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第1話
「じゃあ、俺帰るから」
ベッドでこちらに背を向けて寝ている背中に声をかける。
「もう帰るの?」とか「泊まっていけばいいのに」とか言ってくれていた可愛い青年はもういない。
俺は、相手に聞こえないように細く溜息を吐くと、ドアを開け、冬の凍える空気に身をすくめながら駅まで歩く。
ギリギリ、終電に間に合うだろうか。
俺がこの部屋の主と出会ったのは1年以上前だ。
就職を機に東京に出た俺は、22歳にして孤独に打ちひしがれそうだった。
だが、狭い地元では生きられない。
俺がゲイだと自認したのは中学3年の時だ。
「好きなやつとかいんの?」
そう親友に訊かれた俺は黙り込んでしまった。
だって…、どの女子よりも、親友(男)が好きだと思ったから。
でも、そんなことは普通じゃないと分かる年齢だったことが幸いだった。
公言しなかったおかげで、地元でゲイばれすることなく、穏便に上京できた。
俺のマイノリティを知っているのは、顔も知らないゲーム友達の”きょんちゃん”だけだ。
大学時代にネットでゲーム募集を掛けた時に、めちゃくちゃ意気投合して、しばしば二人で虚無ゲーに興じた。
そのド深夜の回ってない頭で話している時に、なんとなく恋バナになり、うっかり口を滑らせてしまった。
が、なんときょんちゃんも、ゲイだった。
きょんちゃんなんて名前だけれど、立派なネカマであるうえに、リアルでもオネェだった。
だから、就職で地元を出るときにきょんちゃんの周辺に行こうかとも思ったけれど、彼は九州に住んでいるため、親から「頼むからそんな遠いところに行かないでくれ」と泣きつかれ、断念した。
きょんちゃんは「たまに遊びに行ってあげるから、親泣かせちゃだめよ。あたしはめちゃくちゃ泣かせたけど」と励まされた。
上京してからもきょんちゃんとはたまに通話をする。
きょんちゃんは、夜、ゲイバーで働いているから、大学生の時は比較的、ゲームする時間が合っていた。
けれど、俺は一般的な日勤・土日休みの会社に就職したため、社会人になってからは、なかなか時間が合わせられなかった。
ゆえに、俺の孤独は加速してしまった。
そんなことをきょんちゃんに相談したら「東京にいるなら二丁目に行くなり、マチアプするなり、色々あるでしょう」とアドバイスをもらい、早速アプリに登録した。
ゲイ向けのアプリをいったんインストールしたけれど、あまりにヤリ向けすぎて、ひよって退会した。
そこで、男女向けの性的指向が選べるアプリをインストールした。
東京とはいえ、なかなか”恋愛対象:男性”の男性は見当たらなかったが、たまたま同世代の”恋愛対象:どっちも”という男性を見つけた。
散々きょんちゃんには「バイとゲイじゃ全然話が違う。会ったところでストレートのゲイなんて弄ばれて終わり。結局あいつらは女が好き」と脅された。
でも、別に俺は恋愛的な意味で、どうこうなろうという気持ちはない。
ただ、「男が好き」だと言っても引かない男友達が欲しいのだ。
まあ、恋が出来たらそれは嬉しいけれど。
で、出会ったのが高堂くんだった。
彼はめちゃくちゃイケメン、高身長で、頭の回転が早く、第一印象が"モテそう"だった。
実際にめちゃくちゃモテていた。
初対面の日、彼に乗せられるまま、あれよあれよと居酒屋を何軒か梯子し、泥酔した朧げな記憶でホテルに行って性交渉をし、朝を迎えていた。
「え…?」
隣で眠る青年の顔を凝視する。
本当にイケメン。
ってか、え???
俺、抱かれたの?
いや、貞操を散らしたことについては、むしろ、卒業できて嬉しかったし、諦めていたことが叶って天にも昇る気持ちだった。
一つ気になるのは、高堂くんの気持ちだ。
俺に少しでも好意がある…、わけないか。
こいつは多分、めちゃくちゃモテる。
じゃあ…、あれか、体目的。
でもなんか、それもピンとこない。
俺の体に魅力なんかない。
他と違うことがあるとすれば…、男で、上京したてで無知…
それだ!
たぶん、都合が良かったのだ。
顔が良いと、色々と苦労しそうだもんね。
うんうん、と納得していると、彼が起きた。
「おはよ」
「あ、え、おは、おはよう」
俺がどもりながら答えると、彼はふっと笑って「変なの」と言った。
その神々しさたるや!!
「体、へーき?」
「あ、はい。お気遣いなく」
昨日のあれやこれやを思い出して赤面していると、
「昨日はあんなに一緒にいたのになんで急に敬語?
仲良くなれたと思ったの、俺だけ?」
不貞腐れた高堂くんも素敵…、じゃなかった。
見とれて呆けた自分に喝を入れる。
「ああいうの、初めてで、ちょっと緊張してて…
その、これからも仲良くしてくれるの?」
おずおずと聞くと、彼はにっこり笑って頷いた。
「勿論。俺は来る者は拒まないよ」
「そっかぁ、へへへ」と笑って二人でホテルを出る。
ラのつくホテルに入ったのは初めてで、料金の払い方なんかを興味津々に眺めた。
初めて会った日はそれで解散となった。
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