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第2話
チェーンの居酒屋とはいえ、さすがに顔に傷があっちゃホールに出るわけにも行かない。店長に渋い顔されながらキッチンに引っ込んだおれは、その日のバイトを洗い場の主としてやり過ごすことにした。おれの代わりにホールに引っ張られたヤマモトは、いつもの無愛想のままそつなく仕事をこなしていておれはそれも何となく面白くなかった。
そもそも面白くないと云えば、ここはアルバイト同士の親睦を深める名目でみんな下の名前で呼び合うことになっているのに、ヤマモトはかたくなにヤマモトを貫き通しているのも少し気に触っていた。飲み会にも参加しないし、休憩が被っても会話すらしないし、何が目的でここでバイトしているのかもわからない。ヤマモトはショーゴと入れ違いくらいで入って来たからショーゴのこと知らないくせに、DVとか勝手なこと云いやがって。おれは八つ当たりみたくガチャガチャと音を立て皿を洗った。
「お先でーす!」
ケガを理由に早めに上がらせてもらったおれは、店長の好意で大盛りの唐揚げを持たせてもらいアパートへの夜道を歩いていた。夏の始まりみたいなほんの少しぬるさを感じる風が気持ちよくて、ショーゴのためにコンビニで安いチューハイを2本買った。
「ただいま、ショーゴ」
単身者用の狭いアパートは元々ショーゴが暮らしてた部屋だったけど、更新のタイミングでおれも一緒に住まわせてもらっている。玄関を入ってすぐのキッチン兼ダイニングのローテーブルで、ショーゴが発泡酒の空き缶を積んでいた。もうすでに出来上がっているみたいな座った目をしていて、頭のどこかで嫌だなって思ったおれはなるべく明るく聞こえる声でショーゴに聞いた。
「晩ごはん食べた? 唐揚げもらってきたけど今食べる?」
テーブルに唐揚げのタッパを置くと、「お酒もあるよ」と横にチューハイを並べる。
「お前、バイト辞める気はねぇの?」
ふいに掛けられた声に、大袈裟にびくりと肩が跳ねた。おれは笑顔で聞き返す。
「急だね、なんで?」
「それ、店長からだろ」
ショーゴが唐揚げを視線で示す。
「あのジジイ、俺がいた頃からお前に色目使ってたもんな」
「……なんで、そんなこと云うの」
おれの顔に貼り付いた笑みがぎこちなく崩れてゆく。答えを間違えちゃいけない。俺の少ない脳みそが警報を鳴らし、幾つも会話のシュミレーションを展開する。どうすればショーゴの理不尽な怒りから逃れられるか。固まってしまった俺の顔色を伺うように、ショーゴが目の高さまで唐揚げのタッパを持ち上げた。
「お前さ、あちこちで愛想振りまきすぎ。だからどいつもこいつも勘違いするんだろうが」
「そんな、おれのせいじゃ」
びゅんと音を立てタッパが俺の耳を掠めた。ぐしゃりと壁に油染みを作って唐揚げが散らばった。
「俺に口答えすんの? 偉くなったじゃんマシロ」
ああだめだ。こうなったらもう何を云っても聞いてもらえない。
「……ごめんなさ」
全部云うより先に左のほっぺたが熱くなって、引っぱたかれたことに気付く。耳の奥がじんじんして尻餅ついたおれの、脇腹の辺りにショーゴの蹴りが入る。
「いっ、たぁ」
涙目のおれに構いもせず、ショーゴが俺をうつ伏せ頭を押さえ付けた。ウエストを緩められたジーンズがパンツごと下ろされ、前触れ無く晒された尻に鳥肌が立つ。何の下準備もなく犯されることにも、もう慣れた。おれは黙って体の力を抜くと、奥歯を噛み締め目を閉じた。ショーゴが満足するまで、それまでの我慢だ。どうってことない。
おれのことを散々好きにしてすっきりしたショーゴが、シャワーで濡れたまま寝転がるおれを跨いで部屋に向かう。乱暴に閉められた襖から寝息が聞こえる頃、おれは出来るだけ音を立てないように散らかったものを片付けると、キッチンの隅っこに丸まった。乱暴にされた体よりも、最近は心の方が痛い。
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