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第5話

『康太、お願い、死なないで』 明日美が僕の手を握る。 応えたいのに、体が動かない。 目も開けられず、声を出すことも出来ない。 『こうた、戻ってきて』 明日美の頬を伝って、暖かい涙が僕の手に落ちる。 明日美、泣かないで。 笑っていて欲しい。 でも、今の僕には何も出来なくて。 明日美、笑って――。 そう言えたらどんなに良かったか。 ****** ハッとして目を開ける。 辛い夢を見た。 明日美は今、どうしてるだろうか。 意識を手放す直前に見た必死に僕の名前を呼ぶ明日美の泣き顔が脳裏にこびりついて忘れられない。 数日過ごしていると、なんとなく僕の事が分かってきた。 名前は柊修也(ひいらぎ しゅうや)。 兄弟はいない一人っ子。 そして、友達は一人もいない芋陰キャモブだ。 学校の校門を潜る。 空はどんよりとした今にも雨が降りそうな曇り空。 ちょっと、憂鬱だな。 あんな夢を見たからだろう。 どう足掻いたって、もうあの世界には戻れないって言うのに。 明日美の事が気掛かりで、それなのに何も出来ない自分の無力さに嫌気がさす。 教室に向かうと窓が開いていて、彼女の姿が視界に映ると、息が止まるような気がした。 一瞬、明日美を見たのかと思った。 無理もない。 彼女のモデルは、明日美だから。 黒く長い髪。長いまつ毛の影が、白い頬に映える。 大きな1輪の花がゆっくりと咲くような笑顔。 ぎゅ、と胸が締め付けられる。 涙が出そうになって、唇を噛んでぐっと堪えた。 「柊?おはよう。何突っ立ってるんだ?」 不思議そうに聡介に声をかけられて、ハッとする。 「っ、楠木くん、おはよう」 僕、今無理して笑ってる。 変に思われないようにしないと。 「もしかして、美緒(みお)のこと、見てたのか?」 中井美緒(なかい みお)。 そう、この漫画の主人公、ヒロインだ。 「え、いや、僕は」 図星を疲れて慌ててしまう。 そうだ、聡介は美緒と結ばれるんだから、きっと美緒のことが気になっているはず。 誤解されたら、ちょっと面倒だな。 「もしかして、柊って……」 腕を取られて、ぐっと引き寄せられる。 聡介の顔が、近い。 整った顔を近距離で見せられると、変に心臓がどきどきする。 「聡介!おはよっ。あれ、えーっと、君誰だっけ」 美緒が聡介に駆け寄って、その後ろにいた僕を不思議そうに見ている。 「柊だよ。同じクラスだろ」 「ああ!柊くん。ねね、柊くんって、メガネとったらどんな感じなの?」 両手を伸ばして僕のメガネを取ろうとする美緒。 ぐっと聡介に腕を引かれて、広い背中の後ろに隠される。 「駄目」 「え、やだ、なにー?」 美緒が何やら楽しそうににやにやと笑っている。 「嫌がってるだろ、な?柊」 「いや、僕は別に……。でも、ありがとう」 「ふふ、なんだ、可愛いねこの子」 美緒が僕の頭に手を伸ばそうとするけど、また聡介がその手を掴んで止める。 「だから駄目だって言ってるだろ」 「はいはい、すみませんねー」 もしかしたら、聡介は美緒の事が好きだから、僕に触れるのが嫌なのかな。 でも、聡介をそんな嫉妬深い性格に描いた覚えは無いんだけどな。 自分の描いたキャラの思いがけない一面をみて、なんだか興味深い。 じーっと聡介を見ていると、顔を手で隠して、恥ずかしそうにする。 「な、なに?柊って、結構じっと見てくるよな」 「そうかな。でも、楠木くんの事はいつも見ちゃうんだよね」 「……そうなのか」 顔を真っ赤にする聡介に、どうしてそんなに恥ずかしがっているのか不思議だった。 「う、うん」 だけどなんだか見ていると僕まで少し恥ずかしくなってくる。 「やだやだ、ラブラブじゃーん」 その様子をみて美緒が茶化した。

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