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第30話(最終話)
翌日、不安に思いつつも家に帰ると、伊織くんが満面の笑みで出迎えてくれた。
「その様子を見るに…、上手く収まった?」
「うん、かなり」
「そっか…」と、俺は脱力して座り込みそうになる。
夕食を取りながら話を聞いた。
伊織くんによれば、上司に辞める覚悟も決めてきたと前置きして相談したところ、それは困るということになり、緊急で部課長会議にまで発展したらしい。
主に女性社員の方々が「生きがいを奪うな」と意見してくれて、「なんとか、高堂くんを辞めさせたくない」と社長まで話がいった。
で、社長からはむしろ謝られたと、伊織くんが言った。
「娘からは、高堂くんも交際に乗り気だと聞いていたから、止めなかった。
娘は営業部に在籍したままになるが、君は技術職にもどそう」と。
「じゃあ、行きたい部署も行けるし、ご令嬢からのハラスメントも無くなるってこと?」
まさかそんなに簡単に解決すると思わず、俺は呆けながら聞いた。
「うん。多分ね。
こればっかりは自分の顔に感謝」
「そもそも顔が良くなければ、ご令嬢に目を付けられなかったんじゃ…」
「…、そうかも」
そして2人で「良かったね」とひとしきり笑い合った後、俺は深呼吸をして告げる。
「俺も、転職活動を頑張ろうと思う」
伊織くんは驚いた顔で「え?」と言った。
「伊織くんの件が解決したら、今の会社に言ってやろうと思ってたんだ。
なんかすごいスピードで解決したけど」
「そうなんだ」
「だから…、伊織くんには結構迷惑をかけるかもしれない」
「迷惑だなんて思わない。
文くんが決断してくれて嬉しいよ。
精一杯支えるから、頑張ろうね」
「ありがとう」
そうやって、何日かぶりに楽しい食事をとり、ぐっすりと眠った。
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「急にあんたから通話したいだなんてどういうことよ?
今日旦那はいないの?」
聞き慣れたオネエボイスに俺はふっと肩の力が抜けるのを感じる。
伊織くんの事件が解決して、早1ヵ月。
彼は”高堂くんおかえり会”という名の歓迎会に参加している。
「伊織くんは歓迎会だよ。」
「飲み会ねぇ…、また女にちょっかいかけられるんじゃないの?」
不審そうなきょんちゃんの声に、俺は笑い声が漏れる。
「平気。彼の部署、女性いないから」
「あら。敵は女だけじゃないわよ」
「うわ、男は盲点だった~」
「あんたは、あたしとゲーム通話なんてしてていいわけ?
あたし、刺されるのはごめんよ」
「ちゃんと言ってあるよ」
「ふーん…、お互い随分と寛容になったわねぇ。
付き合ったばかりの頃からは考えられない」
きょんちゃんはしみじみとした声を出した。
「まあね。色々あったけど、ちゃんと強くなった。
俺も今月末で仕事辞めるし」
今は、後任者に引継ぎをしている。
なかなか黒い会社だって教えてあげたいけど、俺より若い彼は活き活きとした顔で俺が言うこと成すことを吸収していて、そこに水を差すようなことは言えない。
なんだか騙しているみたいで複雑な気持ちだ。
「ほんと、成長してるのね。
旦那とお幸せにね」
「ありがとう。でも、伊織くんは旦那じゃないよ」
俺が口をとがらせて言う。
俺たちは、セフレから恋人になった。
でも、その先はない。
「はぁ…、あんたらみたいのが結婚できないだなんて、おかしな世の中だわ…。
あたし、出馬でもして法律変えてやろうかしら」
「え!?」
俺は驚いて、画面の中の自分を死なせてしまった。
「もう、何やってるのよ~」
「ごめ~ん。でも、きょんちゃんが変な冗談言うから」
「冗談じゃないわよ。出来ないことなんてないわ。
頑張ってる若者を見てるとやれる気がしてくるのよね」
伊織くんと結婚できる未来を想像した。
幸せ過ぎてめまいがする。
セフレから、恋人になって…、そこから夫婦になる方法があるんだろうか?
「もしも、きょんちゃんが出馬したら教えてね。
その時は、鰐淵恭次郎って名前でポスター作る?」
俺がふざけてそう言うと
「あんた、はっ倒すわよ」というどすの利いた声がした。
いつか、恋人から夫夫になる方法が、見つかればいい。
(了)
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