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第27話 Xデー

「シュウー! 次照り焼きチキンピザとおひたしね」  またとんでもないコンボだなぁと思いながら秀治は返事をして手を動かす。シャイニングムーンの厨房で働き出して一ヶ月が過ぎようとしていた。店長秘伝のレシピを少しずつ暗記して調理に勤しむ日々。大変だけどどこか楽しさを覚えた頃だった。その日がやってきたのは。 「定休日なのに仕事?」  その日は丸一日月に一度の定休日で、ダグに言われて調味料の補充のために厨房にやってきていたのだが、夕方になってぞろぞろとホールスタッフが集まり出したので少し気になっていたのだ。お疲れ様会でも店内でやるのだろうかと思っていたが、そうではないらしい。皆それぞれいつもと同じような露出度の高い衣装を身にまとい、何度も店内の大きな姿見の前でチェックしている。 「あっ、シュウどうしたの今日も仕事?」  それを先に聞いたのは自分のはずだったが、と秀治は肩を落とす。この天真爛漫っ子には話が通じないらしい。ミニスカポリスとでも言うのだろうか。あられもない格好でクインが厨房の中を覗き見た。なんつう格好してんだよと目の行き場がなくなってしまう。 「ダグに言われて調味料の補充をしてた。おまえら今日なんかあるのか?」  クインの後ろからのっそりとアレンが顔を出す。今日は珍しく普通のスーツを着ている。はだけている部分は見当たらない。こんな日もあるのかとなんとはなしに見ていると、アレンは少しばつが悪そうに秀治の側にやってくる。 「ダグから聞いてないかな? 今日X(エックス)デーなんだけど……」  Xデー? なんだそれ。きょんとした目でアレンを見やると、ぽりぽりとセットした頭をかきはじめる。 「えっと、説明しづらいんだけど……今日は早く帰った方がいいよ。その、シュウには悪いものだと思うから」  俺には悪いもの? いったいなんなのだろうか。一応ダグに言われた仕事はもう少しで終わるし、終わったらすぐに帰るよとアレンに言うと俺も手伝うからと厨房の奥にあるエプロンを身につけた。やっぱりいい奴だなと思って醤油やみりんを補充しておく。酒も切れ始めているものには補充をと頼まれていたのを思い出し、バーカウンターの下にしゃがみこんだ。すると、ドタドタと複数の足音が厨房の横の廊下から聞こえてきた。なんなんだろうと思って顔を上げようとすると後ろにいたアレンに体を押さえ込まれる。 「ちょっ、何するんだよ」 「しっ、静かに!」  緊迫した声でそう詰められると、何も言えなくなってしまう。じっと、体を縮こませてバーカウンターの下でうずくまっていると、店内にゆったりとしたジャズが流れ出した。なんなんだ、一体。 「アレンーどこ行ったー?」  クインの高い声が店内に響く。いつのまにか照明も落とされていて薄暗い。小さな話し声がそこかしこで聞こえている。なにやら色を含むそれはだんだんと時間が経つにつれ大きくなっていった。 「あっ…あっん……」  !? なんだこの声は。秀治は聞きなれない声に耳をそばだてる。 「伊織(いおり)くんはここが好きだったよね……」 「はいっ……好きです」  そこかしこのテーブルの上やソファの上から上がる嬌声に秀治の体はサァっと血の気が引いていく。乱交パーティ。そんな現実味を帯びない言葉が頭を浮遊した。

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