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第41話

 降谷が顔を見せたのは時計が午後十時をまわった頃だった。裏口から堂々と入りバーカウンターに腰を下ろす。黒いスーツを着ていた。仕事の帰りに立ち寄ったという雰囲気だった。ピークタイムが終わったため厨房の隅で洗い物をしていた秀治の肩をダグが叩く。驚いて振り返るとカウンターの端に降谷がいた。 「なんか、話があるみたいだよ」  ダグにそう諭され洗い物をしていた手を止めて降谷の前に立つ。もともと眼光が鋭いのか常に眉間に皺が寄っている。アーモンド型の青い瞳と目が合った。二ヶ月ぶりに見る降谷はあのときと何も変わっていなかった。 「慣れたか」  この仕事に、という意味だろうか。秀治は静かに頷いた。礼を言わなきゃと思っていたのに、いざ目の前にするとその圧迫感に気押されて言葉が出ない。この男はいつもこんなに冷たい空気を纏っているのだろうか。仕事中も、街中を歩くときも。 「そうか」  静かに呟くとテキーラショットを優雅に流しこむ。二杯目、と小さなグラスを渡されて琥珀色の液体を注ぐ。秀治はテキーラなどという強い酒を飲んだことがない。躊躇いなく飲み込んでいく姿に大人だなと伏し目がちに思う。 「クインとアレンとは随分仲がいいようだな」  そう言って今日撮った写真を目の前に見せつけられて息をのんだ。何を言われるんだろうな。少し気を張って次の言葉を待つ。降谷の口からでてきたのは意外なほど優しい響きを持った言葉だった。 「よかったな」  その一言だけ。そのなんでもない一言が秀治には重たくのしかかってきた。この場所にいる人間の中で降谷という男だけが秀治のこれまでを知っている。 「あんたの、おかげだ」  数分待って絞り出した言葉を降谷はきちんと聞いていたらしい。うっすらと笑みを浮かべた。邪な感じがないまっすぐな笑顔に秀治は息が止まる。

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