ。 「まったく、嫌ならアラーム止めた時点で起きなよ」 「スヌーズ2回も鳴ってんのに、平気で三度寝すんな」 「三度寝までは俺的にセーフなんだよ」 1階のダイニングキッチンに着くと、ダイニングテーブルには既に朝食が並べられていた。 この朝食も、双子が用意してくれてる。 「あのさ、何度も言ってるけど、俺、高校生になったの」 「「だから?」」 だから?じゃねぇ。 つか声揃えんな。 3人で朝食を摂りながら、今月に入ってからほぼ毎日繰り返し言ってきた事をまた繰り返す。 「もうひとりで起きて、飯食って学校行けるから、わざわざウチ来て世話焼かなくていいってば」 「「無理」」 だから、声揃えんな。 あと無理って断言すんな。 双子は昔からずっと、俺の世話を焼いてくる。 小学生の頃はそれが当たり前だと思い込まされていたけど、中学生になっておかしいと気付き、高校生になったし全部自分でできると強く主張してるんだけど、変わらない。 「無理じゃないってば・・・」 「ナオ、お前がさっき起きるまで俺たちにナニされてたかわかるか?」 「は?俺がアラーム止めて三度寝してんの見てたんだろ?俺はあと1回鳴ったら自力で起きるつもりだった」 「見てただけだと思ってるなら、やっぱり無理だね」 他になんかしてたのか? 踊ってた? 歌ってた? それで起きなかった俺、確かに無理・・・いやそんな事ない。 「見てただけじゃないって、なに?変顔してたとか?」 「「違う」」 声を揃えて否定するな。 じゃあなにしてたんだ? 「「ベロちゅー」」 「・・・んぐっ・・・ごほっ・・・ば・・・っかじゃないの!?」 この双子は去年、高校生になって通学先を(たが)えた頃から俺にセクハラし始めた。 手を繋ぐとかハグするとか頭撫でるとかスキンシップは昔から多かったけど、額や頬にキスしてきたりとか、やたら匂い嗅いできたりとか、服の中に手を入れてきたりとか・・・。 だから高校は違うとこ行こうと思ってたのに、海外赴任してる両親から「心配だからナギナミと一緒の高校に行きなさい」と言われ、再び同じ学校へ通う事になってしまった。 「まじでしたのか!?シャレになんないんだけど!?」 「シャレのつもりはない、本気(まじ)だ」 「どっちがファーストキスの相手だと思う?」 「知るかっ!セクハラはやめろっ!!」 朝食を食べ終えた双子は、コーヒー飲みながらしれっとアホな事を言う。 俺は男だし、別にファーストキスを大事にするとか乙女な考えはないけど、だとしても度が過ぎてないか? 俺は咀嚼したトーストを牛乳で流し込んだ。 「ナオは口が(ちい)せぇから食うのも(おせ)ぇんだよな」 「ベロちゅーするとちょっと苦しそうだもんね」 「ふぁまえ(黙れ)!」 くそ、人が寝てる隙になんて事しやがる。 「あ、そうだ、検査日のお知らせが来てたよ」 「来週の火曜。俺たちも一緒に行くから」 「んぅ?・・・なんで?ひとりで行ける」 ナミから手渡されたハガキを確認する。 行政から届く、義務教育を終えるまでにバース・ダイナミクス検査を受けていない人に届くやつだ。 「ナオがSubだったら俺が必要だろ」 Domβのナギが言った。 お前、俺にコマンド使う気か・・・? 「ナオがΩだったら僕が必要でしょ」 Normalαのナミが言った。 それってつまり、発情期の相手って事・・・? 「・・・いっ、いやいや!俺もDomとかαかもしれないじゃん!」 「「それはない」」 声を揃えるなってば。 まあ俺も、自分がDomとかαだとは思ってない。 「はいはい、俺は絶対Normalβだよ。だからお前らは必要ない」 「「絶対必要」」 双子の根拠のない自信をスルーして、やっと朝食を食べ終わった俺は、食器を片付けて玄関へ向かった。 双子と一緒に玄関を出ると、ナミが俺の家の鍵を閉める。 ナミが持ってるのは俺が持ってた鍵なんだけど、小学生の時に失くした事があってから、俺は持たせてもらえなくなった。 失くしたと言っても、茜霧家のリビングに落ちてたんだけど。 「行くよ、ナオ」 「手ぇ繋ぐか?」 「繋がない」 俺はいつも通り双子に挟まれて歩きながら、駅へと向かった。

ともだちにシェアしよう!