5 / 23

第3-1話

 ピンポーン、という呼び出しチャイムの音。たまたまキッチンでコーヒーを淹れていた俺は、すぐにインターフォンのスイッチを押す。玄関先を映す画面には、緑の制服を着た人間男性の姿が映る。宅配の配達員だ。 「す、すいませーん。マナゾンからお荷物届いておりまして……」 「はーい、ちょっと待ってください」  妙に腰の低い配達員へ返事をして、それからセレの部屋の扉を見る。  俺は何かを頼んだ覚えがない。きっとセレの荷物なんだろう。しばらく待ってみたけど、彼が部屋から出てくる気配がない。というか、物音ひとつしない。寝ているんだろうか。  代わりに出るしかないか。肩を竦めて、玄関へと向かう。 「あっ、あの、……あれ、ここってエルフのかたが住んで……?」  扉を開くと、配達員が混乱した様子で俺を見ている。ああそうか、ここにはずっとセレしか住んでなかったんだ。思い出して、俺は笑顔を作ると、「一緒に住むことになったんです」と伝えた。 「あ、あー、なるほど、ここってシェアハウスですもんね。あー、よかった。じゃあ、ここにサインを……」 「俺のでいいかな」 「はい、……アズマ・ハーパーさんですね。あーでもよかった、同じ人間のかたに住んでもらえて」 「?」  首を傾げると、彼はアハハと笑って頭を掻いた。 「その……ほら、エルフってこう……ね……?」 「ああ……」  精一杯言葉を濁した言い方だ。それで俺も思い至る。  きっとエルフ特有の言い回しのことだろう。翻訳の関係で、やたら高圧的になってしまうから、きっとこの配達員さんにも「短い手足でご苦労なことだね」とか言ってたに違いない。  だけど、今の俺には、それが彼なりの人間への親愛ということがわかっている。 「セレは確かに、ちょっと言いかたはキツいですけど、アレって反対の意味だと思ったらいいらしいですよ。貶してるように聞こえるけど、実は褒めてるみたいな……」  親切心でそう切り出したものの、「そうなんですよねえ」と配達員が頷いたものだから、俺は目を丸くした。 「あ、ご存知でしたか」 「あー、はい、一応こういう仕事していると、たまにはエルフさんたちと会いますからね。研修でも習ったんで、頭ではわかっているんですけど……でもやっぱり、それとこれとは別、ですからね」 「…………」 「あ、すいません、こんな話しちゃって。それ、冷蔵なんでよろしくお願いします、失礼します!」  次の仕事が控えているんだろう。配達員は笑顔で頭を下げると、そそくさ帰っていった。残されたのは俺と、セレ宛ての冷えたダンボールがひとつ。  そうか、そうだよな。わかってたって、セレのあの言動はムカつくかもな。俺はセレに好きとか言われて抱きしめられたりしたから、ちょっと違う印象だけど……。  セレの温もりや香りまで思い出しかけて、俺は慌てて荷物のほうに思考を移した。  ラベルを見れば「食品」とだけ書かれている。宛名には「セレ・リヴ・シェルロフィ」。  セレのフルネームってこんな感じだったんだ、とか。そんなことを考えている間、結局セレは部屋から出てこなかった。  玄関を見ても、いつもどおりセレの靴は置かれている。というか、数日一緒に暮らしているが、セレが出て行ったのを見たことがない。だからたぶん、今も部屋にいるんだと思う。  冷蔵庫へ早く入れないと。でも勝手に他人の荷物を開けるのは良くない。俺はひとつ溜息をついて、荷物をテーブルに置くとセレの部屋へと向かった。  扉の前に立って、ひとまず声をかけてみる。 「セレ、セレ! お前宛ての荷物が届いてるよ!」 「冷蔵だから、早く冷蔵庫に入れないと」 「セレがやらないなら、俺が勝手に開けちゃうぞ! いいのか~? か弱い人間の俺がうっかりお前の荷物に触れても! もしかしたら美味そうって食べちゃうかもしれないぞ!」  脅し文句までつけてみたのに、セレの部屋からは物音ひとつしない。俺は首を傾げて、それから不安になった。  エルフは不老長寿、というのは有名な話だ。エルフはみんな一様に若く、美しく、年齢が定かではない。つまり、年老いたエルフも若々しいはず。そしてエルフは、不死ではない。  もし、セレが部屋の中で倒れてたりしたら。そんなことを考えて、急に不安になってきた。  そういえば俺んちの管理人だった爺ちゃんも、いつのまにか隣の部屋で息を引き取っていたんだ。みんな今日は見かけないな、とか思っていたから、見つけるのに随分時間がかかってしまって。俺たちはみんなで後悔したものだ。もっと早く見つけられたら、助かったかもしれないのに、と。  そうだ。もし何かあったなら、手遅れになる前になんとかしてやらないと。俺はそんな正義感と焦りを覚えて、ドアノブに手をかけた。  頭の隅に、セレの「決して入ってはいけない」という言葉が浮かぶ。確かに、他人の部屋へ無断に入るのはよくないことだが……いや、ちゃんと声はかけた。それなのに反応がないのはおかしい。この状況で、俺が心配して踏みこむのに、なんの問題もないはずだ。  俺はそう考えて、「セレ、入るぞ」と一声かけ。  ゆっくりとドアノブを回し、そっとドアを引いた。  そして、気が付くと俺は謎の森の中へひとりで立っていたのだった。

ともだちにシェアしよう!