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第9話

 打ち上げは後日にしようとの提案は、案の定却下され、佐藤は横山の自室に足を踏み入れていた。今日はいろんなことがありすぎた。正直、佐藤のキャパシティはオーバーしている。 「……と、わっ?」  急に背後から抱きしめられて、佐藤は声を上げる。抵抗は抑え込まれ身動きとれない。玄関に散らばるビール缶と申し訳ていどのつまみ。プルタブを開けるときに覚悟が要りそうだと、くだらない心配をする。 「びっくり、するだろう。……おい」  普段は身長差から見られないつむじを新鮮な気持ちで小突く。さらに強く抱きしめられ、抗議を上げる。  予定よりだいぶ時間が遅くなってしまった二人打ち上げは、飲み屋に行くよりも宅飲みとなった。その方が潰れてからも楽だし、明け透けなく仕事の話もできるだろうと快諾して横山宅の扉をくぐった途端コレだ。よくよく考えなくとも、以前と似たような(わだち)を踏んだ気がしないでもない。 「聞いてる?」 「離しません」  目をパチクリとさせた佐藤は、強い瞳に射貫かれる。 「佐藤さ――秋生さん、あなたを愛しています」  言葉が解らない。突然の告白に、佐藤は目をしばたかせる。 「冴えないおじさんで、消去法で中間管理職を任されたと思っていて、他人には甘いくせに全然自分は甘えるのができなくて、驚くほど自己肯定感が低くて」  佐藤が口を挟むことをよしとせず、続けられる。むしろ本当のことなので、否定できない。 「同性であることも、年上で年齢差があることも、結婚離婚歴があることも、すべて承知です。まだまだ未熟ですが、俺と一緒に生きてください」  左薬指に口づけを落とされる。何かの誓いのように。 「……もの好きだね」  どこから突っ込んでいいのか、脱力してしまう。顔を覆おうとする手は阻止され、年甲斐もなく熱を帯びる顔をさらされる。 「僕がきみを選ばないかもしれないって、考えはないの?」 「ありません」  たいした自信だ。 「若い子にすればいいのに」  人当たりも見目も良くて仕事ができるだなんて、よりどりみどりであろう。 「充分魅力的ですよ。本当に秋生さんが俺のことを嫌いで欠片でも考えていなかったら、こんな話をする隙すらないです」  そのまま手を引かれ、手のひらに唇を落とされる。いい加減離してくれないだろうか。 「……え、」  さも当然のようにサラリと言われて戸惑う。 「ひとつの事柄から色々引き出していく人でしょうが、あなた。しかも勘もいい。手本にして、ひとつひとつ考えるようにしました」  確かに空気や雰囲気が変わるときは何となく解るが、それは横山の感情表現が豊かだからではないのか。  呆然としたのが伝わったのか、頬を包まれて意識を戻される。 「俺にこんな話をする機会を与えてくれるってことは、無意識だとしても容認してくれているってことですよ。――ソレが答えでしょう?」  息をのんで、静かに見開く瞳。 「あなたは隠すのが上手いので、とてもわかりにくいですが」  とっくに知られていた、彼への心。  自分の知らない自分を暴かれ指摘されて、驚くやら恥ずかしいやら。うつむこうとした火照った顔も、大きな手に捕らえられて叶わない。 「……ずるい、ね」  特別隠していた訳ではないが、すべてが横山によってさらされる。 「……なら、なん、で。あの時、いなかった……?」  ポツリと漏れた声は、思いのほかちいさかった。 「あの時?」  横山が本社に赴く前日。互いに酔って行為に及んだとはいえ、気づいたらベッドに一人きりというのは、なんとも苦い思い出だ。あまいピロートークがしたかった訳ではなく、ただなんとなくもの悲しかっただけ。 「……あ、いや、何でも――」 「秋生さん?」  うっかり滑った口を閉ざそうとするが、不問にはしてくれないらしい。にこやかな男前が怖い。無様な顔をさらす気にならず、せめてもと視線を泳がせる。 「……あ、あの時、一人でベッド広かったなって、思っただけ……っん、ぁ……」  しどろもどろな言葉尻は、相手の口腔内に消えていく。 「……っく、そ! なんで、こんなにかわいいんだ!」  おじさん捕まえて、目が腐っているのではないか。 