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第一章 第1話

 女手一つで子供を育てるのは難しい。  ましてやΩの女が一人で子供を抱えるなんて殆ど無理に近いもんがあるってわけで。  俺はΩの母親一人に、母方の爺ちゃん婆ちゃんの手を借りて育ってきた。  そうなると親の親である爺ちゃん婆ちゃんは孫可愛さに娘の話もしたくなるってもんで。  小さいころから聞かされてきた「娘の話」がある。  俺の父親はαだそうだ。  顔も知らないαの父親は所詮ハーレムを持つ美丈夫だったらしい。  母親はハーレムに混じる父親の遊び相手の一人で、母親は23の時に、父親は高校生の頃に俺ができたらしい。  父親は責任を取って結婚すると言ってくれたが社会人だった母は避妊しなかった自分のせいだとして、高校生の未来を取り上げるわけにはいかないとこれを拒否。  以降女手一つで俺を育て、幸か不幸か物凄く父親似であるらしい俺は、母が大好きだった父の子ということで蝶よ花よと物凄く愛されて育った。  大好きだったなら一緒になれば良かったじゃないか。そう思わんこともない。 でも母親には大好きな父が高校生で家庭に身を縛られることの方が一緒になるより重大なことだったらしい。 大好きだから手放した。  そんな話を子供の頃から聞かされてきた俺は高校生になった今の今まで母子家庭の寂しさとは無縁に育ち、母から子への愛情も、母の父への愛情も全て一人で受け止めて、愛情いっぱい自己肯定感マシマシの男Ωに成長した。  父が居なくて寂しいと思ったことはない。  朝、鏡を見ればそこには完全に父親似の、父のような姿をした男が映っている。  父親なんていなくても、自分の顔を見ればその存在を傍に感じることができる。  それにハーレムに所属するような母親だ。自信がないと自分からアタックなんて普通はできない。どういうことかというと、美丈夫な父親の傍に居た母親も所詮αと遊べるような美人だったということだ。  美人な母親と若くて美丈夫な父親の遺伝子を受け継いだ俺は、父親よろしくハーレムの中心として今まで生きてきた。  バース性別検査は一歳未満と小学校低学年、高学年、中学校、高校と第二次性徴前の期間に育成機関では3年おきに行われる。  生まれた時からΩの俺は“Ωクラス”のハーレムの中心としてずっと生きてきた。  人間の殆どが第二次性徴を遂げる大学になるまでこの“クラス”が交わることはなく、αはαの、βはβの、ΩはΩの恋愛環境を持っているのが普通なのだ。  中高生ともなればαとΩは番を探してこのクラスの垣根を越え始めるが、それまではΩは身近なΩと恋愛するし、βはβと恋愛するし、αはαと恋愛するのが普通なのだ。  しかし俺はΩクラスの男や女を侍らせるΩ。  正直言って、高校生にもなって現状に甘んじるのが最も楽で気持ちよくて心地良い。  αとΩが番を求めてクラスの垣根を越えるのが普通になりだした高校生にして、ハーレムの立ち位置を未だ手放せずにいる幼稚なΩ。それが俺なのだ。

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