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第38話

ぎゅう、と抱きしめられて、聡介の熱が僕に移る。 「なあ……前に言ってたよな、アイツを描いてた時、俺の方が上手く描けるって」 そう言われて、思い出す。 グラウンドでサッカーをする圭太を描いていた時の事か。 額にかかる髪を、綺麗な長い指で優しく払った。 「俺の事、描いてみてくれないか」 そういえば、この世界に来てから僕は一度も聡介を描いていなかった。 康太だった時は、毎日描いていた。目をつぶってもかけるんじゃないかってくらい、ひたすらずっと描いていた。 「いいよ」 起き上がって、頷く。 いま聡介を描いたら、どんな風に描けるんだろう。自分でも少し気になって、久しぶりに聡介を描きたい衝動に駆られた。 ****** 教室に戻って、ロッカーからスケッチブックを探し出す。 端にしまってあったそれを取り出して、自分の席に座る。聡介が向かいに座って僕の机に肘を着く。 ぺら、とページをめくって白紙のそこに鉛筆を走らせる。 聡介はじっと絵を描き始めた僕を優しい眼差しで見つめていた。 何となく感じる。 僕と聡介に残された時間は少ないのでは、と。 こんな日々が、ずっと続く訳が無いんじゃないか。 たまに明日美の夢を見るのは、何か強い力が僕を元に戻そうとしている気がして。 「俺が、柊の描いた線で出来たキャラクターなら」 話す声は穏やかで、鼓膜を優しく揺らす。 「俺は柊の中の一部って事になる、だったら俺は、本望だな。ずっと柊と一緒にいれるだろ」 そんな事を真剣に言う聡介に、涙が出そうになった。 「あ……っ」 自分の手が、透けて見えた気がして、怖くて鉛筆を落とす。 描きかけの絵を、完成させないといけないのに。 鉛筆を拾おうとして、自分の手が本当に透けて消えていく事に恐怖する。 聡介をみると、聡介も驚いたように目を見張る。 「柊っ!」 「そ、聡介っ、どうしよう」 消えかける手を伸ばす。 聡介が、ぎゅ、とその手を強く掴んだ。 「大丈夫、大丈夫だ。ちゃんと繋いでる。ずっと離さないから」 そう言って微笑む聡介。 僕もぎゅう、と強く手を握った。 だんだんと薄くなっていく体とともに、意識もぼんやりして遠のいていくのがわかる。 聡介の涙で滲んだ目に、胸が締めつけられる。 「聡介、ずっと、ずっと大好きだよ」 僕の意識は、そこで途切れた。

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