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第45話
ぼくは思い出を振り払うように立ち上がった。もう少し頭をクリアにしたくて花園を歩き回る。すると、奥の小高い丘の上で寝転がる男の人の姿を見つけた。
遠くからでもわかった。体が、あれはハイリだと伝えてくる。
髪を一束に結った姿を見るのは久しかった。丘の上で目を閉じている様はまるで高貴な猫が昼寝をしているように見えた。だからぼくは足音を立てないようにそっと近づいてその美しい横顔を眺めた。
くっきりとした二重の瞼が開く素振りはない。形の整った唇からは静かに息が漏れていた。その吐息すらも懐かしく思って、思わず手を伸ばしてしまった。
「ん」
ぴく、と瞼が痙攣したと思うとその瞳は静かに開かれた。まだ焦点の合っていない翡翠の瞳は、近づいたぼくの顔を黙って見つめているだけだった。
「ハイリ。ぼくだよ。オズだよ」
今ならきっと届くはずだ。そう信じて名前を伝える。しかし、ハイリは一瞬眉を顰めてぼくの前で体を起こすだけだった。
「なんだ。またおまえか」
「っ」
伝わってない。ちゃんと伝えなきゃ。
ぼくはそう思い直して捲し立てるように言った。
「スウェロニア家に拾ってもらった炭鉱の街の子どもです。ハイリと一緒に何度もゾフの散歩に行きました。ぼくはそのときの使用人です。覚えていないなんて嘘ですよね?」
するとハイリは一瞬目を見開いて口を開けた。
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