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推しを絶対幸せにしてみせる!

(そのネイトと俺が結婚?どうなってんだ……) 今がゲームのどの段階なのかすらわからない。 それさえわかれば、ノエル()の置かれた状況が少しは理解できるかもしれない。 「ノエル様、お医者様をお連れしました!」 女性が戻ってきて意識を引き戻す。後ろにはたしかに医者らしき人物がいた。 「検査を行いますので椅子にお座りください」 促されるまま椅子に腰掛ける。 とにかく状況が知りたい。なにか質問しなければいけないと考えていたとき、医者がゆっくりと口を開いた。 「ご自身のお名前をフルネームで答えられますか?」 「え、えーと……ノエルとしか……」 「ふむ……。そうですか。なにか思い出せることはありませんか。なんでもかまいません」 「えーと……質問してもいいですか?」 「ええ、かまいません」 「エアリス様は今どちらにいますか?」 エアリスは主人公の初期設定ネームだ。 まずは本当にこの場所がセイントナイトの世界なのかを確かめる必要がある。エアリスの行動パターンを聞けば、攻略キャラとストーリーの展開がわかるはずだ。そうすれば自ずと時系列もわかってくる。 「エアリス様はフェイブル様と婚姻の儀式を上げたばかりですので、現在はフェイブル様の所有するお屋敷におられるはずです。不思議ですね。ご自分のことは覚えておられないのに、エアリス様のことは覚えておられるとは。お二人に接点はあまりなかったはずですが……」  「え、あっ、あはは……混乱しているようです」 転生したとは言えないため、曖昧にごまかす。 攻略キャラが第一王子であるフェイブルだということはわかった。しかし、問題は既にエンディングを迎えたあとだということだ。ネイトの状況はエンディングによって大きく異なる。結婚式を上げたということは、好感度100%の状態でエンディングを迎えたということだ。その場合、ネイトは二人を祝福した後一生をかけてエアリスを守ると誓う。 つまり、ノエルとの婚姻は完全な政略結婚ということ。 細かなキャラの設定などは覚えている。それがどれだけ役に立つのかはわからない。 しかし、エンディング後だとわかったことは大きな収穫だ。 公式が発表した情報によると、セイントナイト2はエンディング後から始まるらしい。 ──どうせなら序盤だけでもプレイしておきたかった。 その後も軽い検査を行い、高熱による断片的な記憶の欠如だと診断された。日常生活には支障がないらしい。 医者が去ると、この先どう過ごしていくべきなのか考え始める。 まずは自分のことだ。 ノエルの本名はノエル・シモンズらしい。記憶が正しければ、そのような名前のキャラはゲーム内に登場しないはずだ。セイントナイト2の前情報にも載っていなかった。 (つまり俺ってモブに転生したってことだよな) モブなのにネイトと結婚とは、運がいいのか悪いのか……。 そういえば、ドラマCDのオリジナル脚本で、ネイトがエアリス以外の人物と婚約するエンドストーリーがあったはずだ。エアリスへの思いを断ち切るため、王様から薦められた縁談を受ける。けれど結局、その相手が病による高熱で亡くなってしまい、エアリスへの気持ちを断ち切れないというストーリーだったはず。 このエンドストーリーを聞いたユーザーが『やっぱり永遠の二番手』という言葉を乱用し、SNSでトレンド入りまでしてしまったほどだった。 「って、もしかしてそのキャラが俺!?」 今更ながらそのことに気がついたノエルは、自分が転生したことによりストーリーが大きく変わってしまったのではないかと戸惑う。 もちろん推しを目の前で愛でることができるというのは、心を大いにくすぐる。けれど遠くから眺めて、ニヤニヤしている方が性に合っている。 それにノエルは本気で、ネイトの思いが叶うことを願っていた。 「決めた!こうなったら俺が推しをハッピエーンドに導いてみせる!」 大きくガッツポーズを決めたノエル。 「推しとはなんのお話ですか?」 「わあぁ!」 話しかけられて肩を跳ねさせた。まだ使用人の女性がいたことを忘れていた。 「な、なんでもない!というか、あなたの名前を聞いてなかったですよね」 「本当に忘れてしまったのですね。私はシルビィといいます。ノエル様の専属メイドです」 「シルビィさん……」 「敬称は不要です。ノエル様が目を覚ましてくださって本当によかった」 瞳をうるませるシルビィを見ていると、胸が苦しくなる。名前すら登場しないモブでも、家族や生活がある。ここはゲームの世界ではない。現実なのだ。 そのことをこの瞬間教えられた気がした。

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