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 第2話:あの手のぬくもりを、忘れられなかった

あれから、何度もレモンの飴を舐めた。 ひとつずつ、ゆっくり溶かして、思い出すのはあいつの声だった。 「おまえ、まだブラック無理だろ?」 たったそれだけの言葉なのに、どうしてこんなに胸がぎゅってなるんだろう。 僕はべつに、恋なんてしてない。 してるはず、ない。 だって、あいつは“普通”のやつで、僕は──僕なんかで。 • 次の日も、外に出てみた。 無理してるわけじゃなかった。 ただ、あいつと話した時間が、 「外の世界って、まだほんの少しだけなら怖くないかもしれない」って、そう思わせてくれたから。 公園の隅っこに座って、ただ人の声を聞いていた。 子どもたちの笑い声、自転車のブレーキ音、犬の吠える声。 なんてことのない音が、今は不思議なくらい、心にしみてくる。 • スマホを見た。 通知はなかった。 でも、それでもいいって思えた。 「会いたいな」って思った。 声に出したら、なんだか自分がとても生きている気がした。 こんなふうに誰かを想って、誰かの顔を思い浮かべて、 それだけで心が動くなんて── 「……どうしちゃったんだろ、俺」 そうつぶやいたら、涙が一粒だけ、頬をすべった。 でも、それは悲しみじゃなかった。 なんていうか、もっと……あったかいものだった。 • 帰り道、空は少しずつ夕焼けに染まっていた。 オレンジ色の雲を見上げるのなんて、どれくらいぶりだろう。 息が白くなるにはまだ早い時期だったけど、肌にあたる風は少し冷たかった。 あいつは、今なにしてるんだろう。 もしかしたら、ゲームでもしてるのかな。 あの雑なLINEの文面が、ふと恋しくなる。 「また、会えるかな……」 言葉にしたとたん、風にかき消された。 でも、もしもまた会えたら──今度は少しだけ、ちゃんと笑える気がした。 • 家の扉を開けると、リビングの明かりはついていなかった。 いつも通りの無人の空気。でも、なぜか今日は、それが“ひとり”に感じなかった。 「ただいま」 誰にともなくつぶやいた言葉が、壁にやさしく反響して返ってきた。 胸の奥に、小さな火がともっていた。 それはまだ、すごく弱くて、風が吹いたらすぐに消えてしまいそうで── でも、たしかにそこに“灯ってる”。 • 僕は、また明日も、生きようと思った。

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