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第1話:ただ、そばにいてくれた
朝日が差し込む病室の窓。
天井はまぶしいほどに白くて、
「これは夢の続きなんじゃないか」って、まだ信じきれないままだった。
──僕は、生きてる。
自分の命が戻ってきたことが、
うれしいとか、助かったとか、
そんな感情とはまったく無関係で、
ただただ、息があるという重さだけが胸にのしかかっていた。
•
退院しても、家に戻っても、
世界はなにも変わっていなかった。
母は短く「おかえり」と言って、テレビのリモコンをいじっていた。
僕は、部屋にこもった。
SNSはすべて閉じた。
LINEの通知だけが、たまに明かりを灯して、
既読もつけずにそっと閉じた。
誰も、僕に会いたがらない。
僕も、誰にも会いたくない。
そう思っていたはずだった。
•
画面がふるえた。
久しぶりに見る、あいつの名前。
《まだ生きてんのか。おまえらしいな。》
文字はぶっきらぼうで、
心配も気遣いもにおわせない。
でも、なぜだろう。
その一文だけで、喉の奥がぐっと詰まって、涙が出そうになった。
──覚えててくれた。
•
駅前の公園。
あいつはベンチに座って、缶コーヒーをくるくると指で回していた。
僕を見つけても、立ち上がりもしない。
ただ、「おせーよ」って口だけ動かして、
もう一本、未開封の缶を足元から拾いあげた。
「甘いやつ。おまえ、まだブラック無理だろ?」
僕は、何も言えずにそれを受け取った。
手が、ほんの少しふれて、
あたたかい缶の温度といっしょに、生きてる体温が流れ込んできた気がした。
•
黙ったまま、ふたりで歩いた。
どこに向かうでもなく、ただ並んで。
その沈黙が、ひどく心地よかった。
「おまえさ」
急にあいつが言った。
「死にかけて、何か変わった?」
僕はうつむいたまま、小さく首を振った。
「……変わってない。
むしろ、何も感じなくなった」
「ふーん」
あいつはそれだけ言って、空を見上げた。
•
帰り道、僕の手に、あいつが小さな飴玉をそっと握らせた。
「コンビニで見つけた。
おまえがガキの頃、よくこれ食ってたろ?」
包み紙のレモンのイラストが、くしゃっと笑って見えた。
「……なんで、そんなの覚えてんの」
そう言った僕の声が震えてて、
自分でもびっくりした。
「さあ。おまえが泣きながら俺の分も取ってきたからじゃね?」
くすぐったいような空気が、胸の奥を通り過ぎていった。
•
夜。
飴玉を口に入れた。
すっぱくて、甘かった。
涙が出た。
理由なんてなかった。
ただ、
あいつの手のぬくもりが、まだ残ってた。
•
そのときは、まだわかっていなかった。
どうして僕は、
“あいつといるときだけ、ちゃんと生きてる感じがする”のか。
ただ、
この人がいるなら、もう一度くらい、生きてみようか──
そう思ったのは、たしかだった。
(第1話・終):
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