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第197話

「ふる……蓮さんはしないの?」  ぎごちなくこちらを見上げる秀治に軽く微笑んでやる。するとあっというまに頬を染めるものだから表情がくるくると変わって面白い。 「俺はいい。なんだもっとしてほしいのか」 「やめろ……ほんとに、無理だから」  ソファの上で寝転ぶ秀治の腰をやわやわと揉んでやる。セクハラだと目で訴えてくるのも気にせずにさすり続けた。乱れ狂う秀治を見れただけで十分だと降谷は思う。満足そうに口端をあげて風呂の支度に向かった。  お互い別々にシャワーを浴びた後でコンビニに夕食を買いに出かけた。乾かしたばかりの秀治の黒髪が夜風に靡いて思わず手で触れてしまいそうになる。それを抑えて数歩先を歩く秀治の背中を見つめた。二人の間に生暖かい風が流れていく。一年前の秀治とは全く違う。シュウとして生きているこいつは今が一番楽しいと言わんばかりにいつも笑っている。こいつのそばにいると固まった心が少しずつ溶けていくような気がする。  コンビニから帰ってきてすぐ店で温めてもらった弁当に手をつける。降谷の家には電子レンジがなかった。ほとんど外で食べてくるので必要がなかったからだった。たらこグラタンをがつがつと食べている秀治を見やる。誰かと食事をするのは久しぶりだった。 「蓮さん食べないの?」  上目遣いで黒い子犬が首を傾げる。降谷は残ったグラタンを秀治の前に置いた。まだ腹が減っていたのか素早く口にかきこんでいる。若さというものには敵わないなと眺めていると、黒目がちのつぶらな瞳と目が合う。お互い無言のまま見つめ合った。砂時計が流れていくようにゆったりと時間が進んでいく。

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