「好きです! 俺も秋生さんを置いて行きたくなかった! むしろ一緒につれて行きたかったし、俺も日本に残りたかったっ! 毎日連絡したかった! くっそ、課長め!」  早口でまくし立てながら剣呑に唸る。視界の隅に小さく映る缶ビールに気づいた時には、ベッドに乗り上げていた。  手のひらの筋から外に向かって、指を沿われる。指先を掬われ、恭しく唇をつけられ、軽く食まれる。 「……ぁ、」  ちいさな痛みを覚えた直後、道筋を逆戻りするかのように舌を這わされる。 「愛しています」  反応ひとつひとつを零さないように、強い視線で佐藤を射貫きながら。 「抱きます」  先ほどの深いキスで燻っていたネツを、あぶり出される。  徐々に体幹に近づく、横山の口づけ。  散りばめられる跡が熾火(おきび)となって、佐藤を苛む。 「……ぁま、まってぇ……」  息も絶え絶えに相手の胸に手をついて制止をかければ、不満げな男が顔を上げる。 「……いやですか?」 「っち、ちが! ……く、て……」  上手く回らない舌に、もどかしさを覚える。 「……ぼ、ぼく、も……ちゃんと、あの、す、好きだか――ぅんんンーっんン!」  口唇を割られ、逃げる舌を追い詰められた直後、グッショリと絡められ爆ぜる思考。時折あまく立てられる歯に、無意識に肩を跳ねる。ワイシャツに縋りついていた指先は、力なく絡めるだけに。唇の感覚がなくなったころ、佐藤の鼻先では男がジッと様子を窺っていた。 「手加減、できませんから」  油を差したようなギラツク瞳で、男は言い放った。 「……ん、ぅン……」  煙った頭で考えようとして、でもまとまらなくて。逸れた意識を咎めるかのごとく、しびれるほど舌を吸われる。 「……ぁ、ん……っふ、ぁぁ」  溺れて求める先のワイシャツに深くシワを刻む。 「んんンんぅぅ……」  引いた銀糸と問いかけを押し込むように、再び貪られ言葉を塞がれた。覆い被さるようにのしかかられて、股には膝が入れられて逃げ場がない。されるがまま、震えるだけ。  霞む意識になった頃にやっと解放され、佐藤は息も絶え絶えだった。  舌なめずりする男がいる。 「っあ、もぉ……ゃあ、だぁぁ……」  すすり泣きながら、佐藤は男に懇願していた。  強制的に腰を上げさせられた姿勢で指で舌で後ろを探られ、ローションなのか唾液なのか先走りなのか解らない液体に塗れていた。  溢れた涙は眦を伝わず、大粒で落ちていく。その行方でさえ、滲んだ視界では映し出せない。上半身を支える力のなくなった指は無意味にシーツのシワを深くする。 「……ぁ、……ぁあ」  以前横山との行為の後、誰とも寝てないほど身ぎれいではないが、それでもだいぶご無沙汰だった。だが、抜きあいだけでは終わらないだろうとも予感する。 「……っひぃィッ!」  逸れた意識を(とが)めるように、内部に埋められた指にシコリを執拗に攻められる。  捩る腰は強い力に阻止され、背筋に受ける口づけでさえ毒。時折摘ままれる胸の頂きに、悲鳴を上げる。はじめは抑えていたはずの声は、閉じることを忘れた唇からあまく溢れる。快感が体内で暴れ狂い、霧散させようと振る頭もシーツに軽く髪の音を立てるだけ。 「……あきお、さん」  大きな手のひらに臀部をもみしだかれる。すべてを晒される。 「愛しています」  ぶれる視界。ひっくり返され見上げた先では、真っ赤な舌がゆっくりと口角を舐め上げる。 「……っぁ、ぁあぁぁああっ!」  ――アツ、イ。  白く弾けた意識が戻った頃には、どこか遠くで高い声が響いていた。 「……起きました、か……?」  抱えた何かに横山が歯を立てる。痛みによって、それが己の足であることに遅れて知らされる。 「……ぁ、ん……ぁあっ! よこ……っぁあ!」  滴る汗にすら、肌を震わす。  突き刺す動きから、探るようにして回される腰にのけぞってもがく。溺れて縋った腕は、自分と同じネツを持っている。 「ん、……ぅ、はぁ、ん……ぁ、ん……あ、ああ、あ、あっ」  動きと共に吐き出す息が早くなる。終わりが近いことにすら気づけない。  点滅する視界で男が微笑んだ。 「あなたを、愛しています」

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