1 / 5

0. プロローグ

「さすがに大の大人二人でも七人の仏はキツイな」  およそ60kgある納体袋の前方を担ぐ男性が息も絶え絶えにそう呟いた。  ただ運ぶだけではない。重い荷物を抱えながら狭く暗い急な階段を登るのだ。  よほど鍛えている人間でなければ、すぐに息があがってしまうほどの重労働である。  その上、身にまとっている防護服はメリットよりデメリットの方が大きい。防毒マスクによる呼吸のしづらさによって疲労度は増すばかりだった。  シニアと呼ばれる年齢を目前にした男にとっては、そう易々とこなせる仕事ではないことを、一歩踏み込む度に思い知らされる。 「だらしないな。初めてじゃないだろうに」  後方担当の男性も同じ装備に身を包んでいた。年齢もそこまで変わらないはずだが声音に疲れが感じられない。それが余計に自分を情けなく思わせる。悪態を吐かれても返す言葉はなかった。  前回は確か十五人を四人で処理した。あの時は広々とした現場であったし、階段などもなかった。移動のストレスも今回に比べて微々たるものだった。 「これだけ殺すなら死体の処理までやってけばいいのに」  やるせなさを吐き捨てるように言うと、背後から鼻で笑う音が返ってきた。 「さてはお前、この死体の山を作ったやつが何者か知らないな?」 「知らん。秘匿事項じゃないのか?」  自分が知らされるのは場所と遺体の数だけだ。それ以外のことは訊ねることすら禁止されている。  一度口が滑って余計なことを聞いてしまった時には、文字通り“開いた口が塞がらなく”させられそうになった。 「まず人数だ。何人でやったと思う?」  口の端を吊り上げながら話しているのが顔を見なくてもわかる。 「死体は七体だろ? 同じ部屋に三体転がっていたのもあったから、奇襲をかけたとしても……一人は無理だな。二人以上は必要だ」 「残念。一人だ」  答えを聞いた男はわざとらしく「へぇ」と感嘆の声を漏らす。こういう質問は往々にしてそういう答えが返ってくるものだ。  数字自体は想像していただけにそこまで驚きは無かったが、現場の惨状を思い出し一瞬にして背筋が冷える。  死体のそばには銃が転がってた。それもほぼ全員分。  銃弾も相当散乱していたから激しい銃撃戦が起きたのは明白だ。  それを一人で捌いた? 三人がかりで撃っても仕留められなかったというのか?  もしそれが事実なら、よほど修羅場をくぐってきた戦闘慣れしている輩に違いない。軍人上がりだろうか? 「驚くのはまだ早いぞ。その“一人”というのがな……十四歳のガキだとよ」 「……は?」  今度ばかりは本気で絶句した。たった一人のガキが、この大量殺人をやっただと? そんな馬鹿な話があるか。 「それ、本当なのか?」 「さてね。まぁ、都市伝説くらいに思ってくれや。他言は厳禁だぞ。俺らの首が飛ぶ」  お前だけじゃなくて俺の首も飛ぶのか……。男は突然とんでもない秘密を握らせてきた相手に沸々と怒りが湧く。  だが、それ以上にこの話の異常さが頭を支配した。  ──自分が十四歳だった頃なんて、勉強もそこそこに漫画と女を追っかけるのに夢中なただの馬鹿な小僧だった。  そんな年で人を殺す? ましてや七人も?  納体袋に入れる前の死体を思い出す。無駄な損傷がない数々の死体は、恐らくみな一撃でやられたものだ。  一体、どのような人生を送っているのだろう。まともではないことは違いない。 「可哀想な奴がいるもんだな」  だが所詮、自分は借金のカタに雇われた末端の作業員。  どう転んでも踏み込めない領域の話であることには違いないだろう。それ以上詮索するのは本能が拒んだ。    ──七人分の遺体と二人の作業員を乗せたワンボックスカーは、血に塗れた研究所を後に森の中へと姿を消した。  

ともだちにシェアしよう!